14.理解するということ
あの日以来、ユッキーからは頻繁にLINEがくるようになった。
最初は、馴れ馴れしく押しの強いユッキーは、
正直なところあたしの苦手なタイプだと思っていたけれど
LINEのような文章のやり取りになると逆に
彼女の気遣いがよく分かるようになり、
あたしは好感を持つようになった。
驚く事に、ユッキーの仕事はホステスだった。
バイであることはもちろん秘密にして。
『これでもお店のナンバーツーなんだから』
あの容姿なら当然だろうとあたしは思った。
『でもね、これはオシゴト。
あたし断然、女の子の方が好きだもん』
そのあっけらかんとした物言いに、あたしは感心してしまう。
ユッキーも、今は恋人はいないみたいだった。
あたしは好奇心が抑えられずユッキーに聞いた。
『どんな女のコが好みなの?』
男性の語る好みの女性像ならなんとなく分かるけれど
女性視点でのそれは、いまいち想像がつかない。
でも返ってきたこたえは、意外にも平凡だった。
『普通に女の子らしい女の子が好きだよ。
痩せすぎてなくて、ちょいポチャくらいが理想かなぁ』
『そうなんだ』
『美人系よりも、可愛い系がタイプ』
『へー』
『シノちゃんみたいな人とかー』
『ふーん』
『ふーん、て』
ユッキーとのこういった冗談にも、あたしはだいぶ慣れてきた。
相手がカオルさんなら、こうはいかないかもしれないけど。
『あたし、年上だけど?』
『むしろ年上のがスキ。可愛いお姉さん大好物』
『カオルさんは?』
『あ、カオちゃんはないよー』
『どうして』
『あたし、ちっちゃい女の子が好きだもん。
それにカオちゃんバリタチだしー。あたしもタチだしー』
『えっ? そうなの?』
『えーって、どっちに驚いてんの?
あたしがタチってコト? それともカオちゃんの?』
『両方』
『カオちゃんなんて見るからに、でしょー』
『分かんないよ』
『そのうち分かるって』
その言葉と共に、意味深な笑みを含んだスタンプが送られてきた。
分かる……ようになるんだろうか?
『あたしはねー、こう見えて女の子に対してだけはオトコ脳だよ。
もーエロいことしか考えられないー』
『……』
『やだシノちゃん、引かないでよ?』
『大丈夫だってば』
ユッキーとのやりとりは面白かった。
彼女の話はあたしの知らないことばかりで
知らない世界を見るようでとても興味深い。
でも興味本位であれこれ尋ねるのは、
間違っているのかとも思った。
知らないからつい色々と聞いてしまうけれど、
もしかしたらそれは、とても無神経で
失礼に値するのかもしれない。
その事についてユッキーに話したことがある。
するとユッキーはこう応えてくれた。
『人によっては聞かれたくない人もいるかもだけど
少なくともあたしは違うから大丈夫だよ。
逆に興味を持ってもらった方がありがたいっていうか。
じゃなきゃ、ちゃんと話せば分かってもらえることも
話すチャンスがなかったら、分かってもらえないもんね』
その言葉に、あたしは色々な意味でショックを受けた。
セクシャルマイノリティな人と関わる場合には
どこか腫れ物にでも触るような、そんな妙な気遣いが
少なからずあると思う。あたしにもあると思う。
でもそれがいい意味での気遣いになるのか
逆に彼女たちとの距離となってしまうのか
とても難しい問題なんじゃないかと思った。
ユッキーは、自分になら遠慮せず何でも聞いて、と言った。
そう言ったユッキーの背後に
あたしはたくさんの女の子が見えるような気がした。
ユッキーは明るくて前向きで、バイセクシャルであるということを
むしろ楽しんで生きているように見えていたけれど
もしかしたらその陰に、彼女なりの苦悩があったのかもしれない。
そう思うとユッキーは偉い。
平凡に生きてきたあたしなんかより、ずっとスゴイ。
*タチ……性行為で能動的な側。攻め。男役(対義語はネコ。受け)
*バリタチ……完全なタチで全く受け身にはならない性指向(対義語はバリネコ)