6.キス
初めてキスをしたのは
確か高校の頃だったと思う。
はっきりとは覚えていないけれど
その時ですら、これほどの緊張は
しなかったんじゃないかと思った。
あたしは唇が震えないように
勝手にカラダが逃げないように
カオルさんの肩のあたりのスウェットを
ぎゅーっと握りしめていた。
優しいキスだった。
様子をうかがうように、感触を確かめるように
ゆっくりと重ねられては、離れ
離れては、重なった。
「柔らかい……シノ」
カオルさんが呟く。
柔らかいのはカオルさん、と
言いたいところだけれど、
あたしはそれどころではなかった。
柔らかいカオルさんの唇は
少しづつ圧迫を増していく。
押し付けられるようにして
あたしの唇を開こうとする。
あたしは身構えた……けれど
何故かカオルさんからは
入ってこようとはしなかった。
あたしは、どうしようか悩んだ。
これで逃げようと思えば、いつでも逃げられる。
むしろあたしの逃げ道を
カオルさんが作ってくれているような気さえした。
けれど受け身ばかり、逃げてばかりではいけないと
さっき反省したばかりだったあたしは
思い切って、オズオズとだけれど
ほんの少し、自ら舌を出してみた。
ほんの少し。チラと、
自分から初めて、カオルさんの唇に触れる。
カオルさんは、それを見逃さなかった。
まるでそれを何かの合図としたように
それまでのカオルさんのキスは、
――一変した。
ほんの少し出したあたしの舌は
あっという間に絡めとられた。
その横から遠慮なしににカオルさんが侵入する。
あたしは思わず後ずさった。
けれどすぐソファの背もたれに阻まれて
逃げ場を失う。
柔らかな唇が、吸い付くようにぴったりと
隙間もなく強く押し付けられて
あたしは口を閉じる事も出来なくなった。
「――ん――!」
想像以上の激しさに
あたしはちょっと、パニックになった。
今までのあたしの勝手な妄想では
女同士のキスは男性とのそれよりも
ソフトなイメージだった。けれど
全くもって、これは全然、違っていた。
(カオルさんだから、なのかもしれないけれど)
同じ女性とは思えない、厚みのある舌が
信じられないほど獰猛に動く。
引けば奥まで攻め入れられ
応えようとすれば、痛いほど吸われてしまう。
『食べちゃうからね――』
いつだったかのカオルさんの言葉が、脳裏をよぎり
これでは本気で食べられそうだと、
あたしは危機感を覚えた。
そもそもの課題だった、同性だから何がどうだとか
そんな問題は、いつしかどこかにすっ飛んでいた。
今この状況をどうするかが最大の問題で
そんなものにはかまっていられなかった。
けれどおそらく、現在の最たる問題は、
カオルさんとのキスに抵抗を感じるよりも
むしろ喜びが勝っている自分自身だった。
同性だから何かしらの嫌悪や
違和を感じるのでは、と恐れていたのに
それは皆無で、むしろ男性との方が
違和感を覚えるかもしれないと思うほど
それほどにカオルさんの感触は、心地よかった。
力強いのに、キメが細かくなめらかで
甘い訳はないのに、何故か甘いと感じる。
不思議な感じだった。
でも酔いしれる余裕はどこにもなかった。
ドキドキしている心臓のせいなのか
上手くいかない呼吸のせいなのか
だんだん、息が苦しくなってくる。
苦しいのに頭の奥の方はジンとして
熱を持ってくる。
待って。
お願いだからカオルさん。
待って!
心の中で叫びながら
これ以上はなんだかヤバイと思った時に
あたしはようやく解放された。
カオルさんはあたしを抱きしめると
ふーっと、長く長く息を吐いた。
「ごめん。暴走しかけた」
「暴……走、って……」
あたしも呼吸を整える。
暴走って。




