1.恋愛の終わり
「あのね、私、好きな人が…… っていうか
忘れられない人がいるっていうか……
だからごめん。マナブの事、好きだけど
でも、このまま一緒にはいられない」
あたしがそう言うと、マナブは表情を硬くして
小さくため息をついた。
「呼び出された時に、なんとなく
まぁ、そんな事だろうとは思ってたよ」
あたしはこの別れ話をするために
マナブを夜のカフェに呼び出していた。
向かい合って座った二人の間に、重暗い沈黙が流れる。
ごめん、マナブ。
大好きだけど、だめだったんだ。
マナブとの結婚もちょっと考えたくらい、
大好きだったんだけど、でも。
「ごめんね」
マナブは肩で大きく息を吸うと、いったん止めて
そして大きく吐いた。
怒られるかな、と思った。
突然何を、とか
今さら何を、とか
好きな人っていうのはなんだ、とか
色々と問い責められる事を、あたしは覚悟した。
でも彼の口から出たのは
それまであたしにはあまり言わなかった
あの言葉だった。
「……俺さ。
俺。
ほんとシノの事、好きだったんだよ」
それはびっくりするほど穏やかな口調だった。
あたしは唇を噛んだ。
涙が出てしまいそうだった。
けれどここで自分が泣くのは間違っていると思った。
溢れそうなものを、ごくんと飲み込んで
あたしは 「うん」 とだけ答えた。
テーブルの上のコーヒーが
かろうじて湯気を立てている。
夜のカフェは若い子たちの
楽しそうな囁きであふれていて
別れ話に沈黙するカップルには
誰も気が付かないみたいだった。
そもそも、こんな所で別れ話をするのが
適当かどうかという話だけれど
でも前の男の時は二人きりで
殴られそうになった。
あんな怖い思いは二度としたくなかった。
だけどマナブは本当に優しい男だった。
こんなにイイ男なのに、どうしてあたしは
マナブではだめなんだろう。
好きな人がいる、なんて言ったのは嘘だった。
本当は誰もいない。
マナブ以上に好きな人なんていない。
でも、それだけだった。
それじゃだめだから、
あたしはマナブから離れなきゃいけない。
あたしは30。
マナブは32。
傷は深くなり過ぎない方がいい。
しばらくの沈黙ののち、
マナブは意を決したように立ちあがった。
「じゃあ俺、先に出るよ。
連絡も……もうしないからさ」
マナブはあたしから顔を背けると
あっけないほど、あっという間に
あたしを残して店を出て行ってしまった。
なんて――見事な去りっぷり。
惚れ直してしまいそうだった。
あたしはようやく流せる涙を
ちょっとだけハンカチに包んだ。
冷めた不味いコーヒーを無理やり口の中に流し込む。
その苦みが喉のつかえた感じを
少しだけマシにしてくれた。
あたしは深くため息をついた。
何度やっても上手くいかない恋愛。
もうこれで、何人目だろう?
長続きしない自分の恋愛に
あたしはほとほと、嫌気がさしてきた。
最初はすごく好きだと思うのに、持続しない。
相手は好きでいてくれるのに
自分の気持ちだけが、どこかへ行ってしまう。
まだ運命の人に巡り合っていないだけなのか
それとも、あたしのどこかに
どうしようもない欠陥があるのかもしれない。
どちらにしてもまたこれで一人になってしまった。
これから、どうしようか。