25.はじまりのはじまり
あたしの頭に、カオルさんの頭が寄りかかった。
カオルさんは大きく呼吸をしてから言った。
「ためしに付き合ってみない? 私と」
付き合う……あたしはその意味を考える。
「駄目?」
「じゃ……ない、ですけど。でも」
「何か問題ある?」
「……全部です」
ふ、とカオルさんは笑った。
「そうだよね。じゃ、やめとく?」
「……」
カオルさんがあたしの髪に顔をうずめた。
「大丈夫。ちょっとづつ、進めばいいから」
「ちょっとづつ?」
「うん。シノが嫌がることはしないよ」
「……」
「たぶん」
「たぶんって」
カオルさんが笑い、あたしも笑った。
隙間だらけだった二人の間を
カオルさんがぎゅうと縮める。
「可愛い、シノ」
「……」
あたしの顔はカオルさんの肩に乗り
耳と耳が触れ合った。
不思議だった。
柔らかい体の感触はまぎれもなく女性なのに
これといった違和感は感じなかった。
もしかしたらと危惧していた、
拒絶反応のようなものは、
ひとまずないみたいだった。
あたしは安心してその温かい肩に寄りかかる。
自分でもどうなるか分からなくて不安だったものが
ようやく薄れていくような気がした。
カオルさんの腕は確かめるように
あたしの体を何度も何度も抱きしめていた。
しかし安心していたのも束の間で、
こういう状況であれば当たり前ともいえる
……そういう展開が、待っていた。
あたしを包んでいた腕が離れ
やがて大きな手がやんわりと
あたしの頬を包み込んだ。
カオルさんの顔がゆっくりと近づき
そして――
あたしは思わず目をぎゅっと瞑り
唇を固く結んでいた。
柔らかいものが、そっと唇に触れた。
それはほんの一瞬の出来事だった。
あたしは再び、抱きすくめられた。
腕の中に戻れて、あたしは息をついた。
全速力で走った後みたいに、
心臓が激しくバクバクしている。
「嫌だ?」
カオルさんが心配そうに聞く。
「そ――いうわけじゃ、ない、けど――」
「けど?」
カオルさんが聞き返してくるのに
どう説明したらいいか分からない。
「女同士は、無理?」
あたしは首を振って、説明の代わりに
カオルさんの背中に腕を回した。
カオルさんがあたしの髪にキスをする。
「ねぇ、シノ。彼女になって」
「でも……だって。分かんない、ですよ?」
「何が?」
あたしは目下、最大の不安だったことを
思い切って口にした。
「その……エッチとか、できるか、どうかも」
「……」
キス一つでこれだった。
付き合ったとしても、やっぱりダメでした、では
許される訳がない。
「もしできなくても、それでも?」
その問いに対してカオルさんは
あたしが一番欲しかった答えをくれた。
「それでもいいよ。それだけが欲しいんじゃない。
シノがいてくれたら、それでいい」
あたしは背中に回した手に力を込めた。
嬉しかった。
「大丈夫。嫌なことはしなくていい。
二人のペースで、ちょっとづつ進もう」
ちょっとづつ。
それならなんとかなるのか、ならないのか
自信はまるでなかったけれど
カオルさんにそこまで言わせておいて
今さら、断れるわけもなかった。
あたしが頷くと、
カオルさんは嬉しそうなため息をついた。
「好きだよ……シノ」
切ない声に、胸が詰まった。
あたしも、と言いたかったけれど
言葉が出なくてあたしもはもう一度だけ頷く。
こんな時、もっと上手く伝えられたらと思う。
どれほどカオルさんの気持ちが嬉しくて
今どれほど、幸せなのかということを。
あたしはぴったりとカオルさんにくっついた。
かすかな甘い匂いに、
あたしはうっとりと目を閉じる。
カオルさんの手が、あたしの頭を撫でていた。
顔にかかっていた髪を、耳にかけ
あたしの目にかかる前髪も、優しく上げられる。
男性とは違う、柔らかな手の感触に
あたしは不思議な安心感を覚えた。
目を閉じたままでいると、
あらわになった、その額に、
それから、閉じた瞼の上に
ゆっくりとキスがおりた。
不意のことで、動くことができなかった。
それに恥ずかしくて
今さら目も開けられない。
と、次にその唇は
唇へと移動した。
「――!!!」
さっきとは違っていた。
はっきりと押し付けられる感触。
あたしは思わず身じろぎした。
けれどカオルさんの唇は追いかけてくる。
逃がすまいと、食むように唇を包まれ
あたしは激しく動揺した。
カオルさんの唇がわずかに開き
湿ったなめらかな舌が、あたしの唇をなぞる。
「――っ!」
生々しい感触に
あたしは思わず逃げた。
逃げた、といっても顔を伏せただけで
実際はカオルさんの胸の中へ
また収まっただけなのだけれど。
いつから息を止めていたのか
呼吸も、心臓も苦しかった。
肩で息をつく。
カオルさんがなだめるよに
あたしの背中をさすりながら抱きしめた。
「ごめんごめん。ちょっとづつ、だったね」
その声には笑みも含まれているような気がした。
「……もう」
「大丈夫。今日はここまで、ね」
ポンポンと背中を叩かれて、
あたしはようやく解放されたのだった。
後になって、冷静になって考えてみれば
たかがキス一つで、これはヒドイ。
30もの大人が、中学生じゃ、あるまいし。
いや、今どきの中学生の方が
もっと色気のあるキスをするかもしれない。
相手が同性だからなのか
これまでの男性としてきた経験は
まるで役に立たないみたいだった。
すべてが初体験のように感じる。
これでは前途多難だ、と思った。
何もしないから一緒にベッドで眠ろう、
というカオルさんの提案は、もちろん辞退して
あたしは毛布と共にソファで丸まった。
リビングと寝室の襖を開け放すと
お互いの姿は見える。
「おやすみ、シノ」
「おやすみなさい」
カオルさんの視線を感じながら
あたしは目を閉じた。
果たしてこれから
あたしはどうなってしまうのか
不安は山盛りだった。
どうしなきゃいけないのか
何が変わってしまうのか
考える事は山ほどありそうだった。
けれどこれまでの疲れと、
ようやく解れた安心感とが
猛烈な睡魔となって、あたしを襲う。
ずるずると眠りに引き込まれながら
でも一つのことだけは
ハッキリとしていた。
あたしは、恋をした。
同性であるカオルさんに、恋をしてしまった。
お読みいただき、ありがとうございました!
ここまでを第一章として、ひとまず終わりたいと思います。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。
ラコ。




