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変転/5

 食事は思いのほか、すんなりと、そして楽しげに行われた。

 田舎の学校は変化が乏しく、新たな話題に食いつこうとする。そんな中に現れた雨宮は、生徒たちにとって最高の話の種となっていた。


「そうそう、バイトして食いつなぎながら、剣客商売してんのよ。かっこいいべ?」

「いつの時代の浪人だよ」

「平成時代に決まってンべ、俺をもっと崇め奉りたまへ」

「平成で浪人って、受験に失敗した野郎にしか見えないよね」

「テメェら失礼だなオイ、泣くぞ、ああン!?」

「すっげー! 凄みの迫力もすげーし、言ってる内容もすげー情けない。すげーの玉手箱や!」

「ハッハーン、褒められて貶されてプラマイゼロだな畜生」

「あー、だから時雨崎さん家に招かれたわけなんだ。剣術道場とかやってるし」

「おうともさ。やー、おっさん――ああ、お嬢ちゃんのお父さんな――マジ剣術すげェのな。剣の技量完璧負けてるわ」

「なんて事なの!? この前学校に来た時、あたし絶対年上の許婚とかそんなんだと思ったのにー!」

「ふふふっ、よく気づいたな。――何れは時雨崎宗平としてこの村に君臨するイケメンサムライを崇めたてるといい!」

「嫁に迎え入れるんでなく婿入りかヘタレめ。あとイケメンサムライってネーミングはないわー」

「君たちホント厳しいな! 都会が忘れた優しさとか思いやりとかもうちょっと持とうぜ!」

「……って言うか、なにをそんなに盛り上がってるのよ」


 頭を抱える春香嬢に一目もくれず、雨宮は生徒たちの相手をしていた。

 仁王立ちする雨宮に、賞賛の声やら鉛筆やら消しゴムやらが叩きつけられる。


「いたっ!? いたたっ!? 容赦ねぇ!? 最近の子、容赦なくねェー!?」

「痛いのは主に宗平の言動じゃない?」

「でっすよね―……畜生ゥゥゥ痛ァァァ!」


 手刀でシャーペンを叩き落そうとして、思いっきり突き刺さった雨宮が悲鳴を上げる。馬鹿か。

 その姿をじっと見ていた春香嬢は、意を決したように立ち上がると、のたうつ雨宮を引っ張り廊下へ飛び出た。


「おっ! ちょ! 待っ!」


 雨宮が慌てて私が入ったカバンを引っつかむが、春香嬢はそんな事はどうでもいいとばかりに歩く。引き摺られたまま階段へ、がきん、ごきん、ぐぎん、と私の鞘が、鍔が、柄が階段にぶち当たり悲鳴を上げる。


「おわ、やめ、やめ! 止めろ折れる、曲がる、刃こぼれるぅ!?」

「うるさいわね、黙って着いて来なさい!」


 私の抗議を無視し突っ走る彼女は、そのまま校舎から飛び出し、別の建造物に乗り込む。

 靴を強引に脱ぎ捨て、雨宮と私を一緒くたにして室内に放り込んだ。一体なんだ、この状況は。雨宮、お前また彼女に何かしたのか?

 状況を把握すべく辺りを見渡し、「む」と思わず声を漏らした。

 そこは道場である。壁際には畳まれた白と黒の防具が並んでいる。

 雨宮が学生だった頃はそういう施設に入る機会に恵まれなかったが、思ったよりも設備が整っているではないか。

 壁際に積まれている畳は柔道に使う物だろうか、だとすればそれらを床に敷く事により一つの施設で複数の競技を練習する事が出来るのだろう。

 私がふむと辺りを見渡していると、春香嬢は雨宮に向かって何かを放り投げた。


「うおっ、っと」


 慌てて受け止めたそれを見る。

 それは、三尺八寸程度の、高校生としては標準的なサイズの竹刀だった。


「どうしようかと悩んでたんだけどね……けど、あんな風に笑ってるのを見て、やるべきだって思った」

「何を……」


 雨宮が疑問を口にするのと同時に、春香嬢は風と化した。

 竹刀を居合のように構えて間合いを詰める春香嬢に対し、雨宮は無意識に中段で迎え撃つ。


「やあぁ!」


 竹刀が曲線を描き雨宮の胴に突き進む。

 しかし、雨宮はそれを竹刀を突き出し軌道を潰す事により攻撃を防ぐ。パァン! という竹と竹がぶつかり合う乾いた音が鳴り響いた。

 すぐさま引き戻した春香嬢は、裂帛の気合を喉から放ち、手の甲、脳天、胴、脚へと抜刀の要領で乱打する。

 速い。異法なしでも、剣術に秀でている。

 さすがにあの男の娘か、と思うと感心するが、しかし疑問は晴れない。


 ――なんで、突然こんな事をする?


 スピーカーからチャイムが流れる。しかし、そんなモノは埒外だとばかりに竹刀を振るう春香嬢。その姿に、雨宮は困惑するように眉を歪めた。

 猫を被って優等生を演じている、というのは春香嬢の言だ。だが、チャイムが鳴っても教室に戻らない生徒は優等生かと問われたら、否としか答える事ができない。

 なにか理由があるはずなのだ。優等生の皮を脱ぎ捨てる程度には。


「お嬢ちゃん、学生は授業の時間にゅあ勉強すべきだと思うぜー」


 雨宮が踏み込む。脳天から股間までを両断するような力強さで振るう。

 しかし、春香嬢は即座に真横に跳ねて回避する。竹刀が床にぶち当たり、乾いた打撃音が鳴り響く。

 その隙に抜き打つような斬撃を放つ春香嬢。それを、掬い上げるような一撃で受け止める。


「いいのよ。積み重ねた皮ってのはそうそう破れないもんよ? 多少変な事をしても、しおらしく謝れば許されるもんなのっ!」

「うわーい優等生ずっりィ! けど」


 体を捻って春香嬢の竹刀をズラし、そこからコマように回転し竹刀を振るう。春香嬢は右足を床に叩きつけ、勢い良く後方へと下がった。空を切る竹刀を腕力で強引に止め、中段へと構え直す。

 ――上段から叩き潰すような戦い方では、攻撃に偏った戦い方では即座に隙を突かれる。雨宮も無意識にそう感じたのか、先程から普段から多用している上段の構えを用いていない。


「後でわざわざ謝らなくちゃなんねぇって事は、本来やるべき事じゃねぇだろ?」


 竹刀を軽く引いて――踏み込みながら一気に突き出す!

 狙いは、胸。真剣であれば心臓を貫く、必殺の刃だ。竹刀でも衝撃で心停止でも起こるかもしれない。

 だが、怪我させないように――などと考えていては、こちらが大怪我をする。

 雨宮の突きに対し、春香嬢はすぐさま同じく突きを放った。

 ドン、という鈍い音。剣先と剣先がぶつかり合い、両者の間で静止していた。


 偶然――ではないだろう。


 心臓を狙うにしろ、喉を狙うにしろ、雨宮の剣の軌道とかち合うとは思えない。

 ならば、これは必然。狙って起こした現象だ。

 やはり、純粋な剣の技量は春香嬢の方が上なのか。

 元々、雨宮は剣を習っていたわけではない。ただ、戦う内にそれらしい動きを覚えただけ――我流と呼ぶ事すらおこがましい剣だ。

 しかし、異形などの化物と戦う間に、自分に合った体の動かし方を構築していった。知識も技量もないが、センスと経験でそれらをカバーしているのだ。


「そうね。けど、後回しにはしたくなかったし――剣と剣を交えて伝わる本音もあるから」

「素晴らしく脳筋な回答だなァオイ。一体、なにがお嬢ちゃんをそんなにしやがるんだ?」

「……仕方ないじゃない」


 竹刀に力を込める。雨宮の竹刀を押さえつける。


「――あんな話、聞いたんだから!」


 ドンッ、と踏み込み、突き出し、吹き飛ばす。

 雨宮は空中で姿勢を整えながら着地。すぐさま正眼に構える。


「なんで、なんであんな風に笑えるのに諦めてるのよ、あんな風に笑えるのに――過去に縛られてるのよっ!」


 ――しまった。


 雨宮が瞳を見開き、愕然と、そして呆然と春香嬢を見ている。


 ――考えれば分かる事だった。


 強気で芯に強い物を持ち、その上でお人よしの時雨崎春香という少女が。

 彼女が、昨夜の話を聞いて何もしないはずがない。


 ――どうにかして手を差し伸べたいと願う。願ってしまう。見過ごす事など、出来るはずもなかったのだ。


「楽しい事なんて、また作ればいいじゃない。なに勝手に絶望してるのよ。そんな――」

「ッ!? 春香嬢!」


 こういう事は、何度かあった。

 不安定な雨宮を間近で見て、正義感の強い人間は、強い人間はいつも似たような事を言う。

 だが、それは違う。違わないが、違うのだ。


「――そんなくだらない事に、いつまで縛られているのよ!」


 私の声など聞こえていなかったのだろう。春香嬢は凛とした面持ちで叫んだ。

 雨宮は答えない。答えない。答えない。

 ただ――竹刀を上段に構え、駆け出し――


「――るっせえんだよ、何も知らねェメスガキがァァアア!」


 それが答えだ、とばかりに竹刀を叩きつけた。

 加減も何もない、そのまま脳天に叩きつけて頭蓋を砕かんとする、殺意に満ちた一撃だった。


「テメェが何を知っている。テメェに何が分かる。テメェ如きが、分かったような顔すんじゃねぇ――!」


 ――あの言葉は、雨宮にとって唯一の逆鱗なのだ。


 へらへらとした軽薄な男が、唯一へらへらと笑えない事象なのだ。

 誰かが同じ事を言うたびに、雨宮は修羅の如く怒り狂い相手を叩きのめして来たのだ。

 床にぶつかった竹刀を持ち上げず、そのまま春香嬢に突貫。竹刀を股に通し、一気に掬い上げ股から脳天まで叩き斬る勢いで振るう。

 だが、春香嬢はそのまま背後へと倒れこみ、それを回避。剣先がスカートにひっかかり、めくれ上がるが雨宮は見ていない。いや、気づけていないのか。普段ならば軽薄な口調と共に彼女をおちょくるのだろうが――今は、ただただ怒りが思考を支配し身体を動かしているのだ。

 床に転がった春香嬢に追い打ちをかけるべく竹刀を振り下ろす。しかし春香嬢は床を転がる事によってそれを回避し、僅かに距離を取った後に立ち上がる。


「――なによ、怒れるんじゃない」


 怒涛の攻撃を受け止めた春香嬢は言った。


「図星突かれたから、そんなに怒るんでしょ! 自分にとって不都合だから、殴って黙らせようとしてるんでしょ!? そんなの、駄々っ子と一緒じゃない!」


 正論、ではあった。

 正しいのは彼女であり、雨宮はかつての傷から目を逸らし逃げ続けているだけだ。

 だが――まずい!


「――――ぐだぐだ、ぐだぐだぐだぐだ、るっせェんだよ。その口閉じねェンなら」


 大きく後ろに跳ねた雨宮は、バッグに納まっていた私を掴み、抜き放つ。黒色の刃が窓の明かりに照らされ鈍く光る。


「二度と、開けねェようにするだけだ!」

「ッ!? 止めろ雨宮!」


 春香嬢が持っているのは竹刀だ。そんなモノで、私を受け止める事など出来ない。

 しかし雨宮には私の声は届かない。普段強化に使う幻想の力を用い、雨宮の体を強引に操り止めようとするが――駄目だ、間に合わない。

 最上段まで振り上げられた私の下には、春香嬢が見える。

 その脳天に向かって、振り下ろされ――


「――ッ!」


 ガギン、という金属の悲鳴を聞いた。


「得物のない相手に、真剣振り下ろすのはどうかと思うけど?」


 不敵に笑う彼女の手には、一振りの刀があった。先程までは、確かに存在しなかった刃が、私を受け止めていた。


 ――そうか、物質創造。


 異法の力で刀を生み出し、受け止めたのか。

 鳴り響いた金属の音で我に返ったのか、雨宮はとりあえずと言うように軽薄な笑みを浮かべ、私を鞘に収めた。


「はは――」


 悪い悪い、つい熱くなっちまった。この埋め合わせを昨夜のと一緒に全部纏めて今度返すからよ――そんな風に続けようとしたのだろう。


「やめてよ」


 そう言おうとしたのだろうが、春香嬢の泣きそうな声がそれを封じた。

 春香嬢は雨宮を真っ直ぐに――本当に真っ直ぐに見つめながら言う。


 ……父にしっかりと教育されているのだろうな。


 素晴らしい教育だけではなり得ない。芯が強く凛とした心もあってこそ、この澱みのない純粋な眼差しで見る事ができるのだ。


「なんで、そんなに誤魔化すのよ。なんで、そんなに逃げるのよ。わたしがムカつくなら、真っ向からぶつかればいいじゃない。殴るのもいい、怒鳴るのもいい、ずっと無視するのだって一つの手段だと思う。けど、アンタはなんで、笑って済まそうとしてるのよ! なんで、素直に自分の心を表そうとしないのよ!」


 怒涛、と言うべき勢いで喋り切った彼女は、息を荒くして雨宮を睨む。

 ――その言葉は、きっと正しい。

 逃げ続ける雨宮が正しいはずもない、そんな事は子供にだって分かるだろう。


「ははっ」


 軽薄であり、けれどどこか乾いた笑いを浮かべた雨宮は、バッグに私を突っ込みながら背を向けた。


「気遣いは素直に嬉しいと思うぜ? けどさ……お嬢ちゃんにゃあワカランかもしれんけど」


 口調は道化のようにおどけたまま、


「正しい。それだけじゃ、人の心は動かないぜ?」

「――ッ」

「もっとも、二つ名持ちの完璧なお嬢ちゃんにゃ、難しい話だったかもだがな」


 それだけ言うと、振り返りもせずに歩き出した。

 これ以上一緒に居れば、また暴走するかもしれない、それを自分で良く分かっているからだろう。


「完璧なんかじゃ……ない」


 小さく、呻くような声が春風に乗って掻き消えた。

 

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