序章/1
平成と呼ばれる時代に、私は産まれた。
字面だけならば、そこまで注視すべき点ではない。明治であろうと昭和であろうと、はたまた未だ来ぬ未知の時代であろうとも、新たな生命は産まれるモノなのだから。
しかし、私のような存在がこのような時期に産まれるのは奇妙な事であった。
そして、新たな命が産まれたからといって、必ずしもそれが必要とされるとは限らない。
歓迎される命もあれば、疎まれる命もある。私のその両者にも属さぬ、認識されない命として生まれ落ちた。
誰も、私を見ない。
誰も、私に触れない。
誰も、私に声をかけない。
完全な――無反応。
しかし、どんな存在も一人では生きられない。それが対話にしろ、捕食にしろ、受粉にしろ、多かれ少なかれ他の存在による介入が必要となる。
食や娯楽なども不必要な身ではあったが、何年もこのままならば意識が擦り切れて死んでしまう――いいや、私の場合は元に戻ると言うべきだろうか。
「力を貸してくれ」
しかし、それを許さぬと言うように、私に介入してくる存在があった。
少年である。
灰色に染色された髪。瞳は日本人らしい黒で、その奥には決意の炎が燃え盛っていた。
身に纏う学生服はボロ布のように引き裂かれ、覗く素肌には痣と裂傷が幾つも見える。
「代償を払う覚悟はあるか?」
それが私が初めて口にした言葉であり、初めて口にした呪いであった。
私がどういう存在として産まれ、どういう用途で扱われるのかは知っていた。誰から教わったわけでもなく、産まれたその瞬間から刻み込まれている。
曰く――喰らえ、と。
汝は願望を達成させるための道具であり、同時に魂を喰らう呪われた存在だと。
「あるさ」
私の問いに、少年はためらい一つもなく答えた。
私は笑う。
いい獲物だと。
よい魂だと。
未だ一つとして食した事などなかったが、経験などなくてもそう感じるほど白く透き通った魂だった。
握られるだけで、己が奮い立つのが分かる。それを蹂躙し、咀嚼できると思うとそれだけで昇天してしまいそうだ。
ああ、と思う。
私はきっと、このために産まれたのだろうと。
この男の魂を喰らうために、この現代に生を受けたのだろうと。
「いいだろう――お前の望み、それを叶えるまで私はお前に力を貸す。それが、私とお前の契約だ」
「オーケーだ。好きなだけ食い散らかせよ――魂喰らいの妖刀」