1.足りないもの
11月の海は、寒い。
まだ冬の入り口だと言うのに
寒さに弱いあたしにとっては
ちょっとした地獄の始まりにも思える。
あたしがもしサーファーでなかったら、
今頃まだ、温かい布団の中にいると思う。
でも現実には、北風が吹きさらすビーチで
車の陰で風をかわしながら
せっせとウェットスーツを着こんでいた。
海の中には、寒さなんて少しも
気にしていないようなサーファーたちが
朝も早くから、波乗りを楽しんでいる。
その中にカオルさんの姿もあった。
付き合うことになった、あの日以来
カオルさんに会うのは今日が初めてだった。
冷たい海は嫌いだけれど
その向こうにカオルさんがいると思うと、
いつになく心は弾む。
手際よく準備をすませたあと
あたしはボードを脇に抱えて
小走りで海に向かった。
砂浜でストレッチをしていると
海の中で気付いたカオルさんが
遠くから手を上げてくれる。
あたしの心臓は心地良く、トクトクと鳴った。
あれから色々と考えていたのだけれど
これから先の事は、ともかくとして
カオルさんに恋をしたという事実だけは
もう否定のしようがないところだった。
一度認めてしまえば、不思議なもので
同性なのに、という戸惑いや
世の中に対する後ろめたさのようなものは
これっぽっちも感じなかった。
それどころか、誰かに自慢したいくらいだった。
この人はあたしのコイビトです、
あたしの大好きになったヒトです。
誰にも話せないという事が
とても残念でならなかった。
今日の波は小さくて、沖へ出るのも簡単だった。
真っ直ぐにカオルさんのもとへと向かう。
「おはようございます」
声をかけると、カオルさんは
朝陽を受けて、眩しそうに微笑んだ。
「おはよ」
面と向かうのは、やっぱり少し照れくさい気がした。
他にも顔見知りが何人かいたので
彼らとも挨拶を交わしながら
あたしはカオルさんから数mほど離れたところで
波待ちを始めた。
それから1時間ほど、一緒に波乗りをした。
つかず離れず、これと言って特別な会話もなく
いつもと変わらない時間が流れた。
恋人同士になったとは言っても
海の中のカオルさんは、変わらずクールだった。
波乗り以外の話は、ほとんどしない。
時折、目が合えば
意味ありげな笑みは浮かべるものの
それだけだった。
カオルさんの目は、常に波を追いかけている。
そんな姿が好きなのに
どこか物足りないなと感じてしまう自分が
ちょっと情けなかった。
しばらくしてカオルさんは、仕事へ行くために
海から上がっていった。
「シノはゆっくりやってて。また、夕方ね」
そう言い残して、最後の波に乗って行った。
今日の夕方、あたしはまた、
カオルさんのアパートへ遊びに行くつもりだった。
あたしの仕事の都合で、今回は
泊まる事は出来ないのだけれど
少しでも、一緒にいたい。
コトの進展はまだ困るのに
カオルさんの腕のあの温もりは
どうしようもなく、恋しいと思った。




