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鬼縁町での日々/3

 娯楽施設のない村において、夜とは家で過ごす時間であり、私たちのように出歩く存在は稀であった。

 近くに建造物は見当たらず、月明かりだけが闇を照らし出している。私自身も都心の明かりに慣れたためか、こんなにも月が明るいというのに、まるで真の闇を泳いでいるような気分になる。


「えっと、質問とかよろしいでせうか……?」


 小動物のように怯えながら雨宮が問う。

 ぷるぷると震えてはいるが、足元は慎重に畦道あぜみちを踏みしめている。この暗さだ、下手に動いたら田んぼに落ちてしまう。

 その様を見て、「もういいわよ」と春香嬢は盛大なため息を吐いた。あまり引きずらない質らしい。


「ならお言葉に甘えて……あのデパートってどうなってんだ? ああいう店が近場にあるワリにゃあ、商店街はそれなりに繁盛してるっぽいしさ」


 食う? と菓子を差し出すが、即座に「いらない」と切り捨てられる。


「あの店ってね、個人販売店が既に売っていて地域に定着してるものを売ってないのよ」

「あれか? 主婦がこぞって買いに来る八百屋やおやがあれば、野菜を販売しないみたいな」

「一応、販売はしてるみたいだけどね。といっても、普通の店じゃ販売しないようなマイナーだったり、専門性が高いのを少数って感じだけど」


 嗜好品しこうひんや小さなゲームセンターもあるみたい、と付け加えながら雨宮を――正確には腰に差された私を見やった。


「今のところ気配はない。それに、さすがに会話に夢中で反応を見逃す程不真面目ではないぞ」

「そ」


 一応、昨夜に私が行った索敵に関しては評価しているらしい。人間性――この場合は日本刀性か?――はあまり評価されてはいないようだが。

 雨宮は両手を後ろ頭で組み、溜息を吐きながら月を見やった。


「しかし、鬼ねえ。なんで今頃、なんでそんなのが出てくるんだか」


 幻想とは、人々の噂や伝承が集い生物として創造される事である。

 かつては自然現象や科学で解明できない何かを、『妖怪』や『幽霊』という存在に当てはめ、それが現実に創造されていた。

 だが、今は違う。

 科学が夜の闇を照らしてからは、かつての化物を考える者は少なくなった。

 そういった幻想を空想する者も、居るには居るだろう。しかし、一つの幻想で化物が創造される程の力は無くなってしまっている。

 それらを異法によって再現したモノが『異形』といい、今回の鬼もその手の類かと思ったが、まさかの本物の幻想だ。不審に思わぬワケがない。

 そんな私の悩みを「くだらない」とばかりに笑うと、少女はくるりとこちらを向いた。


「貴方たち、そんな事も知らずにここに来たの?」

「企業戦士は上司の命令には逆らえないのよ。ついでに俺は熱意もねぇし」


 はあ、と重たい溜息を吐かれた。


「ここは鬼縁町――元々は鬼縁村だったらしいけど――は鬼に縁がある場所なの。姫凪神社ひめなぎじんじゃの巫女がそれらを封じるまで、この地域は鬼で溢れかえっていたとされるわ」


 現実は漂流して流れ着いた西洋人の隠れ里があった場所らしいけどね、と付け加えると饒舌に語りだす。


「西洋人って下手に日焼けすると肌が真っ赤になるらしいじゃない? そして日本人よりずっと背の高いそれは、まさしく化物だったんでしょうね。人はそれを鬼と呼び、噂が噂を呼び――」

「現実に鬼を創造しちまった、と」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 されど正体に気づかぬ限り人々の中では幽霊が存在する事が真実であり、それによって語られる幽霊の噂が幻想となり幽霊を産むのである。


「そう。それを封じた異法士が姫凪という神社を建て、封じた。幻想を倒した巫女が、神社がある限り鬼は出てこないという幻想を生み出した――けれど、数年前にあのデパートが神社付近に建つ事になって移転する事になったのよ。古い人はバチあたりだとか言ったらしいけど、この辺りで大きな店に行くには車で数時間かかるからね。実益の方が重視されて現在の位置に移転」


 数年の間は、それで何も問題はなかったんだけどね、と付け加え語り続ける。


「でも、今年に入って鬼の噂が増えだしてね。神社を本来の場所から移したって話も相まって、噂好きの人が適当に広めていつの間にか――って、何よ、その顔」

「いや、なんつーか」


 ズボンの尻部分が破れてますよ、と。そんな言い難い事を言うべきか言わぬべきか悩むように頭を掻き、


「お嬢ちゃん、実は猫かぶり不必要なくらいにいい子だろ」

「なっ……!?」


 たとえるなら熱せられた鉄か。

 今にも打ってくださいと言わんばかりの、真っ赤な顔だった。


「な、何を言うかと思えば、なんて浅はかさが愚かしいのかしらね!? わたしがこうやって教えてあげてるのは、ただ他人の無知が許せないだけよ、知らないけどきっとそう!」

「やー、ぶっちゃけ本気で嫌ってるなら嘘を教えりゃよくね?」

「馬鹿言わないでよ! それじゃ人づてにわたしが無知だって教えて回ってるようなもんじゃない……っ! それ以前にっ、他人に嘘吐くのって最低よ最低!」


 ……なんだろう、無性に頭を撫でてやりたいような。

 ぐがー、と怒髪よ天を突けとばかりに怒り狂う彼女を、どうどうと落ち着ける。


「くくくっ、お嬢ちゃん可愛いなマジで。ほらほら、おばちゃんたちから貰ったお菓子あげようか?」

「うるさいわねっ、いらないわよ! ああもうっ、話すんじゃなかった……! ずっと無視しとくんだった……!」


 膝をつき、コミックの描写のように落ち込み出す姿を見て、春香嬢は良くも悪くもまだまだ子供なのだなと思う。

 自分が信用されていないと思い、その鬱憤を雨宮にぶつけてはいるが――それだけだ。

 足を引っ張ったりはしないし、必要以上に突き放したりはしない。もし私たちに出て行って欲しいのなら、不意打ちで怪我をさせるだけでも十分だというのに。

 思いついていないだけなのだろうが、しかし思いついても実行はしないだろうと思う。

 きっと、根はお人よしなのだ。

 もし私たちでは対処できない敵に襲われ怪我をしそうになったら、悪態を吐きつつも全力で助ける事だろう。


「……そこのナマクラ、なんか失礼な事を考えてない?」

「気のせいだ。ついでに失礼な。……それよりも、別の場所を探し――」


 不意に、ぴりっ、とした感覚が刀身を突き抜けた。

 新たに『幻想』が生まれ落ちた、そんな感覚だ。


「居る――あちらの田畑の方だ。しかし、妙だ」


 ――鬼とは古き幻想であり、そんなにぽんぽんと生まれ落ちるモノではないはずだ。

 昼間に主婦たちが鬼の噂話をしていたが――そんなに軽々と生まれるほど、『鬼』という妖怪のポテンシャルは低くないはず。

 鬼と縁のある土地ではあるが、それを考慮したとしても異常だった。


     ◇


 それは、鬼というよりも巨人と言った方がしっくりと来る化物であった。

 背丈は三メートル近く、曝け出された肌は青白い金属光沢を放っている。角はそれ自体が武器であるかのように長く鋭いが、毛髪はない。顔面は異様にのっぺりとしており、鼻と口が存在していなかった。瞳はバスケットボールくらいの大きさのモノが一つきり、顔の中心に嵌めこまれている。

 極めつけは金棒だ。電柱を金属製にし、トゲを貼り付けたらああなるのではないだろうか。


「……鬼というイメージが揺らいでいるのか?」


 それは古来から伝わる『妖怪』という存在が持つべき神秘性など欠片もなく、あるのは辺りを破壊しようという意志のみだ。

 あれはもはや鬼ではなく、破壊という名の幻想が具現化した物のように見えた。

 その異様さに僅かに飲まれていたのか、ごくりと唾を飲む春香嬢。しかし、すぐさまそのような恐れを振り払うように刀の柄に手を伸ばした。


「なんてことない――どんな相手でも、斬り殺すだけよ」


 勇ましく言って、駆け出し、勢いに任せて跳躍した。

 無謀とも言える突貫に、雨宮も慌てて追いすがる。

 既に鬼モドキは春香嬢に気づいていた。爛々とした眼を喜悦に染め、己の身長を越す金棒を勢い良く振りぬいた。

 しかし春香嬢は金棒を足場にした。靴底が削れるのも厭わず更に跳躍し、抜刀。銀閃を解き放ち鬼モドキの皮膚を裂く。


「お嬢ちゃん、強ぇのは分かるけど、ちっとばかしがっつき過ぎじゃねえか」


 顔面に向けて怒涛の斬撃を放つ春香嬢を見て、雨宮は心配そうに呟いた。

 雨宮の思考ももっともだ。

 まるで、武者のよう。それも猪の名を冠するような――だ。

 目の前の将を討ち取り手柄を取る事ばかりに気を取られ、周りが見えなくなっているように見えた。

 しかし、刃の冴えは鈍らない。顔面の肉を、むき出しの眼球を裂き、断ち、斬る。

 怒涛の乱撃で切り開かれたゼラチン質の眼球は、しかし、うぞうぞとアメーバの如く蠢き、傷口を塞いで行く。

 鬼モドキが吼え、顔の前を飛ぶ羽虫を払う仕草で春香嬢を叩いた。ドン、という鈍い音と共に吹き飛ぶ少女の体。


「お嬢ちゃん!」

「うるさいわね。この程度でどうにかなるほど、柔じゃないわよ」


 ギリギリで防御が成功したのか、防ぐのに使ったであろう右腕を抑えながら叫ぶ。

 鬼モドキは春香嬢が未だに生きているのを確認すると、瞳を尖らせ苛立ちを露にした。既に瞳の傷は塞がっており、ダメージらしきものは見受けられない。

 ……少しばかり、まずいか。

 先程、春香嬢を叩き伏せた攻撃は致命傷には程遠い。しかし、利き腕が損傷した今、彼女の攻撃力は大幅に減退した。


「お嬢ちゃんの刀がどれだけの切れ味秘めてんのかは知らないけどよ、さすがに左手だけで断ち切れるほどでもねぇだろうな」


 相手が雑魚ならなんとかなったかもしれないが、あれを雑魚と呼べるほど彼女も私たちも実力はないだろう。

 ならば、やることは一つ。


「なあ、やれるか?」


 雨宮がぼそり、と問うた。

 何を、とは言わない。刀使いが刀に求める事など、一つしか存在しない。


「無理ではないだろうな。だが、あの金棒を避けて、己の間合いへと飛び込めるか?」

「やってやれン事はねェと思うが、やりたくねェな。ミスったら骨とか素敵に大粉砕だ」


 俺とっさのガードとか得意じゃねーし――と、あっけらかんと言う雨宮に文句の一つでも言おうとしたが、それよりも先に奴が口を開いた。


「お嬢ちゃん! とりあえず共同戦線プリーズ! 俺と相棒でぶった斬るからよ、お嬢ちゃんは俺のサポート頼む!」

「なっ」


 唖然、と。少女はその小さな口を大きく開いた。

 それも道理だ。自分が嫌ってると分かりきっている相手に、自分の援護を頼むなど正気の沙汰ではない。


「こいつ逃がす方が名を落すだろよ。なに焦ってるのか知らンけど、ここは本来の役割通りコンビネーションしましょうぜ。もち、そっちに別の案があんなら、そっちに乗るのもやぶさかじゃねェけど!」


 早口に捲くし立てながら、雨宮は疾駆した。

 私の刀身から幻想の力が雨宮に流れ、身体能力を強化する。轟、と風を切り加速した雨宮は、私を上段に構え突き進む。

 しかし、鬼モドキがそれを黙って見ているはずもない。子供が棒切れを振り回すように、その長大な金槌をデタラメに振るう。

 けれども、それだけで十分の脅威である。圧倒的な腕力で振るわれるそれが直撃すれば、雨宮はその時点で店頭に並ぶひき肉に等しい姿となるだろう。


「らああぁぁ!」


 吼え、踏み込み、振り下ろす。

 全体重を乗せた斬撃を金棒に叩き込む。火花。それと共に体を砕くような衝撃が突き抜けた。

 火花が鮮血のように吹き出し、じりじりと金棒を削る。

 普通の刀ならば刃毀れを通り越し、へし折れただろう。けれども私は幻想の刀、そこらのナマクラとは物が違う。

 分厚い鉄を喰らうように半ばまで切断する。

 が、それまでだ。さすがに私も、あんな鉄の塊を両断できるほどの名刀でもないし、使い手もそれを可能にする剣士ではない。

 限界を感じ取った雨宮は、すぐさま後ろに跳び距離を取る。追撃はない。鬼自身、己の武器を削られたことに驚愕しているのだろうか。

 ――いや、そんな冷静な分析などさておいて、だ。


「ば、馬鹿者! 阿呆、死ね! あんな鉄の塊にぶつけるやつがあるか! おっ、折れるかと、折れるかと思ったー!」


 怖いんだぞ! 折れそうになるってすごい怖いんだぞ! 折れた事がないからどの程度の圧力でへし折れるか分からない恐怖がお前に分かるか!


「むしゃくしゃしてやった、武器ならなンでもよかった。折れたらまあ他の武器探そうと思う」


 少年犯罪の常套句を更に悪化させた物言いをし、雨宮は呆然とこちらを見る春香嬢に向き直った。


「見たろ? あの金槌に切れ込み入れられんだ。アイツの肌如き両断出切るぜ?」


 不敵に笑う雨宮に、春香嬢は不精不精ながら頷いた。


「わたしが先行するわ。貴方はその好きに斬りかかりなさい」


 なんともアバウトな命令を下した春香嬢は、刀に手をかけたまま疾風となった。それに追走すべく、雨宮も走り出す。

 それを叩き潰すべく、鬼モドキが金棒を振り下ろす。

 しかし、春香嬢は最低限な体重移動でそれを回避し、懐に飛び込む。そこからカマイタチの如く鋭く速い一撃を解き放つ。

 片腕とは思えぬ鮮烈な剣戟だったが、致命には至らない。腕の損傷が太刀筋を乱し、深くまで切り込めていないのだ。

 鬼モドキは瞳だけでにたりと笑い、腹に張り付く邪魔な虫に拳を振るう。

 されど、すぐさま後ろに跳んで回避。瞬間、ほんの一瞬だけ雨宮と春香嬢の瞳が交差した。

 任せろ、という雨宮の笑み。仕方ないから任せてやる、という春香嬢の渋い顔。

 回避され、つんのめった鬼モドキの胸元に飛び込み――


「そら、よ!」


 胸板から腹部まで、全体重を載せ切り裂く。漆黒の刀身が赤の塗料で装飾される。

 返り血で真っ赤になった雨宮は、ドライバーを回す無造作さで腹部に突き刺さった刃を捻った。

 かき回し、かき混ぜ――掻き出す。

 内蔵という内蔵を切り潰し、傷口から引きずり出す。元々は内蔵であったであろう赤黒いミンチ肉が、鬼の足元にこぼれ落ちる。

 鬼の瞳から、生気が失せていく。いくら幻想の化物といえ、生物という形を取っている以上、五臓六腑を失って生きていける道理はない。

 ふう、と。雨宮は安堵のため息を吐き、軽薄な笑を浮かべた。


「ったく、手間取らせやがっ……」


 しかし、それは失策。


「馬鹿者っ! 上だ!」


 はっ、と息を呑み上を見上げる雨宮だったが、遅すぎる。

 鬼モドキは光が失せかけた瞳を、それでも敵意で欄と輝かせながら腕を振り下ろそうとしていた。

 臓腑を失って生きていける道理はない。

 それは確かだし、事実、こいつは死にかけている。

 けれど――こいつは鬼なのだ。

 日本人が古来より恐れた最上位の幻想――鬼なのだ。

 確実な死が目の前にあろうとも、油断しきった相手を殺す程度の時間ならば、踏み止まれる。


「やっ――」


 べぇ、と続ける事は出来なかった。

 しかし、死んだわけではない。割り込むように迸った閃光が、鬼モドキの腕に炸裂したからだ。

 流星の如く叩きつけられた刃は腕を切断。断ち切られた腕は、振り下ろされた勢いのまま弧を描き何処かへと飛んでいった。

 チン、と。刃を収める音が背後から響く。

 鬼は全ての力を使い果たしたのか、こちらを恨めしそうに睨んだ状態で消滅していった。


「……サンキューお嬢ちゃん。マジ助かったマジ感謝」

「ホントよ。見直してやろうと思った瞬間、完全に油断するなんて思ってもみなかったわ」


 雨宮の軽薄な物言いに、言葉とは裏腹の安堵に満ちた声音で答えた。

 自分では気づいていないのだろうが、「ああよかった、間に合って」と顔にくっきりと書いてある。

 やっぱりこの子はいい子だ。人間、咄嗟の行動で本来の人間性が垣間見えるモノなのだから。


「……そ、そんな事より、さっさと次を探すわよ。あれ一体だけとは限らないんだから」


 私たちの暖かい視線に気づいたのか、顔を紅くした春香嬢はぷいと顔を逸らして歩き出した。

 ははっ、と雨宮が笑っている。それにつられて、私も笑う。

 その中で、ふと私は小さな疑問を抱いた。

 彼女の戦闘スタイルは、見た限りは抜刀術を主軸とした剣術である。軽い身体能力強化で少女とは思えぬ力を引き出しているが――それだけでは、二つ名足り得ない気がした。

 刀と異法をかけ合わせたモノだから、物質強化特化の異法士――なのだろうか。なるほど、確かにあの刃は鋭い。

 だが、先程の戦いで簡単に負傷したように、近接戦闘をする者にしては耐久力に難がある気がする。

 彼女と同じ年代で二つ名を得ている『黒百合』は、他者を圧倒するほど高位の身体能力強化と、上位の物質想像を操れるらしい。それと同格と考えると、彼女は少々物足りなかった。


 ――まだ隠している一芸があるのか?


 しかし一人でうんうんと唸っても捻り出せるモノは糞程度のモノだ。私の場合は糞すらもひねり出せない。

 故に無駄であり、無為。思考を片隅に追いやり、索敵に移る事に――


「むっ?」


 ぐらり、と視界が揺れた。


「あ」


 雨宮がしまったと言うように口を開いた瞬間だった。

 横転。ばしゃん! と田んぼに突っ込んだ。最低な事に、私を差した側から落下し腐った。

 ぷっちーん、と。コミカルな擬音が響いた気がする。というより、私が響かせたような気がする。


「――油断したばかりだろうがこの阿呆め! もう少し警戒したらどうわぁぁぁぁ……! 入ってくる。鞘の中に水が入ってくる……! 田畑の水がだばだばと! この阿呆! 阿呆! 魂喰われて死んでしまえ!」

「はっはー、いや、悪い悪い」


 私の怒号を聞き流し、雨宮は笑っている。今ほど契約抜きで使用者の魂食えたらいいな、と思った事はない。

 ああ、なんかもう、さっさとこいつ殺されないかな。新たな担い手が切実に欲しくてたまらないぞ……ッ!


「……ねぇ、止めてよ。アンタらに手を貸したわたしまで惨めになってくるから、そういうの止めてよ……」


 なんか同レベルになったみたいで嫌なのよ……と。

 半泣き状態の春香嬢がなにやら懇願していたが、生憎と私の耳にも雨宮の耳にも入ることはなかった。

 

 

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