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Life is choice.  作者: 小野田ラコ
第1章 はじまりのはじまり
20/85

20.期待と恐れ

8時をまわるとユッキーは仕事のために帰ってしまった。

「じゃあお二人さん、ごゆっくりねー」

と、楽しそうに言い残して。


「とりあえず、シャワーしてきたら?」

ユッキーの見送りを終えたカオルさんが言った。

「それから、ゆっくり飲めばいいよ」


朝は海に入っていたので、潮を流したかったあたしは

カオルさんの言葉に甘える事にした。


「洗顔とか化粧水とか、

 置いてあるやつ、適当に使っていいからね」

「何から何まで、すみません」

女同士は、こういうのがありがたいと思う。


「あ、それからこれ、着替え。寝る時に」

さらにスエットの上下まで手渡してくれた。


「え? いいですよ。このままで寝ますから」

「ジーンズ、寝苦しいでしょ」

スキニーで一晩眠るには、確かに苦しいとは思う。


「脱いで寝るなら、それでもいいけど」

カオルさんの顔がニヤリと笑った。

「……お借りします」


古い物件だけあって、浴室もレトロだった。

今どき珍しい、細かいブルーのタイル張り。


古ぼけた木製の窓枠には、

海で拾ったのか、流木が飾られていて

とても居心地のいい空間になっていた。

カオルさんのセンスは、いちいちあたしのツボを刺激する。


シャワーを済ませてリビングに戻ると

ソファに座っていたカオルさんはあたしの姿を見て

お腹を抱えて、クククッと笑いだした。


「……カオルさん。

 こういう風になるの、分かってましたよね?」

あたしはスエットの裾を持ち上げた。

「ゴメン。分かってたけど、それほどとは」

「笑い過ぎです」

「だって、可愛い」

「……」


ブカブカのスウェットからはほんのりと

カオルさんと同じ匂いが漂っている。


なんとなく落ち着かない気分のまま

笑いの止まらないカオルさんをそのままに

あたしはその向かい側、ローテブルの前に座った。


さっきまで飲んでいたグラスを手にしようとして

中身がいつの間にか、新しい氷とお酒で

満たされているのに気が付いた。

空いた皿もきれいに片づけられている。


お礼を言おうと顔をあげると、カオルさんは言った。

「ボード、調子どうだった? あれから」

「え? あ……ばっちりです。前のより、調子良くて。

 本当に、ありがとうございました」

本当はもっとお礼の言葉を言いたいのに

上手く言葉で表現できない自分がもどかしい。


「シノはさ、サーフィンのセンス、あるよね」

「は?」

「お世辞じゃなくて、ほんとに」

カオルさんの手にしたグラスから、

カラン、と氷の音が鳴った。


グラスはその大きな手に包まれて、口元に運ばれる。

でもカオルさんの視線は、あたしのに向いたままだ。

あたしは俯いた。


「力はないけど、シノはきれいに波に乗るし」

「そんなことは」

「余計な力がかかってなくて、すごく素直でいい」

「やめてくださいよ、そんな。

 力をかけたくても、かかんないだけですよ」

カオルさんはクスッと笑った。

「いま、鼻で笑いましたね」

「可愛いなと思って」

「……」


あたしは手にしたグラスを見つめたまま

冷たい液体を喉に通した。

さっきからドキドキしている心臓を

どこかに放り出したい気分だった。


「シノは弱そうなわりに、波に突っ込む度胸はあるし」

「突っ込むだけ、ですけどね」

「突っ込んで、よく波に巻かれてる」

あたしは苦笑いした。

「よく見てますね」

「見てたよ。前から」


心臓がひときわ大きく胸を叩いた。

――前から?


「シノはいつも一人だった。前は、男の人とよくいたけど」

「え……」

カオルさんは笑った。

「女の子のサーファーは少ないからね。たいてい覚えてる」

「……女好きだから?」

「言うね。もちろん可愛い子は特に」


カオルさんのグラスは空になりそうだった。

それをテーブルに置いてくれれば

おかわりを注ぎにこの場を立てるのに、と思う。

でもカオルさんの手はグラスを持ったままだ。


「シノと初めて話した日、さ」

「初めて……あの、ぶつかりそうになった時、ですか」

「まさか律儀に、謝りに来るなんて」

「でもあれは、あたしが、悪かったし」

「いい子だなと思った」

「だってそんなの、当たり前の事で……」

「で、やっぱり可愛いなと思った」

「――」


あたしの手の中のグラスの氷が

全部溶けてしまうんじゃないかと思う。

でも手放すわけにもいかなかった。


「シノはいつも一人で、

 長いこと海に入ってたよね」

カランカランと、カオルさんのグラスが鳴る。


あたしの心臓は何かを予感してか

ドキドキとスピードをあげていた。


「でも、一人でも、いつも楽しそうだった」

「――」

「サーフィンが、海が、本当に好きそうで」


あたしはぎゅっと目を閉じた。

「ずっと、いいなと思ってた」



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