21.1日経ってみて
「シノさん、今日どっか調子悪いんですか?」
仕事中に声をかけられてあたしはハッとした。
「いや……別に? そんなことないよ」
「なら、いいんですけど」
話しかけてくれたのは仲の良い後輩だった。
夜の点滴を準備している最中で
あたしの目は一点を見つめたままだった。
「さっきからあんまり喋らないから、元気ないのかと」
「ごめん。ちょっとボーっとしてた」
「寝不足ですか?」
「まぁ、そんなとこ」
寝不足なのは事実だったけれど
それよりも口を開けば、うっかり 『カオルさん』 と
名前を出してしまいそうで怖かった。
それほどあたしの頭の中は
カオルさんで溢れていた。
『ずっと、いいなと思ってた』
カオルさんの声がこだまする。
『もし、可能性がゼロじゃないなら
私の事も考えてくれないかな』
あのあと、カオルさんはそう言ってくれたんだった。
あたしは、嬉しかった。
涙が出そうなくらい、嬉しかった。
カオルさんにとって特別な存在になれればと
思わない時はなかった。
今はどの友達よりもカオルさんが大切で
カオルさんさえいてくれたらと思った。
もしかしたら、という期待はあったけれど
けれどまさか本当にそんな事になろうとは
思いもよらなかった。
あたしは戸惑い、混乱した。
あたしもカオルさんのことが好きです、と
言えるものなら言いたかったけれど
言えるわけはなかった。
あたしの 『好き』 はそうじゃない……。
返答に困惑するあたしに、カオルさんは言った。
『無理しないでちょとだけ、考えておいて。
もし駄目でも、シノが仲間なのには変わりはないから』
その話はそれきりで終わった。
カオルさんは何事もなかったかのように
いつも通りに戻っていた。
あたしは眠れずに、グルグルと考え続けていた。
嬉しかった。けれどその一方は悲しかった。
仲間――
与えられた選択肢が、ただの仲間か、恋人か
そのどちらかしかないとするなら
できることなら後者を選びたいと思うほど
カオルさんに執着しているのは事実だった。
でも現実には、その選択ができるとは思えず
あたしの心は一転して、深く沈んでいった。
駄目だと答えたなら、あたしはカオルさんにとって
ただの仲間の一人になってしまう。
もしかしたら、今までと同じではいられず
これまで以上に距離をとられるかもしれない。
それは嫌だと思った。
カオルさんが自分から離れてしまうなんて
考えたくもない。
かと言って恋人の立場を選択するわけにもいかない。
気持ちだけの問題ではないのだ。
そもそも相手は、同性なのだから。
もしこの感情が、例え恋になれるとしても
恋愛の先には、SEXだってある。
恋愛対象になるかどうかの行く末は
つまりSEXにあるのではないかと思うくらいで
とえいあえずの最大の問題はそこにあると思った。
最近はユッキーのエロトークのおかげで、
色々と考えさせられた事はあったけれど
同性とのSEXは、あたしにはたぶん無理だ。
嫌悪感があるだとか、そういう事ではないけれど
なんと言うか、ただただ恥ずかしい。
女同士で抱き合うだなんて、考えただけでも
どこかに穴を掘って隠れたくなるほど恥ずかしい。
どう考えても受け入れられるとは思えなかった。
それに、ひとまずSEXを抜きに考えたとしても
あたしは30で、カオルさんは34。
そろそろ人生のパートナーを
本気で探そうかという年代で
10代や20代の恋愛とは、ワケが違う。
その上で、恋人の立場を選択するのなら
あたしも同性愛者として生きていくことを
少なからず覚悟しなくちゃならないのだ。
それはこれまで想像もしえなかった事で
途方もない挑戦のような気がする。
そもそも、それ以前にあたしには
恋愛が長続きしないというトラウマだってある。
マナブを傷つけてしまった時のように
同じことを繰り返さない自信が、あたしにはない。
考えれば考えるほど
ため息しか出てこなかった。
昨夜はカオルさんの毛布を借りて
ソファでくるまって寝た。
髪や体にカオルさんの匂いが残っていて
それが不意に香るたび、胸が苦しくなる。




