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出会い/3

 時は夕刻。窓から差し込んでいた明かりはだいだいの灼熱となり、部屋を覆う。

 せっかく用意してくれた刀掛台を華麗に無視し、床に無造作に転がされた私は、自分の扱いの悪さに溜息が吐ければ吐きたい気分になっていた。

 雨宮は布団を敷くと、着替えもせずに寝てしまった。借り物なのだからもう少し綺麗な格好で寝ろ、とは思うが言っても無駄だろう。


「む……?」


 不意に、きゅいきゅい、とうぐいすが鳴く。

 誰かがこちらに来ているのだろうか、そう思っていると、ゆっくりと襖が開いた。

 現れたのは桜色のワンピースを着たポニーテイルの少女、春香嬢だ。


 ……夜這い、ではないだろうな。


 思い浮かんだ仮説を放り捨てる。

 さすがに現代ではそのような風習はなく、あったとしても元来そういった行動は男が起こすものである。

 いいや、それ以前に出会った時の不機嫌さからそのような行動に走る可能性はゼロに近い。昨今流行のツンデレというジャパニメーション文化はあるにはあるが、あれはもっと段階を踏むものだ。


「これが、妖刀、ねえ」


 見下ろしながら、探るように言う。

 なるほど、用は私か。


「正直、あまり強そうには見えないのよねぇ……そこらのナマクラを妖刀ですって吹聴ふいちょうしてるだけなんじゃないかしら」


 ――待て。


「大体、オーラがないのよオーラが。実は真剣ですらなくて模造刀なんじゃない?」


 貶めているワケではない。本気で考慮している声音に怒りより何よりもの凄くへこむ。

 お気に入りの衣服を身に纏い、鏡の前でポーズを取っていたら背後から「お前センスないよな」と一刀両断された感じ。一瞬本気で死にたくなる。


「本人――いや、本刀ほんとうを前にしてその言葉はなんだ」

「わっ」


 素っ頓狂な声を上げて一歩、二歩と後ずさりした春香嬢は、しかしすぐさま表情を引き締めた。


「へえ、本当に妖刀なんだ。あんな態度も軽くて頭も軽そうな男が持ってるもんだから、てっきり偽物かと」

「偽物という一点以外は間違っていないな、うむ」


 もっとも、それが自分の使い手だと思うと、消えて無くなりたい気分に駆られるのだが。

 へえ、と春香嬢は私を見下ろす。両手を腰に当てた姿は、中々に偉そうだ。もっとも、見上げる私にとっては滑稽な姿ではあるのだが。


「それだけ流暢りゅうちょうに話せるんだから、力もそれなりにあるんでしょ? そうは見えないけど。なのに、なんであんな頭軽そうなのに使われてるのよ」


 いい使い手なら、この辺りにも居るわよと春香嬢は言う。

 確かに、意志を持つ武具というのはそれだけでレアリティが高い。

 まつられ、想われ、意志を持つ程の『幻想』と化した道具というのは良くも悪くも絶大な力を持っている事が多い。例え無銘の刀だったとしても、喉から手が出るほどに欲しいと思う人間は無数に存在するだろう。


「契約だよ、春香嬢」


 そう、契約だ。

 いや、契約だったと言うべきか。


「もっとも、それは二度と果たせなくなってしまったがな――魂喰らいの妖刀が使い手の魂を喰らっていないのも、それが理由さ」


 契約を果たした時に、魂を喰らう。そのはずだった。

 しかし契約は果たされず、魂を喰らう時はいつまで経っても訪れない。

 春香嬢は「ふうん」と興味の欠片もないと言うような気の無い返事で応えた。もともと、私が偽物であると告発し、追い払うつもりで部屋に押し入ったのだろう。

 まあ、彼女が雨宮を嫌っている事も、私にはどうでもよい事だった。

 だが、ずっと見下ろされているのも気分が悪い。

 故に、私はその滑稽さを指摘してやる事にした。


「しかし、これが人の身ならばいい眺めなのだろうな」

「へ? 貴方の位置からじゃ畳やら襖やらしか見えないと思うけど」

「水玉か。気が強いというのに、履くのは随分と子供っぽいのだな」


 踵が降ってきた。

 普通の刀であれば鞘ごと刀身を砕きかねない、ためらいも遠慮もない一撃だった。


「訂正するわ。アンタの使い手はアイツで十分なのねッ!」


 肩を怒らせ去っていく春香嬢と入れ替わるように、「くくくっ」と笑う聞きなれた男の声。雨宮が布団の中で腹を抱えていた。


「趣味が悪いな。とっくの昔に起きていたか」

「趣味の悪さはお互い様だろ? 女子高生のスカートをローアングルで眺めるとか趣味の悪さここに極まれだ」

「なんだ、羨ましいのか?」


 それは、売り言葉に対する買い言葉というか、軽口の一つだった。

 深夜、暇な時に深夜のアニメなどを鑑賞し、そこに登場する少女をかわいいと思ったことはあるが、現実の少女に対し劣情を催す事は今のところないのだ。

 故に、そこまで考えての言葉ではなかったのだが。


「……率直に言って羨ましいぞド畜生ガァァアアアアアアア! いいね無機物で! へし折ってやろうか変態刀がァアア!」


 ブチ切れた。

 長い付き合いである私でもあまり見たことのない勢いで、シャゲエエェ! とどこぞの魔物のような叫び声を上げながら!


「詳細に説明しやがれテメェ! でなけりゃ溶かして固めて文鎮にしてやっから覚悟しろ!」

「貴様は阿呆か!? もしくは馬鹿なのか!? 下着程度で何をそこまで!」

「阿呆はテメェだナマクラが! いいか、下着だから重要なんだよ! 全裸に欲情するなんざただの野猿だっての、衣服を着るから人間なんだよく覚えとけェええェェい!」

「……衣服ならワンピースを着てるし、それはお前も見てただろう?」

「ッ――かー! 分かってねぇ! お前人間を、男って存在を全く以て理解してねぇ!」

「正直、理解するのを放棄したい気分なんだが」


 身振り手振り、叫ぶというより吠えるといった感じで熱弁する男が自分の使い手だとは思いたくない。


「シャラップ! シャランラップ! いいか、秘匿されるから価値が増すんだ! いわば協会の上層部が異法を隠したがるのと同じだな」

「それについては待て! その理解は違う気がするぞ!?」

「ええい、黙れ! つまり衣服でありながら秘匿される下着という存在は格別にエロいと俺は言いたいワケだ!」

「へえ、そうなの」

「そうなの! いやー、お嬢ちゃんはこのナマクラと比べて理解が早くて助……ッ!?」


 振り向く。

 まなじりを吊り上げた少女が、口元だけほころばせてこちらを見つめていた。いいや、睨んでいた。


「あの、出て行ったンじゃァなかったンですかい?」

「質問に対して質問で返すけど、あれだけ大声で喚いで、出て行ったばかりのわたしの耳に届かないと思った?」


 そういう事よ、と。

 それが全ての答えだと告げて。


「……何か、言い残すことはある?」

「あ、ああ……一つだけ」

「なによ」

「せめて処刑方法はハイキックでお願ぶべらばぁ!?」


 右ストレートが雨宮の腹に突き刺さった。

 足は地面に吸い付いたまま微動たりともせず、スカートは殴った際の衝撃で僅かに裾を揺らすだけだった。


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