15.清く正しく、だけではないのだ
3人で、鍋を囲んだ。
カオルさんの部屋のローテーブルは
今はコタツに変わっていて
おかげで、冷えた体もすっかり温まり
ビールがすすんだ。
「それにしても」
と、湯気の向こうで
カオルさんが言う。
「よく復縁をガマンしたね。
ユッキーのことだから
もしかしたらと思ったけど」
程よく酔ったユッキーは
ほんのり赤くなった顔で
ケタケタと陽気に笑った。
「やっだなぁ、カオちゃん。
あたしだって、そこまで
おバカさんじゃないよー」
「そうだっけ?」
ユッキーに意地悪そうに笑いかける、
カオルさんの顔を
あたしもまた、ほんのり赤い顔で見る。
「ついこないだまで
やり直したいとか、言ってたくせに」
「や、まぁ、それはそうだったけどー。
未練タラタラだったけども、さぁ」
「だったよねぇ?」
ユッキーの話を聞くカオルさんの表情が
口調とは裏腹にとても、優しくて
それが魅力的で
あたしの顔は余計に火照る。
「けど会ってみたら、あの人元気でさ。
前みたいに美人でさ。
あー良かったーって
まーこれでいっかーって
ほんとに思えちゃったもん」
カオルさんはヤレヤレと言うように
首を横に振り、
それから目元と、口元を緩めた。
「バカ」
「え。バカって。
ひどーい。ね、シノちゃん」
「ん? あ。うん」
そんな風に優しくバカ、って
あたしも言われてみたいとか
くだらないことを、考えていた。
「ユッキーのお人よし。そんな女のために
振り回される事なんて、なかったのに」
カオルさんは、ため息をつく。
「だいたい、元気になったありがとうとか
今までゴメンなんて、そんなのはさ
そう言って自分が満足しておきたいだけの
彼女のエゴじゃん。
ほんとにユッキーの事を考えるなら
二度と顔なんて見せるなってゆー」
「うわーお。カオちゃんたら
相変わらず手厳しい」
「当たり前でしょ」
「まぁね。それも、そうなんだけどもさ」
「その上、復縁とか。何考えてんだか」
「いやー、ま、それは成り行きでー」
元カノさんに対して腹を立てるカオルさんと
それをなだめるユッキーとのやりとりを
あたしは微笑ましく見学していた。
カオルさんは、どうしても
許せないみたいだった。
ユッキーを苦しめた挙句、
結局、家庭へと戻ったその人を。
確かにあたしも、それはそうだと思った。
彼女は最初から、自分の立場を
分かっていたはずなのに……
けれど、と思う。
それでもどうにもならない運命や
どうしようもできない
人の愚かさや、弱さだってある。
「もう既婚者に手出すんじゃないよ」
「ハーイ。ってゆーか今一人
遊んでる子が、実は既婚者だけどー」
「はぁ? マジで?」
カオルさんが目を丸くした。
あたしも驚いた。
「大丈夫大丈夫。今度のはちゃんと割り切り
エッチだけだから」
「呆れた」
「えへ。だって恋愛はまだメンドイもーん。
けどエッチはしたいじゃんねー」
「だからって何も、既婚者じゃなくても」
「その方が都合良かったりするんだって」
「いや、ありえんし。そもそも不倫とか。
ね? シノ」
「……」
急に振られたあたしは言葉に詰まって、
「あ、でも、本人たちが納得してれば
それでいいんじゃないか、な」
と慌てて返答した。
あたしの言葉に、カオルさんが片眉を上げた。
「へぇ? 意外だね」
「何がですか?」
「シノはそういうの、嫌な子かと」
「別に、なんとも……」
ユッキーが言った。
「シノちゃんて結構、話分かるよね。
もしかして不倫の経験ありとか」
「――」
昔、付き合っていた人の姿がちらついて
返事が遅れた。
「え? まじ? あるんだ」
今度はユッキーが目を丸くする。
「あ、でも昔ね、昔。
20代前半とか、そんなだよ」
ユッキーに言いながら、
視界の端の、カオルさんの視線が
なんとなく気になる。
しまったと思った。
多分これは、カオルさんの中のあたし、
大幅な減点ポイントになるんだろう。
当時のあたしにも、事情は色々と
あったにはあったのだけれど
あえて今それを説明することもなかった。
不倫はやっぱり、
どこまでいっても、不倫でしかない。
事実は事実。
過去は、過去なのだ。
「若気の至りってゆーか、そんなんで」
あたしはそれ以上追及されないように
笑って誤魔化した。
ユッキーがビールを片手に
あたしの横へ、すり寄ってきた。
「いいね、シノちゃん。ますます気に入った」
にんまりと笑う。
「呑も!」
ユッキーの手からグラスに
なみなみとビールが注がれる。
ユッキーはついでに
自分の分にもビールを満たし
二つのグラスをカチン、と鳴らした。
ちらと目をやると
カオルさんは微笑んでいたので
あたしはグラスを手に取って
それをグイと、勢いよく飲んだ。




