22.決意とは裏腹に
それから10日後。
あたしはカオルさんのアパートに向かった。
ゆっくり話をしたいので時間を作ってほしいと
あたしからお願いしたのだ。
夜勤明けの、土曜の午後。
少しの仮眠をとったあと、車を走らせる。
空にはどんよりと、重い雲が広がっている。
それは今の心境と同じだった。
あたしの出した結論は、やはりそういうことで
カオルさんにきちんと伝えておくつもりだった。
カオルさんのアパートへ向かう
約2時間のドライブの間、
数えきれないほどのため息が出た。
気持ちは沈む。沈むのに、
今はカオルさんに会える事が嬉しくもある。
どうしようもない自分の気持ちに
あたしは苦笑するしかなかった。
すでに懐かしいドアの前で待っていると
ほどなくして内側からドアが開いた。
中にカオルさんの姿が見えた時
あたしは固まった。
「カオルさん? カオルさん、髪……⁉」
あたしは驚いて目を丸くした。
カオルさんの長かった髪がショートになっていて
まるで別人のように見えたからだ。
「ああ、切っちゃった」
カオルさんは少し照れたように笑いながら
露出した長い首に手をやった。
その変わらない笑顔に、あたしはホッとする。
「すごい、バッサリいきましたね……」
「失恋する前に、切っておこうと思って」
「な……! 何、言ってるんですか」
カオルさんは笑ったけど、たちの悪い冗談だった。
「うそうそ。妹の結婚式が済んだから」
「え? そうだったんですか?」
「こないだの日曜にね。
それまでは一応、伸ばしてたんだけど
でも、いつもはこれが普通。やっとすっきりした」
あたしは思わず見とれてしまった。
なんて似合うんだろう!
トップが長めの、ショートボブといった感じで
洗いざらした髪が小さな顔を包んでいる。
背は一段と高く見えて
あの力強いサーフィンを生み出す
逞しい肩や腕が、ひときわ映えて見えた。
こんなにカッコイイ女性だったのかと
あたしはあらためて見とれてしまう。
思わずじっと見ていると、
長めの前髪の奥から見つめ返されて
あたしの心臓は跳ね上がった。
「す……ごく、似合いますね、短いの」
「そ?」
「はい。カッコイイなと、思って」
「……惚れてくれる?」
「!」
カオルさんはクッと笑った。
「冗談だってば」
今日のカオルさんの冗談はキツすぎる。
けれど、これなら誰が惚れたっておかしくない。
カオルさんを 『めっちゃモテる』 と言った
ユッキーの言葉が心に突き刺さった。
カオルさんの後についてキッチンに入ると
湿気とともに、いい匂いが充満していた。
「もう少しで出来るから、ちょっと待ってて」
カオルさんは夕飯を作ってくれているみたいだった。
そんな事まで、という申し訳ない気持ちと
ものすごく嬉しい気持ち。
ほんとあたしは、どうしようもない。
「手伝います。何作ってるんですか?」
「チキンのトマト煮込み。いいよ、もう煮るだけだし」
鍋を覗くと赤いトマトの中に、見慣れない葉っぱがあった。
「これ、何ですか?」
「ん、ローリエ?」
「ああこれが」
珍しそうに見るあたしにカオルさんは笑った。
「ほんとに、料理しないんだ」
「ダメですよね、料理くらい、しないと」
「いいよ。作ってあげるから」
「……」
カオルさんは手際よく、もう一つの鍋にパスタを入れた。
それほど広くはないキッチンで邪魔になりそうだったので
あたしはおとなしくスツールに腰かけた。
あたしには見なれない香辛料や調味料が
きちんと整理されて、棚の中に並んでいる。
「シノは、いつも何食べてるの」
「買ってきたものとか……それと外食が多いです」
「そっか。看護師さんじゃ、忙しいしね」
「そういうわけでは、ないんですけど」
「そういえば嫌いなものは、ある?」
「シイタケが絶対に無理です」
「ん。了解」
「カオルさんは?」
「シイタケ」
「えっ」
カオルさんは笑った。
「見た目がヤバイよね」
「ですよね。切ってあるのなんて、ナメクジみたいで」
「ナメクジ。確かに」
カオルさんは笑いながら
料理をする傍らで洗い物を片付けていく。
カオルさんは料理をするのが、本当に楽しそうだった。
軽快に動く後ろ姿からは、鼻歌が聞こえそうなほどで
いくら見ていても飽きないと思った。
「今日はワイン飲むけど、シノ飲める?」
「ワインですか? もちろんなんですけど、でも」
「泊まってくでしょ」
「……いいんですか?」
図々しいとは思ったのだけれど
あたしは泊めてもらう気でいた。
それが無理でも、車泊するつもりでいた。
あたしは例の話をするのに
お酒の力を借りるつもりだった。
「いいに決まってる。
飲まないって言ったら、怒るよ」
「じゃあ……遠慮なく」
カオルさんは笑顔で頷いた。
「赤しかないけど、いいかな」
「あたし、赤の方が好きです」
「よかった。じゃあそこから、グラス出しといてくれる」
「はーい」
棚の中からあたしはグラスを二つ取り出した。
ついでに、フォークやスプーンも準備する。
楽しいと思った。
ずっとこんな感じが続くといいのにと思う。




