16.恋に似たもの
カオルさんのくれたサーフボードは
これ以上ないくらい、あたしにピッタリだった。
それまで使っていた物よりも小さくなったのだけれど
その分、取り回しがラクになりコントロールがしやすい。
一本の波を乗り終えると、カオルさんが遠くから
親指を上に立てて、笑顔を見せてくれた。
褒められて、あたしは上機嫌になった。
波乗りを褒めてもらえることは
自分自身を認めてもらえるような気がして
あたしの中に自信が湧いてくるような気がする。
沖に戻って波を待っている間、
あたしは両手にすくった海水を
自分の顔に浴びせた。
冷たい水が火照った顔を、心地よく冷やしてくれる。
なんて気持ちがいいんだろうと思う。
波に乗るスリルと快感と、この海水の感触。
サーフィンをやっていて本当に幸せだと思う瞬間だった。
あたしはもう一度、海水をすくうと
今度は頭の上からかぶせた。
目を閉じると、頭のてっぺんから髪を、頭皮を、首筋を
じんわりと伝っていく滴の感覚がよく分かる。
それは愛撫にも似ていて、あたしは恍惚となった。
少し離れた所で、カオルさんがこちらを見ている。
あたしは微笑んで軽く頭を下げた。
感謝したいと思った。
カオルさんはこのサーフボードを
ただ単に不要だから、という理由ではなく
あたしの波乗りを見て知っていて、より良くなるように
あえて勧めてくれたんだと、今なら分かる。
嬉しかった。
あたしはやっぱりカオルさんが好きだと思う。
残念なことにあたしは同性愛者ではないから
ダメなんだけれど、でもカオルさんのあたしへの好意が
いちサーファーとしてでなく、特別なものならと
心のどこかで期待してしまうのも事実だった。
あたしはカオルさんの彼女になれる人が羨ましい。
そんな人が現れたら、あたしは今度こそ確実に
嫉妬してしまうと思う。
憧れは恋に似てる。友情もしかり。
今になって考えてみると、人の想いというのは
ひとつやふたつのカテゴリには
とうてい納めきれないんだと思った。
しばらくして、カオルさんは先に海から上がると言った。
「そろそろ仕事に行かなきゃいけないから」
腕時計を見ながら言う。
「5時には確実に終われるようにするけど、遅れたらごめん」
「全然いいですよ。待ってます、適当に」
これから仕事をするなんて、タフだなといつも思う。
WEB系の座り仕事だから、と言っていたけれど
その方が眠気に襲われそうで大変だなと思った。
「お店考えとくけど、なんか食べたいものある?」
「なんでもいいです。
カオルさんの、都合のいいところで」
「ん……じゃあウチで食べるって言うのもありかな」
「えっ? まさかカオルさんち?」
「うん。飲むと帰りの足が面倒な事になるから。
ウチ狭いし汚いけど、それでもいい?」
「わ、嬉しいです! 行きたいです。
けどいいんですか? お邪魔して」
「勿論いいんだけど、うち今、何もないから。
ユッキーと一緒になんか買い出ししといてくれるかな」
「任せてください!」
「お酒も。ユッキーなら私の飲む物も知ってるから
適当に買ってくるように伝えといて」
「分かりました」