3.理想とゲンジツ
夏の残りの空気と、秋の気配が混ざる9月。
少し淋しい感じがするこの季節が
あたしはあまり好きではなかった。
というのもあたしはサーファーで
けれど寒さがものすごく苦手だから
冬がくると、あたしの季節は終わり。
長く春を待つだけの身になってしまう。
マナブとの別れのゴタゴタで
いつの間にか夏は通り過ぎ
色濃くなる秋の匂いに、あたしはちょっと焦る。
終わってしまった夏と自分を取り戻すべく
あたしはサーフィンに没頭した。
あたしの住んでいる町から海までは
車で約2時間かかる。
マナブがいた頃は(彼もサーファーだったので)
休みを合わせてよく一緒に行ったけれど、
今は一人だった。
けれど海に関してだけは、
一人でも全然、淋しくはなかった。
それほどあたしは海が好きだった。
海に通い始めてもう10年近くになる。
年数の割には、下手だけれど
それなりに波には乗れるようになった。
波には乗れるようになったけれど
でもあたしは見た感じが、つまり容姿が
とても地味で
サーファーガールというよりは図書館向きで
背も低い。
せめてもっと華やかな感じであれば
サーフィンライフももっと楽しくなるだろうにと
他の人を羨ましく思う事も少なくなかった。
その日もちょうど、あたしの理想とも、
女の敵とも言えるような
一人の女性が海の中にいた。
彼女の名前は、確かなんとかカオル。
知り合いではないけれど、
名前だけは知っていた。
いつだったか、海で彼女を見かけた時にマナブが
彼女はプロサーファーなんだと教えてくれた。
あたしはそういう情報に疎いから知らなかったけど
この地域では有名な人らしかった。
歳はあたしよりも少し上なんだそう。
初めて彼女を見た時、あたしは驚いた。
同じ女とは思えない、力強いサーフィンをする人で
男たちさえ蹴散らしてしまうような
そんな迫力のある人だった。
同じ女でも、こうも違うのかとショックだった。
しかも長身で、美人。
波に乗っている姿はもちろんのこと、
砂浜を歩く姿でさえ、サマになる人だった。
羨ましいやら、悔しいやらだった。
自分とはかけ離れた存在。
けれどそんな彼女との縁が、
この後に待っているとは
あたしは予想もしていなかった。