表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/30

変転/2

「おっさんには悪いがよ……」


 あれから少し。

 雨宮は商店街を目指していた。理由などはせいぜい近くて自分が行った事のある場所だから、程度だ。

 そこに意味など無い。ただ足でも動かせば鉛の重量めいた気分を払拭出来るのではないか、と考えているのだろう。


「それが簡単に出来るなら、人間苦労しねェよな」

「そうだな」

「全力で走ってる道を間違いかどうかなんて疑いたくはねェし、仮に間違いだと気づいたとしても――それを認めるのはずっとずっと難しいだろうぜ」

「そうだな」


 私はただただ、雨宮の言葉を肯定した。

 己の努力の方向性が間違っている。だから今までの経験を無にし、別の道を努力しよう――そう考えられる者が一体どれほど居るのだろうか。


 ――ほとんど不可能なのではないか。


 成功したい、褒められたい、成し遂げたい――そんな思考で積み重ねた過程は、その積み重ねが多い程それが間違いだと思えない。思いたく、ないのだ。

 目的と手段が逆転している。道理が合わない。

 故に、感情の動物である人間は苦しむのだろう。


「止めだ」


 短く、雨宮が言う。


「止めだ止めだ。売店にアイスかなんかあるだろ、あれで頭冷やして全部忘れるっぞ」


 春つっても暖かくなると食いたくなんだよなー、と先程の思考など欠片も残っていない顔で笑う。

 逃げだ。

 いつもそうだ。

 雨宮宗平は、自分の心の奥底に触れる思考はすぐさま『無かった事』にする。そしてすぐさま笑う。

 そこに成長は無く、変化はない。それは、雨宮宗平という人物像を過去のまま固定しているかのようだ。

 しかし、それを否定する事は私には出来ない。

 無機物の私は人間の苦しみの本質を理解し切れないし、何より――雨宮がこうなったのは、私の力不足が原因ではないか。

 どの顔で「逃げるな」など言えるのだろうか。

 商店街に辿り着くと、人だかりが出来ていた。囲むのは商店の店主たちであり、その中央に立つのはスーツ姿の男が一人。


「……あのスーツ、どこかで見たような」


 雨宮が記憶を掘り起こすように唸った。

 物忘れが激しい奴め、そうぼやこうとして、止めた。今の雨宮に、あまり突っ掛かる気にはなれない。


「バス停前で見かけたな。ここの住人なんじゃないか?」

「いや――顔が見えねぇからよく思い出せないんだけどよ、昔どっかで……」


 そう言って視線を送る。しかし、話が終わってしまったのか、スーツ姿の男は遠ざかっていく。

 雨宮は頭を掻きながら、「まあ、いいか」と諦めの言葉を口にして、店主たちの輪に入り込む。


「よう、何してるんだ?」


 その中でも話し好きそうな熟女に問いかける。

 彼女は話かけられたのが嬉しいのか、そもそも話す事それ自体が楽しいのかは知らないが、「ああ、宗平君? 実はねぇ」と語りだした。


「最近、道路の老朽化とかが酷くてね、ひび割れたり陥没してたり。それを直すついでに、ここいらも改装しようかと思うけど、どうなんだー、って話してたのよ」

「え? さっきのスーツの人、そんなに偉い人なのか?」

「まあまあ、そうねそうね。宗平君は他所の人だからねぇ、知らないのも無理はないかしらねぇ。あの人は三島さんって言ってねぇ、あのバス停前のお店の経営者さんなのよぉ」


 ――あのデパートか。


「最初、建設するって話が出た時は、この商店街もシャッター街になっちゃうんじゃないかー、って心配だったんだけどねぇ。けど、あの人が色々配慮してくれてるおかげで、前と変わらず商売が出来てるの。他にも村のために色々してくれてるのよぉ」


 ここで売ってる物は極力売らないようにしてるみたいで、と語る熟女に雨宮はへえ、と若干怪訝そうに呟いた。

 こういう田舎に国内大手のチェーンが出店した場合、個人で営業してる店の客をそのまま引き抜き潰してしまう場合が多い。かつて百貨店が台頭した時代などにもそういった事態が随所で起こり、出店を規制する法律も出来たほどだ。

 だが、そこまで配慮する理由が相手側にあるのだろうか。

 商店街を見渡せば、服飾や娯楽用品は少なく、電化製品は無い。が、八百屋や肉屋などといった食料品は充実しており、食器類などもそこそこ充実しているように思える。

 ――利益が出るのか? そのような事をしていて。

 経営に関してドが付く素人である私ですら、話を聞いて不安になってくる。


「なんでそんなに熱心にしてくれるのか、って不思議に思ってたんだけどねぇ。あの人、鬼縁村の歴史が好きらしくてねぇ」

「好きって……鬼の話?」

「そうそう。良くその手の話を聞いて回ってるわ」

「その手の話が好きって割にゃ、由緒ある神社がある辺りにデパート建てたみたいだけどな。そこンとこどうなンだ?」

「ああ、それね。あのデパート建てる時も神社を巻き込んでしまうって悩んだらしいけど、結局、壊さずまるっと移転させたのよ。そのために必要なお金は全部出したって言うんだから凄いわよねぇ。便利にもなるし村の風俗にも気を配ってくれてるし、文句を言う人も少ないわぁ」


 それは、そうだろうな。

 一般人にとって古い神社など空気のようなもので、あってもなくても問題は感じ難い。もっとも、空気故に無くなった時、害が及ぶのだが。現状など、まさにそれだ。

 恐らく反対したのはオカルトの側に立つ協会の者たちだろうが――協会の連中がいくら異法の力に優れていようと、金の力には敵わない。

 当然だ。これから村を発展させようと意気込む者や、便利になると喜ぶ者に、迷信染みたオカルトの理屈など通るはずもない。

 事実、大規模な都市開発などでも、協会の上層部が首を挟めた事など一度として存在しない。

 もはや、我々のような者たちは時代遅れなのだ。


     ◇


「やっぱ田舎ってすげぇな。デパートかっこ笑いかっことじ、なんて馬鹿にできねぇ」


 熟女との会話を適当な所で切り上げてしばらく。私たちはこの地に降り立った時に見た巨大建造物――デパートに足を踏み入れていた。

 本人は情報収集とうそぶいるが、本音は暇つぶしだろう。

 人の入りは多く、村の規模を考えるとどこにこんな人が居るのかと驚く程だ。

 しかし、その驚きは都心に住まう者が抱くものである。

 今現在私たちが身を置いている鬼縁町を含め、この辺りの町村は娯楽施設が少ない。場所によっては、車で数時間かけねばこのような大規模な店が無い場所もある。

 徒歩で向かえる距離の鬼縁町住民だけではなく、他町村の住民も車両を用いて集まっているのだ。人が増えるのも道理というもの。


 ……もっとも、それらを考慮すると若干少ないと思わないでもない。


 鬼縁町の商店街で陳列されているようなモノは少なく、品揃えは普通のデパートと比べマニアックになっている。食料品などの棚を試しに覗いてみると、商店街の店より割高だ。

 普通の製品が欲しければ、更に数時間車を走らせる所に存在するらしい某有名デパートに行くのだろう。

 エスカレーター前に置かれた地図を見ると、一階は軽食と食品関連、二階は衣服や本、ゲームや雑貨など、三階は電化製品や家具。四階はスタッフ用のフロアになっているらしい。

 普段ならどうって事のないこんな店でも、場所が場所なだけに物凄く栄えて見る。この場所なら全ての物が手にはいるのではないか、という錯覚すら抱いた。

 しかし、これほど大規模な店を建てて既存の店に波風を立てないのは、凄いという言葉を通り越し、もはや異常な気もする。

 エスカレーターに乗り、二階へ。この辺りの客層は学生服を着た少年少女が大多数だった。商店街で満足出来ず、また遠出する足の無い学生にとって、近場に出来たこの店は天からの贈り物に等しいのだろう。


「さて、本屋でも寄って暇つぶしになりそうなの買うかね……ん?」 


 情報収集という建前を投げ捨てた言葉を呟いていた雨宮が、ふと立ち止まった。

 何事かと思い視線を追うと――


「……ああ」


 思わず微笑ましい気分になった。

 そこは、女性向けのブティックだ。

 といっても、こんな地域にあるべきモノではなく原宿辺りにありそうな店である。

 見れば、フリルの過剰摂取で死んでしまいそうな服がいくつも飾られていた。遠目から見たら店の色は中心を境に白と黒に別れているように見える。

 近づくと、右側が黒を基調とした衣類。左側が白やピンクを基調とした衣類が並んでいるのが分かる。店の内装も中心を境にファンシーなもの、ダークなもので飾られている。


 そこから数メートル程離れた場所に、春香嬢は居た。


 ブレザー姿の彼女は、「自分はここに興味があるわけではありません」と主張するようにその店から距離を取っていた。視線だけは真っ直ぐと店に注ぎながら、である。

 傍から見れば興味があるのは丸分かりだ。

 そんな彼女の背後に、にやにやと笑いながら雨宮が迫る。


「エロ本買おうかどうか迷ってる中学生みたいで微笑ましいなぁ、お嬢ちゃん」

「ぴっ!?」


 ピンと背筋を伸ばし硬直。

 綺麗に整った気をつけのポーズから、油の足りてない機械めいた動きで首をこちらに向けて来る。


「よっ」


 顔が青く染まり、そしてほとんど間を置かずに真っ赤に燃えた。

 くくっ、と雨宮が笑う。


「ずーいぶんと熱心に見てやがるね、そういうの好きなのか?」

「別に、そんなんじゃ……」

「視線はしっかり一直線だったけどな」

「それは……あれが、あれで」

「あれってなんだ。てか実はフリルとか好きなんだな。今思えば、最初の私服も微妙に少女趣味っぽかった気がするし」


 視線を逸らしながらもごもごと言うけれど、それはこちら側から見れば肯定の動作にしか見えない。

 その可愛らしい動作に、雨宮は思わず笑う。腹を抱え、大声で。対し、春香嬢は涙目だ。


「……ッ! な、なによなによ! わたしがこういうの好きなのが変なの!? 死ねって言うの!? ええ良いわよ死んでやるわよ貴方殺して埋めた後わたしも死んでやるから――ッ!」


 錯乱寸前といった風体で叫ぶ春香嬢に、思わず吹き出す。


「変ってか意外なわけよ。お嬢ちゃん、戦闘ン時は着物羽織ってるからな。てっきり、そっちのが好みなのかと」

「そりゃ、そっちの方が着慣れてるけど……やっぱり、着慣れているのと憧れるのは違うっていうか……ああぁぁぁぁぁぅうあああああ!」

「まぁ待てって」


 なんかもう色々と限界だったらしく、あらぬ方向へ駆け出そうとする春香嬢の手を掴み、店内に引きずり込む。

 中に入ると少女の匂いが香る――そう錯覚するほどのスカートとフリルの花々たちだった。


「あれだろ? 自分で買ったと思われなくないから、買えないんだろ? 夜に世話になってっし、礼って事で一着買ってやっから選んで来い」

「ぐぐっ……」

「なにが、ぐぐっ、だ」


 笑う雨宮をそのままに、私はバッグの隙間から辺りをぐるりと辺りを見渡す。

 こういう大規模な店には、大規模に展開してるチェーン店が見当たるモノだが、一切見かけない。マニアックな商品が多い、とは情報から想像していたが――少し行き過ぎているような気がする。

 ……いや、私が知らないだけ、なのか?

 それでも、ユニクロだとかその手のモノは知っているし、こういう場所には一件くらいあってもいいと思うのだが。

 しかし、雨宮と春香嬢はそんな事など知るかとばかりにフリルやリボンを山ほどあしらった衣服にかかりきりとなっていた。


「お嬢ちゃん、あっちの黒い方にはいかねーの? 小悪魔チックで可愛いぜ?」

「ゴスロリとか黒ロリとか、そういうの着た女にいい思い出がないのよ。ああいうの着た女はみんな性格が壊滅的に悪いに決まってるわっ!」


 偏見ってレベルを色々超越した憎悪を吐き出しながら黒いエリアを睨む春香嬢。あれか、なにか嫌な思い出でもあるのか。


「黒いオーラ吐き出しそうだな。お嬢ちゃん、一体全体どうしたってそんな嫌うんだよ」

「いいのっ、思い出したくもない。思い出すのは目視で確認した時のみっ、そしてサーチアンドデストロイ! あのゴスロリ女、今度刃を交える機会があったらバラバラに引き裂いてやるわ……っ!」

「……どこの誰かは知らんが、そのゴスロリちゃんに同情したくなるな」

「同情の余地なんてないわ。今度はわたしがめっためたにしてやるわ……!」


 ――まあ、楽しそうではあるし、構わないか。

 楽しそうに話す二人を見て、私は先程の疑問を忘却することにした。

 少なくとも、雨宮は今、心の底から笑っている。私はそれを遮る理由も権利もないだろう。


「なら、これとかどうだ?」

「かっ……わ、いいけど。ちょっと少女趣味過ぎない?」

「アホかい。こんな店にある服、全部が全部、少女趣味過ぎて見る奴が見たら砂糖を口から吐き出しかねない代物だろォよ。目糞鼻糞、比べるだけ無駄だ」

「うっわ……貴方、そのたとえは無いわ」

「……どの服もファンタジーのお姫様みたいで、下々の街で浮くって意味では一緒だ? とか」

「……うわあ、うわあ……正直気持ち悪い」

「うわあ、自分でも分かってけど、他人に言われるとすげェへこむ!」


 まぁ試着してこい、と服を押し付ける。

 春香嬢は最後までぶつぶつ言いながら試着室へと向かって行った。大方、脳内で責任を雨宮に擦り付けているのだろう。


「これで、自分の趣味じゃなく俺からのプレゼントだからって言い訳ができるわけだ。いやァかわいいねェ、ああやってもじもじしてる女の子って不覚にもドキリと来るわ」

「ははっ、なら射止めてみたらどうだ? 徐々にだが、お前へのトゲは失せているから、不可能ではないと思うぞ?」

「いや、それは止めとく」


 苦笑しながら、雨宮は小さく呟く。


「俺にはきっと時雨崎春香って女の子を心の底から好きになれないし、なる資格もねェだろ」


 寂しそうに、笑う。

 そこに至ってようやく私は己の失言に気づいた。なんて失態だ。楽しげに笑う雨宮を見ていると忘れているが、こいつに過去や未来の話は――


「ど……どう?」


 ネガティブな空気を払う、清純な白が溢れた。

 それは、白を基調にし要所をピンクで飾ったドレスだった。

 普段ポニーテイルにしている黒髪は下ろされ、その代わり白いヘッドドレスを付けている。

 ブラウスの袖は柔らかに、けれど大きく膨らみ、胸元のフリルは過剰ではあるものの春香嬢の豊かな胸でもデザインを崩す事がない。

 スカートはミニではあるものの大きく膨らんでおり、純白のかぼちゃのようだ。

 その裾から覗くのは下着――ではなく、ドロワーズ。こちらも下着は下着だが、これはどちらかというとブルマやスパッツのような扱いらしく、スカートから露出するようになっている。


「……」


 ごくり、と生唾を飲む音が聞こえる。

 気持ちはある程度なら分かる。この衣服によって普段の凛々しさは失われたものの、生来持っていた少女としての愛らしさを限界近くまで引き上げている。

 肌の露出も極端に少なく、本来なら色気など欠片もないはずの衣服だというのに、吸い寄せられるような独特な色香があった。


「……なによ、似合わないなら似合わないってハッキリ言いなさいよ」


 言う春香嬢だが、普段の覇気はない。スカートの前を押さえ、顔を羞恥に赤く染めている。


「……やっべえ、不覚にもときめいた」

「ちょっと、不覚にも、って何よ」


 言葉は怒り、けれど表情は喜び。

 こうしていれば普通の女子だ。いや、普通ではない……可愛らしい女子だ。


「まっ、気に入ってるようで何よりだ。そんじゃ会計してくるけど、それどうする? 着て帰るか?」

「な……!? む、無理! こんな格好で帰ろうもんならトチ狂ったとか村中で噂されるわっ……!」

「いや、新たな一面にトキめく男子も大勢いると思うぞ。せっかく買ったんだし、活用してみようぜ」

「無理、絶対無理ッ!」


 着替える! と試着室のカーテンを閉める春香嬢を、雨宮が指を指して笑う。奥から怒りのオーラが見える気がしたが、そんな事は気にしないらしい。

 レジに向かうと、さっきまでのやり取りを見ていたのか、女店員がくすくすと笑っていた。


「見てたんなら話が早い。あの服、頼むわ。お嬢ちゃんがこっちに来たら、なるたけ目立たない地味ーな袋に入れてやってくれ」

「かしこまりました」

 

 やりとりを眺めていた女性店員が、くすくすと笑いながら答えた。

 会計を済ませ、店員は袋の準備をする。

 雨宮はレジカウンターにもたれかかりながら、店内をぐるりと見渡した。


「しっかし、こんな場所でこんな――と、言っちゃ悪いが――マニアックな服売って採算取れるんだな。最近の流行なの?」

「まさか、利益なんて出るはずがないじゃないですか」


 にこにこと笑う表情とは裏腹に、彼女はとんでもない事を言い放った。

 はっ? と、思わず喋ってしまうが、幸いに雨宮も同じ言葉を発したためか、店員には気づかれなかったようだ。


「ちょ、まっ、タンマ。個人営業ならまだしも、ここでそれはマズくねぇか?」


 己の家で自営業をしているなら、己の赤字だけで済む。もちろん、それだって褒められたモノではないし、長く続けば店を畳む必要が生まれるだろう。

 しかし、このような場所の場合、店のオーナー以外に店に場所を貸し与えた主がいる。

 そのような利益を出せない店など、店のオーナーが許しても、この建物のオーナーが許すとは思えない。

 けれど、女店員は「私もよく分からないんですけど」と、喜び半分困惑半分といった具合の表情を浮かべた。


「利益が出なくて文句を言うどころか、援助までしてくれるんですよ」

「はっ……?」

「このデパートって、普通の場所なら必ずあるようなチェーン店の類がないでしょう?」

「あ、ああ。ああいうのばっかでも寂しいが、ほとんど無いとなるとそれはそれで違和感あンな」

「ほとんど、じゃなくて全く、ですよ。まあ、ここに出店してから利益を出して、別の場所に二号店という例はあるらしいですけど。基本ここは、よそで有名な店は存在しませんよ」


 意味が、分からない。


「オーナーが有名どころは全部シャットアウトしてるんですって。趣味でやっているから儲けは考えてないし、店の中を自由に改築するには有名チェーンは発言力高くて逆に邪魔だ、とか。そのせいか、生活必需品とかを買う人は遠くのデパートまで行くらしいですね」


 利益どころか黒字かどうかすら怪しいですよね、と苦笑する。

 けれど、私は苦い笑みすら出せずにいた。

 こんな大きな店を建てておいて、利益に対する感心が薄すぎる。

 まるで、出店する事それ自体が目的であり、それ以外の全てがついでであるようだ。

 もっとも、私は企業の経営に聡いワケではないため、的外れな空想をしているだけかもしれないが――何かが、臭っていた。


「お待たせ」

「よっ、遅かったなお嬢ちゃん」


 しかし、決め手にかける疑りなど妄想だ。無駄であり、無意味だ。

 脳裏をよぎった空想を外に追いやる頃には、梱包の終わった衣服を輝いた瞳で抱きしめる春香嬢の姿が目の前にあった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ