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出会い/1


 がたがたと、僅かな振動がシート越しに伝わってくる。

 聞こえる音はバスの駆動音だけ。他の音もあるのだろうが、小さすぎてバスの音に遮られよく聞こえない。

 窓から覗く風景は、端的に言って寂れていた。かつての日本ならまだしも、現代で山と田畑が目立つ風景が栄えているとは言いがたい。

 右を見れば山、左を見れば海。二つの大自然に囲まれたとか自然に溢れた、などと言えば聞こえはいいのだろうか。

 バスに乗る人間も雨宮を除けば皆無で、この狭い空間に存在する人間は運転手と雨宮だけだった。

 くああ、と両者の欠伸が重なる。

 僅かな沈黙、ははっ、と運転手が気まずそうな笑い声を漏らした。


「お兄さん他所の人だろう? こんな場所――って言うのも難だが、なんの用だい? 正直ここいらにゃ観光名所的なもんはないよ。あるのは山と田畑と海だけだ」

「マジかよ、ついでに観光でもすっかと思ってたのに。ちなみに質問に答えると、仕事さ仕事」


 気だるげに答えた雨宮に、「へえ!」と運転手が食いついた。

 人の流れが少ないためか、知らない人と話すのが久しぶりなのだろう。


「ミュージシャンか何かかい? 娘がよく聴いてるミュージシャンのCDとかに、そういう服装の男の写真が貼りついてたりするよ」


 娘さんビジュアル系マニアっすか、と笑う雨宮は、シートに背中を深々と預けながら口を開く。


「これは俺の趣味さ、歩いてると悪目立ちしちまうのが難儀ではあるけどな。職業は……まぁ、武術家とか剣術家とかそんな感じで理解してくれ」

「ははっ、この時代にそんな名乗りなんて珍しい通り越して変人だ」


 もっともだな、と雨宮は軽薄な笑みを漏らした。

 だが、これ以上の説明はできまい。いや、できたとしても、今のような冗談ではなく本気で変人扱いされるだけだ。


「けどよ、ここらの家――時雨崎しぐれざき家もそンな感じで道場開いてンじゃねェか」

「おや、アンタさん時雨崎さん知ってるのかい?」

「知ってるも何も、俺はそこに招かれてるンでな」


 ほお! とハンドルを回しながら言う。踏み込まれたアクセルは運転手のテンションの高さを示しているようだ。


「これは驚いた! あそこはここら一帯で有名な名家なんだ。剣道道場も開いているし、さっきのもあながち法螺話じゃなさそうだ」

「法螺を吹くならもっとそれっぽい法螺を吹くっての。ハイパーメディアクリエイターとか」

「胡散臭さは似たようなモノじゃないかい、それ?」


 違いねェな、と笑う雨宮の視線が窓に注がれる。

 田畑と木々で溢れた道を抜けて、住宅街に入った。

 ぽつぽつと建った家屋は都心のそれより大きく、庭も広かった。店舗などもコンビニやスーパーといったチェーン店は少なく、個人営業店が大多数を占めているようだ。

 だが、その中で一つ、異彩を放つ建物が一つ。

 最近、ここいらに建てられたという巨大なデパートだ。都心のビルを切り抜き、貼り付けたような取って付けた感が漂っているのだが、人はそれなりに入っているようだった。

 そんな近代的な巨大建築物が隣接する道路には古びたバス停がぽつん、と存在していた。新築の建物の傍らにあるそれは、少々浮いている。いや、この場合はデパートが浮いているのだろう。近代的過ぎるそれは絵画にシールでも貼りつけたような違和感がある。


「さて、そろそろ停車するよ。荷物は忘れないように」

「オッケー、じゃあなおっちゃん」


 運転手を見送り、雨宮はこった体をほぐすように、ニ、三と伸びをする。

 春特有の暖かな風が体を撫ぜる。バッグの中にも僅かに入り込んだそれに、私は季節を感じていた。


「ここが待ち合わせの場所、だったよな」

「然りだ。もっとも、ここからでは時計など見えんから、時間まで合ってるかどうかは保障しかねるがな」


 バスに乗車している間、全く喋れなかったためか、固まった口――無論そんな物はないし、あったとしても鯉口くらいなものだが――をほぐすように言葉を連ねる。


「それについては問題ねぇな。さっきのバスが到着する時間で待ってるはずらしいからな」


 ふむ、と辺りを見渡すが、それらしい姿は認められない。

 居るのはせいぜい、スーツ姿の男と桜色のワンピースを着たポニーテイルの少女くらいである。


「……む?」


 こちらに背を向けデパートに向かっていく男の背中を何気なく見つめていると、ふと視線を感じた。

 そちらに目を向けると、先程の少女が私に――いや、正確には雨宮の方に視線を向けている。

 僅かに顔を顰めた彼女は、ゆっくりとこちらに向かってくる。


「ン? お嬢ちゃん、俺になんか用か?」


 雨宮も気づいたのか、愛想笑いを浮かべながら喋りかける。

 瞬間、彼女はむき出しの地面を歩いていたら水たまりを踏んだ、そんな嫌そうな表情を浮かべた。


「協会ではそれなりに有名だと思っていたんだけどね。異法士の時雨崎春香しぐれざき はるかよ、名前くらいは聞いてるでしょ?」


 年の頃は十代半ばくらいだろうか。ポニーテイルにした黒髪は絹のようであり、肌は処女雪のような純白さだ。

 瞳は元々はこぼれ落ちんばかりの大きさなのだろうが、今は睨むように細められている。唇は鮮血のように赤い。

 背丈は若干低いものの、胸元は彼女が女性であると過剰なほどに自己主張していた。桜色のスカートから伸びる脚は引き締まっており、彼女がただの少女でない事を告げている。

 ああ、と雨宮が思い出したかのように呟いた。


「……そっか、アンタが赤色桜花(せきしょくおうかか」


 ほう、と思わず感嘆の声が漏れた。

 雨宮がそういった事に興味がないため、写真などを見る機会に恵まれなかったが、それでも耳にする程度には有名な少女だ。

 その若さで二つ名を取得する者は珍しく、彼女を加え数人程度しかいない。


「ええ、そして現在、鬼縁町の異変の解決に当たっているわ。今後、貴方も加わる事になる異変に、ね」


 それだけ言うと、少女は背を向け歩き出した。

 付いて来い、という事なのだろう。


     ◇  


 ここ、鬼縁町きえんちょうでは最近、鬼が出るという。

 そう、鬼である。現代日本人のイメージで言えば――屈強な体を持ち、巨大な金棒を持った、角の生えた亜人である。

 馬鹿な、あり得ぬ、非常識だ――多くの人間はそう考えるだろう。

 しかし、『私』という存在があるように、それを操る雨宮という人間が居るように、忘れ去られた世界が――オカルトの世界は確かに存在していた。


「しっかし、あれだな。空気がうめェとこだな、ここ」


 雨宮の言葉を春香嬢は一切答えない。バス亭での会話を最後に、彼女は無言を貫き通している。

 軽薄な笑みと言葉自体、私もどうかと思うのだが、しかし今回は相手側にも問題がありそうだ。

 女心と秋の空は変わりやすい。まさに、だろう。前兆の読めないそれらに対し、人はどう対応すれば良いのだろうか。


「……ンあー、ええっと、あれだな、その若さで二つ名とかすげェよな」


 雨宮は、とりあえず当たって砕ける事を選択したらしい。

 ガリガリと頭を掻きむしりながら、ほとんど覚えていないであろう記憶を必死に手繰り寄せている。


「二つ名貰えるってだけでも凄いってのに、オマケに同年代じゃあ二番目に強ぇんだろ?」


 それは覚えていたか、と。もし私に頭があれば、一人感心して頷いていた事だろう。

 異法協会とは、要するに科学で解明できない能力を持つ者たち――異法士と異能者と呼ばれる存在を統括する組織である。

 そして異法とは――緻密なイメージと断固たる意志で世界を変革する、言わば完成した書物に筆で新たな文字を書き足すような技術。

 己の体を強化したり、

 様々な現象を過程を無視して発露したり、

 新たな物質を創造したり、

 物体のイメージを補完し強化したり――そんな、魔法のようであり、けれども杖も詠唱も必要としない技術。されど強い意思と練りこまれたイメージが必要な技法。

 狂信者の妄想のみでは辿りつけず、

 技術者の理論のみでは辿りつけない、物理法則とは異なる法則。

 それを実戦レベルまで磨き上げ、更に功績を上げた者に対し、協会は二つ名を与える。

 簡単な事ではない。技術だけを磨いても、功績だけを上げても二つ名を得られない。

 故に、二つ名を名乗れるという事はオカルトの側に立つ者であれば最も名誉な事なのである。その事を賞賛され、悪い感情を抱くはずはない。

 しかし、春香嬢の反応は私が予想したモノとは真逆だった。

 振り返った少女の双眸は、射殺すように細められている。殺意が鎚となり、私たちの体を殴り飛ばしたような錯覚すら抱いた。


「……二度と、二番目って言わないで」


 ぎり、と歯を食いしばり、少女は再び前を向いた。

 雨宮は首を傾げながら、両手を挙げた。お手上げだ、と苦い笑いを漏らしていた。

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