5.気持ちの行方
あたしは結局、ご飯をおかわりして食べた。
その後、カオルさんが止めるのを押し切って
食器などの洗い物もした。
キッチンで全てを片付け終えると、
カオルさんが、リビングからあたしを呼んだ。
あたしは一つ大きく息をする。
カオルさんはソファに座っていた。
「洗い物なんて、しなくても良かったのに」
「そういうわけには」
長い腕が、あたしに向かって広がる。
「おいで。シノ」
その仕草と言葉に、ドクンと心臓が鳴った。
こういう時のカオルさんは
何故だかいつも以上に、魅力的に見える。
進みかけて、でも躊躇した。
その腕の真ん中へ進めば
正面から抱きしめられそうだった。
……しかも、体勢的に考えると
そのまま膝に、乗せられてしまいそうで。
あたしは笑ってごまかしながら
ぐるりとテーブルをまわり
ソファの反対側からカオルさんの隣に腰を下ろした。
カオルさんはやれやれといったように
ため息をもらしながら
あたしの肩をゆっくりと引き寄せる。
寄りかかると、カオルさんの首元から
ほんのりと甘い匂いがした。
その香りが鼻から、気道から
ジワジワと血管に浸透して
すでにいっぱいいっぱいになっている心臓へと
容赦なく集まっていく感じがする。
呼吸は普通にしているのに、
息苦しく感じる、なんてことが
30にもなった自分の身に起こるとは
思いもしなかった。
カオルさんはあたしの頭の上に顎を乗せて
それから言った。
「ねぇ、シノ。本当は、嫌だ?」
「え……?」
思わぬ言葉が降ってきたので
あたしは驚いて顔を上げた。
「触れたいと思うのは、私だけかな」
「どうして……そんなこと」
カオルさんは困ったように笑っていた。
「シノは、拒否はしないけど
自分から来てはくれないから」
カオルさんは体を離した。
「嫌ならやめるから。遠慮なく言って。
シノには嫌われたくない」
「嫌うだなんて」
そんなことがあるはずはなかった。
「シノはノンケだから。
やっぱり無理だって言っても
それは仕方がないと思って、諦めるから」
「無理なんかじゃ――」
けれそ、ない、と言いきれるだけの自信は
正直なところ、まだなかった。
そんなに簡単なことではなかった。
今までの概念を全てぶち壊してしまったら
あたし自身が足元から崩れてしまうような
そんな不安が、常につきまとっている。
でも無理だとも、言いたくはない。
言葉にして説明するのは難しいので
あたしは思い切って、カオルさんに抱きついた。
ぎゅうっと抱きつく。
「シノ……」
そういえばこんな風に
今までにカオルさんを抱きしめた事もなく
いつも受け身でしかなった自分を知って
あたしはちょっぴり反省をした。
「ごめんなさい。あたし、嫌じゃないのに」
カオルさんの手が優しく背中に回った。
「嫌じゃない?」
コクリとあたしは頷く。
「本当に?」
もう一度頷いて、でも言い訳を添えた。
「時間はかかる……と思うけど」
「キスは?」
「……」
「大丈夫?」
あたしはまた、頷いた。
温かく柔らかな手が
そおっとあたしの頬を包み込む。
あたしは瞼を閉じた。




