17.蛇とカエル
もう片方の頬にも
カオルさんの手が添えられ
あたしの顔は優しく包まれた。
無防備に目を閉じ
口元を緩めているあたしに
カオルさんは優しいキスをする。
あたしの様子をうかがうように
感触を、何かを確かめるように。
ゆっくりと重ねられては、離れ
離れては、重なる。
優しいキス。
あの時と同じだ、と思った。
付き合うと決まってから
カオルさんの部屋でしたキスと。
そういえばあの時もこんな風に
最初は唇が触れるだけで
カオルさんからは入ってこなかった。
正直なところ、今のあたしは
遠慮なく入ってきてくれればいいのにと
ちょっぴり焦れていた。
だって唇だけじゃ、足りない。
かといって自分からは
なかなかいけないというのが
フクザツな乙女心であって。
物足りないまま唇が離れてしまっても
あたしは切ない目を開けるしかなかった。
その時、目を開けたあたしの顔を
カオルさんがいきなり、両手で挟んだ。
いきなり、むぎゅーっと。
「な、なに……!?」
頬が両側から押さえられる。
そんな事をされれば当然、
唇がどうにも、タコになっていく。
カオルさんはそれでも容赦なく
あたしの顔を、むぎゅーっとする。
「や……めて。カオル、しゃ……」
別に痛くはないけど
ひどい変顔になっていると思われ
あたしは焦ってカオルさんの腕を掴んだ。
カオルさんはクス、と笑った。
「ヘンな顔」
「ひ、ひどい!」
「ウソウソ」
楽しそうに言いながら
カオルさんはあたしを抱きしめた。
「可愛い、シノ」
「……」
カオルさんはあたしを抱きしめたまま
静かに言った。
「シノの色んな顔が見たい。
知らないシノが多すぎて、焦るよ」
「え……?」
「違うな。私の知らないシノを
誰かが知ってると思うと、妬ける」
カオルさんの腕に力がこもった。
あたしはカオルさんが
何を言っているんだろうと思った。
カオルさんの腕の中にいるのが
あたしの全てなのに。
酔っ払いのあたしの頭には今、
深く考える回路がない。
「カオルさんが、妬いてくれるなんて」
「妬くよ。本当はそういうの嫌いだし
したことないけど……シノだけは」
この時、酔っていなくて
カオルさんの顔を見て話していたら
その言葉の重みが
もっと分かっていたかもしれない。
「嬉しいな」
あたしはカオルさんの腕の中で
ふふ、と笑った。
「カオルさんて、いっつもクールだから」
「シノだけは。特別だよ」
「ほんとですか?」
酔っ払いというのは
時に、恐ろしく大胆になるもので。
あたしはカオルさんを見上げて
至近距離にあるその瞳を
じっと見つめた。
「ほんとに?」
見つめられた方のカオルさんは
少しひるんで、照れたように顔を歪めた。
「ホントだってば」
その言葉に、あたしはニコーっと笑った。
カオルさんは苦笑した。
「この、酔っ払いめ」
「だって」
「そんな可愛い顔してると
本気で食べちゃうからね」
「……いいですよ」
「――」
一瞬、カオルさんが固まった。
浴室からはシャワーの音が続いている。
「今は食べられないの分かってて、
言ったね? シノ」
「えへへ」
そうだけど、でも
それだけでも、ないのだけれど。
カオルさんは盛大にため息を吐きながら
またその腕の中に、あたしを引き寄せた。
「勘弁してよ。蛇の生殺し……」
「蛇? カオルさん、蛇なの?」
酔っ払いは腕の中でクスクスと笑っている。
「そうだよ。シノはカエル」
「やだ、カエル」
「私の大好物なんだから。
今はまだつまみ食いだけど
いつか頭の先から足の先まで、全部
むしゃむしゃ食べるからね――」
言いながら、
カオルさんは少し強引に唇を寄せると
あっという間にあたしの舌を絡めとっていった。




