11.驚きの事実
結局3人でランチに行く事になった。
海の近くにあるサーファー御用達の喫茶店。
テーブルをはさんで
あたしの向かいにカオルさんが座っている。
その隣にユッキー。
メニューのオーダーを済ませたところで
ユッキーがあらためて口を開いた。
「で、さぁ。さっきはゴメンね。
あたしの勘違いってゆーか、早とちりってゆーか」
カオルさんは黙っている。
「シノちゃんが、お邪魔になる、だなんて言うからさ
てっきり、あたしとカオちゃんの仲に
嫉妬したのかなー、なんて」
「そんな……」
「うん。だからゴメンなの。
ただ気を使ってくれただけなんだよね」
「……」
なんて答えたらいいか分からなかった。
ぶっちゃけ、ヤキモチはあった。
「んとね、でも問題はそこじゃないのね。
そもそもあたしが誤解してて、んで
カオちゃんが焦っちゃったんだけどね。
それがなんてかってゆーと、
あたしもカオちゃんも、恋愛対象が女の人だからなの」
「――――」
「なの」
えへ、とユッキーは笑った。
「え――――。えぇっ?」
れ、恋愛対象が、女の人!?
あたしは目を真ん丸にした。
そんなコトを言われるとは、思ってもみなかった。
予想外の内容に、文字通り開いた口が塞がらない。
恋愛対象が女の人って!
それってコトは、つまり……
「あたしはね、バイ。あ、でもほとんどビアン寄りだけど。
カオちゃんは女の人オンリー」
「――」
いきなりそう言われても、返す言葉がなかった。
バイというのは、つまりバイセクシャルの事だよね。
で、ビアンっていうのは、レズビアンのコトだよね、やっぱ。
え? で、カオルさんが?
ウソ!!!
「あたしシノちゃんもてっきりコッチ側だと思っちゃって。
カオちゃんたら、何も言わないからぁ」
「何も言わなくても普通は、ノン気でしょうが」
隣でカオルさんが口をはさむ。
「そうなんだけどさー。なんかさー」
ちょっと……待ってよ。
頭が混乱してて、ついていかない。
店員さんがランチプレートを運んできたので
一同はひとまず口を閉ざした。
あたしの心臓はドキドキと早鐘を打っている。
だってカオルさんが、まさか、そんな。
皿を見つめたまま固まってるあたしに
ユッキーが身を乗り出して言った。
「んで、だからね。あたしとカオちゃんはお仲間だけど
ただのトモダチなのね。
そーゆーんじゃないから誤解しないでって言ったのは
そーゆー意味でのコトなの」
「……」
一生懸命話してくれるユッキーには悪いけど
耳に入ってこないくらい
『レズビアン』 の文字があたしの頭の中を駆け巡ってる。
だってあたしは、今までの人生の中で一度も
そういう人に会った事がない。
女の人が好きな女の人、の図式が
頭の中でしっくりするまでに時間がかかる。
「ね、シノちゃん。分かってくれた?」
「え? ああ、うん」
ユッキーが心配そうな目で見つめてくる。
「ごめん、うん、分かった。ありがとう」
あたしが言うと、ユッキーは安心したようにニッコリと笑い
美味しそうにゴハンを食べ始めた。
あたし、頭の中を整理する。
つまり二人はデキている訳ではなく
(そんな風には思ってもみなかったけど!)
だからそれを、あたしに誤解されないように
わざわざ言ってくれたってコトで……
え? という事は、ユッキーの目には、
あたしがそういう意味での嫉妬をしていた様に
見えていたということだ。
……わぉ。
「シノ」
カオルさんの落ち着いた声が、静かに響く。
「ごめんね。驚かせちゃったよね」
カオルさんは困ったように微笑んだ。
「いえ。そんな!」
あたしは慌てて首を振った。
カオルさんにこんな顔をさせたくない。
「えと、ビックリはしました。けど……でも」
こういう場合にどういう反応をするのが正しいのか
あたしには分からないけど
「言ってくれたのが、あたし……嬉しいです」
そう言うとカオルさんの表情が和らいだ。
つられて、あたしの頬の筋肉も緩み
あたしはニヘラ、と笑っていた。
だって本当に、それは嬉しかった。
驚きは隠せないけれど、でもこんな大きな秘密を
大切な話を、あたしなんかにしてくれるなんて。
カオルさんはふぅっと息を吐いた。
「とりあえず……良かった。
いつかシノには、話そうかと思ってたし」
「そうなんですか?」
「うん。まぁね」
それは意外だった。だったらなおさら、嬉しい。
「他に誰か、知ってる人はいるんですか」
「海関係は、ユッキーだけだよ」
「ユッキー……とは、元々そういう知り合いなんですか?」
「違うよー」
ゴハンを頬張っていたユッキーが楽しそうに口をはさんだ。
「元々はあたし、カオちゃんがそういう人だって知らなかったもん。
でもある時ビアンバーに行ったらさ、そこにカオちゃんいたの。
お互いになんでこんなトコにいるんだって話になってさ」
ケラケラとユッキーが笑った。
聞けば二人の付き合いは、5年くらい前かららしい。
ユッキーがこの辺りに引っ越してきて
海でサーフィンをしている時に、カオルさんと知り合ったんだそう。
最初はただの海仲間だったらしいけれど
そのビアンバーという場所で、お互いの素性が分かったと言う。
「ところでビアンバーって、なに?」
あたしには分からないことだらけの世界だ。
*ビアンバー……レズビアンバーの略