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Life is choice.  作者: 小野田ラコ
第3章 長い冬
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4.たちこめる暗雲

時折、祖母はふと正常になった。

「シノ。なんじゃ、久しぶりやの」

そんな時、祖母は照れたように笑った。


昨日も一昨日もあたしが居たことは内緒にして

「どお? おばあちゃん元気だった?」

と、あたしは聞く。


祖母は上機嫌で、廻ってきた看護師に

「この子も看護婦さんやっとるんだわ」

と、あたしのことを嬉しそうに自慢した。


あたしが付き添っている時は

祖母の精神状態は、何故かそれほど

ひどくはなかったらしい。


父や母が付き添う時は違った。

ある時、父が言った。

「ゆうべは通帳をよこせって聞かんくってなぁ」

父はうなだれた。

「ばあさんの金を、俺らが勝手に使っとるとか

 訳わからん事ばっか言うんだわ。

 金庫持って来いだの、印鑑持って来いだの。

 夜中に怒鳴り散らしてよ……ほんと、参ったわ」

祖母が怒鳴るなんて、初めて聞いたと思った。


「そうかと思えばよ、シノ。面白いことに

 お前に小遣いやらないかんで

 金貸してくれって、ばあさん俺に言うんだわ」

「あたしに?」

父は笑った。

「ああ。シノに小遣いやってくれってなー。

 あんなんなっても、孫は大層可愛いとみえる」


父は笑っていたけれど

あたしは泣きそうだった。


元気な頃も祖母は何かと

お小遣いをくれたものだった。

小さい頃は駄菓子だったものが

いつからか現金になって。


実はこの前も帰りがけに

「シノに小遣いやりたいけど

 いま財布持っとらんもんでよ。

 あとでお父さんにもらってな」

と、祖母は言っていたんだった。



祖母の容体は、浮き沈みを繰り返しながら

けれど、願いも虚しく

じわじわと悪化していった。


肺に水が溜まるようになった。

祖母はさらなる息苦しさに苦しみ

それは同時に、精神までも蝕んでいった。


ある昼間、付き添っていた叔母が

祖母が何かを口に入れてモグモグしているのを

見つけて、自分の目を疑ったという。


それはオムツだった。

祖母は自分が付けていたオムツをむしって

それを口に入れていたのだ。

付き添っていた叔母は驚いて、

必死で口の中のものをかきだしたという。


その頃から祖母の意識が正常に戻る事が、

極端に少なくなっていった。

それと並行して食事もすすまなくなり

食事と呼べるものは、ほとんど食べれなくなった。


鼻から入れる経管栄養を試みようとしたが

管は祖母の手によって、引き抜かれてしまう。


点滴自体も、何度も引き抜かれ

祖母の細い腕は皮下出血の跡で真っ黒になり

刺すところもなくなってしまった。


栄養状態が悪ければ、回復は望めない。

そんな中、主治医はいよいよ

高カロリー輸液の提案をしてきた。


高カロリー輸液は、通常の点滴とは違い

鎖骨下のなどの太い血管にカテーテルを留置するもので

そこからなら、効率よく輸液が行える。


ただし手足などの末梢の点滴とは違い

万が一、祖母が自力で引き抜こうものなら

大量の出血や、感染のリスクが高まる。


主治医はそれをふまえたうえで、祖母の手に

抑制用の手袋をはめさせることを条件として

家族に進言した。

「まずは全身状態の改善を図ることが先決です。

 手を縛るのは可哀想でも

 このままでは、本人はもっと苦しみます」


医師の言う通りだった。

その翌日から、祖母の手は拘束されることになった。


祖母の治療の安全を守るためとはいえ

その姿は、惨めだった。

大きな手袋、それはまるで卓球のラケットのようで

手で物が掴めないようになっている。


痒いところがあっても、

モゾモゾと表面を動かすしかない。

祖母は当然、苛立った。


それでも順調に輸液が祖母の体内に入ることを思えば

しばらくの辛抱だからと、皆が心を鬼にした。

けれど、少し遅かったのかもしれない。


祖母の全身状態は一向に回復を見せず

次第に衰弱していった。


あれほどトイレに連れて行けと言った祖母が

ほとんど失禁するようになった。

尿意も便意も、分からなくなった。


ある日の夜、どうやったのか

片方の手袋から抜け出てしまった手が

オムツを剥ぎ取ってしまった。

付き添っていた母は気が付くのが遅れて

祖母の手は、便でまみれていた。

その便を拭うように祖母は、必死になって

ベッドの柵に手を、ひたすらこすりつけていた。

その姿を見て、母は泣いた。


祖母は、祖母でなくなりつつあった。


なんて残酷なんだろうとあたしは思った。

あの気位の高かった祖母が

こんな姿を曝け出さなければならないなんて。


それでもなんとか回復してくれればと

皆は諦めなかった。

夜に付き添う者は、自分の手に祖母の腕を縛り付け

ほとんど眠らずに看るようになった。

そうして、皆が疲れていった。



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