9.赤く灯った花
あたしの言葉はキスに呑み込まれた。
しかもあの、荒々しいキスで。
「ん―――!」
のしかかる重みに、いくらもがいても
カオルさんは微動だにしなかった。
それどころか密着度が増して
あたしはいよいよ、危機感を覚えた。
マズイ。
この展開は、マズイ。
なんとかしなくてはと焦る反面、
あたしはどうやらこのキスに逆らうのが
難しいみたいだった。
少女漫画などではよく
「頭が真っ白になる」 なんて言い
けれど現実には、意外にも頭は冷静だったりして
そんな事はないよ~、というのが常だけれど
まさか、そうなりそうだった。
カオルさんの舌はまるで
別の生き物のようだった。
あたしの意思などお構いなしに動き回り
苦しいぎりぎりのところまで責め入れられる。
それは悪く言えば
優しさに欠けたキスなのかもしれないけれど
でも、その強引さと激しさが
あたしのアタマを、溶かしていってしまう。
閉じた瞼の裏側から頭の中心へ、
甘く熱い痺れが広がっていく。
これさえあればどうなってもいいと思うほど
夢中になってしまう。
事実、気付いているはずなのに
気付いていなかった。
カオルさんの手が、胸に乗っていることに。
腰のあたりの肌が、ひんやりした空気にさらされて
あたしはようやく我に返り、事態を悟った。
カオルさんの手が、服の下に入り込もうとしている。
あたしはありったけの力を振り絞って抵抗した。
「駄目! カオルさん……駄目っ!」
それでも引こうとしないカオルさんの手を
必死に押さえつける。
「駄目。ほんと、これ以上は、お願い」
どうしてもと、あたしは懇願した。
エッチするのがどうこうよりも
(それも勿論、大問題なのだけれど)
それよりも優先すべき問題が、あたしにはあった。
そもそもお風呂にも入っていないし
しかもその上、そう言えば
今日の下着は……いけてなかった。
シチュエーションにこだわるつもりはないけれど
よりにもよって大好きなカオルさんに
こんな自分を曝け出してしまうくらいなら
冷たい海にでも飛び込んだ方が、マシだ。
くだらない、小さなこと。
でも女としては、大問題。
あたしの抵抗が真剣だと分かってくれたのか
カオルさんはようやく力を緩め
それから、服の裾を直してくれた。
カオルさんは乗りかかったまま
額をあたしの胸の上に乗せ
ガックリと肩の力を抜いた。
そして、大きく息を吐く。
「はー…………。ごめん」
「ご、ごめんなさい。あたしも、あの」
カオルさんを拒否したい訳ではなかった。
ただ何もかも、身も心も、
準備なしではどうにも、無理だった。
カオルさんは顔をあげると
何故かまた、あたしの鎖骨のあたりに
唇を落とした。
「わ。あの。カオルさん⁉」
「大丈夫。何もしない」
そうは言っても少しづつ
唇が下がっていく。
胸元の開いたカットソーの
ギリギリのところまで、唇が降りる。
カオルさんの指が胸元にかかったので
思わずその手を抑えようとした時、
そこにわずかな痛みを感じた。
キスだった。
強く吸われていた。
「ん。ついた。キスマーク」
カオルさんが満足気に顔をあげる。
「シノが私のだっていう、シルシ」
「……」
あたしは視線を落とした。
胸元の、服で隠れるギリギリのところに
小さな、赤い花が咲いていた。




