3.闘いの始まり
それから間もなくの事だった。
誰も予測できなかった。
祖母の容体が、急変した。
それまでは熱もなく、食事もそこそこに食べ
リハビリもなんとかこなしていたのに
ある朝、急に高熱を出したのだ。
そうなるまで誰もが気付かなかった。
高齢だから症状が出にくかったのか
それとも、祖母が不調を我慢していたのか
いずれにしても出た結果は
すでに重症の肺炎だった。
すぐに治療は始まった。
点滴が入れられ、酸素がつけられ
リハビリは中止となり
祖母はまた寝たきりとなってしまった。
それだけならまだマシだったのだけれど
最悪なのは、ここからだった。
肺炎の治療が始まってから
祖母はまた、錯乱状態に陥ってしまったのだ。
せん妄――
しかしさすがに2度目ともなると
周囲はそれほど取り乱しはせず
母も落ち着いて看病に当たった。
カオルさんに会う予定だった日は、
だから、駄目になってしまった。
あたしはひどく落胆した。
『今度、私がそっちに行くから』
カオルさんはそう言ってくれたけれど
なかなか時間の都合が合わなかった。
皮肉なことに世の中はもうすぐクリスマスだった。
特別な事を予定していたわけではないけれど
それでも、カオルさんに会う事もできず
プレゼントを選ぶことすらできないのは
とても悲しかった。
しかし落ち込んではいられないほど
祖母の容体は深刻なものになりつつあった。
治療は始めたものの、一向に良くならない。
「体力が落ちているので
時間がかかると思います」
真剣な面持ちで、医師は言った。
祖母は息をする度に
ゼェゼェと苦しそうな音をもらした。
咳をする力自体も弱っているために
自力で痰を出すことすら、困難になっている。
少しでも呼吸を楽にしてあげようと
担当の看護師が、吸引機を使って
細いチューブで痰を取ろうとしたけれど
”ボケた” 祖母は理解が出来ず
腕を振り回して抵抗し、看護師の腕を引っ掻いた。
あたしたちは祖母の背中をさすっては叩き
叩いてはさすって咳を促し、
少しでも痰を出させようとした。
鼻に付けている酸素のチューブが
逆に息苦しいからと、祖母はとってしまう。
何度言っても分かってくれないから、
祖母がとる、あたしたちがまた付ける、
それを一日中繰り返した。
トイレに行きたいと言う時は
特に大変だった。
今はトイレに移動できないからベッドの上で
と言っても、祖母は聞かない。
トイレに行くと言って一人で起き上がろうとする。
困り果てた挙句、看護師2人がかりで
ポータブルトイレでさせてもらう。
かと思えば、失禁もした。
点滴は、何度も祖母の手で抜かれた。
固定のテープが痒いんだと言って
とってしまうのだ。
あたしたちは祖母から目が離せなくなった。
手術後のせん妄の時は、鎮静剤を使用していたけれど
呼吸能力が低下している今は
それをあまり使うことができない。
治療の安全を守る為に、手の自由を奪う手袋など
いわゆる手足を拘束をする手段は
いくらでもあるのだけれど
それを祖母に使用する事は、皆が反対した。
母や叔母たちが、代わる代わる付き添い
夜も泊まった。
泊まれる時は、あたしも泊まった。
長い長い闘いの始まりだった。




