2.白昼のキス
カオルさんのいなくなった海は
急に味気がなくなってしまった気がした。
海の中から、遠く駐車場に目をやると
まだ車の横に、カオルさんの姿が見える。
片づけをしている様子だった。
あたしは少し考えてから
いったん波乗りを中断した。
適当な波に乗って、急いで岸まで戻る。
なんとなく、もう一度言葉を交わしたいと思った。
ただ、それだけの事なのだけれど。
駐車場では着換えを済ませたカオルさんが
サーフボードを車に積み込んでいた。
砂浜から駐車場へあがると
あたしの姿を見つけたカオルさんが
首をかしげる。
「どうした、シノ。もうあがるの?」
「いえ。そうじゃ、ないんですけど」
あたしは息を整えると
抱えていたサーフボードを
駐車場の脇に置いた。
「休憩? それとも何か、用事が?」
「用事って言うか……」
用事と言うほどのものがなかったので
適当な言葉を探して、口にした。
「行ってらっしゃいって、
言おうかなー、とか」
言っておいてから、恥ずかしくなった。
何が行ってらっしゃい、だ。
「何……それ」
カオルさんの呆れたような声がする。
「あ、じゃなくって、ただ
見送りっていうか、なんていうか」
焦って濡れた前髪をおろす、あたしの手首を
カオルさんがおもむろに掴んだ。
「?」
「ちょっとこっち、来て」
その手に引っ張られるままに
車の後ろに回り込む。
「何……」
車の陰に入ると
カオルさんはぐるりと周囲を見渡した。
反対側の手で、あたしの頬に触れる。
あたしの髪からは、まだ海水が
ポタポタと垂れている。
濡れちゃいますよ、と言おうとした時だった。
カオルさんが、不意に身を屈めた。
海水で濡れたあたしの唇が
乾いた、暖かい唇に包まれる。
あまりにも突然のことで
身動きすることができなかった。
柔らかい感触を残したあと
それはゆっくりと離れた。
呆然と突っ立ているあたしの前で
カオルさんがニヤリと笑った。
あたしは自分の口元に手を当てた。
「な――急に、なに――」
信じられなかった。
こんなところで、こんな状況で。
絶句するあたしに向かって
カオルさんは自分のその唇を
あたしの海水で濡れたその唇を
指と舌でなぞりながら
意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「塩味がする」
「!!!」
あたしの冷えていた身体が、
特に顔が、一気に熱を持った。
「あ……あ、当たり前じゃないですか!」
「シノが、あんなこと言うからだよ」
涼しげな顔で、髪をかき上げながら
カオルさんは言う。
「あんまり可愛いことすると、食べちゃうからね」
「た――」
「うそ、うそ。冗談だって、半分は」
「……半分は、本気じゃないですか」
カオルさんは声をたてて笑った。
「バレたか」
カオルさんは笑顔を残して、仕事に向かった。
残されたあたしは、今さらになって
心臓のドキドキが増大してくる。
あたしは思わず地面に座り込んだ。
まったく、カオルさんという人は。
カオルさんという人は――!




