第八章 アシルと魔女
監獄に出向いたアシルは魔女と対面するが・・・。
8 アシルと魔女
翌日。
城下の見張りを終えたアシルの足は、監獄へと向っていた。
夕暮れ時の街道をアシルは一人馬車に揺られている。供はいない。クリフは、サヴァオ王国から帰還したギルバートと行動を共にしていた。
(馬を走らせても良かったな)
馬を使わなかったのは、人目を気にしたからだった。ここ数日の監獄通いがアルバの耳に入れば、とがめられるのは確実だった。
(いや、母様のことよりも、会わせてもらえるかが問題だな…)
昨日はギルバートの口添えのおかげで通してもらえたに過ぎない。
アシルは言い訳を考えたが、よい口実は思いつかなかった。
そうしているうちに、馬車が監獄へと到着する。
「どうされたのです? アシル様」
看守達はアシルの予想通り、すんなりと彼を通してはくれなかった。
悩んだ末、アシルは正直に述べることにする。
「ちょっと魔女と話がしたくて、会わせて欲しいんだけど」
「取り調べですか?」
「いや、一昨日、ひどいことを言ってしまったから謝りたいんだ」
「謝る? 王子が罪人に、ですか?」
看守達はお互いの顔を見合わせてから、一斉に吹き出した。
「な、何かおかしいかな?」
「いいえ、アシル様…。そういうことならどうぞ」
看守達は笑いをこらえながら、独房へと続く通路を示した。
「ありがとう」
首をかしげながら、アシルは通路を進み、独房の前に立った。
魔女は昨日と同じ格好で独房の中にいた。うずくまっているせいで、表情は見えない。
アシルは彼女の頭頂部に向かって話しかける。
「あの、起きてる? ちょっと話がしたいんだけど…」
魔女は動かない。
アシルは続けて口を開いた。
「えっと、一昨日のことなんだけど、僕の方こそごめんね。ひどいことを言ってしまって」
アシルは頭を下げたが、魔女の反応はなかった。
(仕方ないか)
小さく息を吐き、彼は今やって来たばかりの通路へと戻った。
「それだけか?」
「え?」
声に振り返ると、独房の中の魔女が顔を上げていた。
「あ、ご、ごめん。こんな謝り方じゃ駄目だよね」
「違う。謝罪をするためにわざわざやって来たのか、と訊いているのだ」
「そうだけど」
アシルの答えに魔女はぽかんと口を開けて、
「貴様、間抜けか?」
と言った。
「な、何で僕が間抜けなのさ!」
「あ、いや、すまない。騎士に謝られるとは思っていなくて、つい」
「そんなことを言ったら、君だって、昨日僕に謝ったじゃないか」
「それもそうだな…。すまん、間違えた」
「いや、僕は別にいいんだけど」
「…」
「…」
「…どうして私が謝らなければならんのだ?」
「えーと」
どうしよう、とアシルは考え、独房の中の魔女を見つめた。
(この子が本当に『超越の魔女』なんだろうか…)
アシルには、眼前の少女が、昨日、ギルバートを糾弾した魔女と同一人物であるとは思えなかった。
(演技している…?いや、でも、そんな風には…)
魔女の瞳にくもりはない。
困惑しながらも、アシルは昨日からの疑問を口にした。
「ねぇ、昨日、クリフを気絶させたのは君?」
「何だ? 唐突に。それがどうした?」
「…いや、どうしたもこうしたもないけど…」
「…?」
アシルの言葉に魔女は首をかしげた。両手が身体に縛り付けられているせいで、槍が刺さった身体ごと斜めになる。
「…はっ。しまった。また間違えたか」
「もう遅いよ」
アシルは笑いをこらえながら、「あれって魔法だよね。その檻の中にいるのに、どうして魔法が使えるの?」
「…わ、私は何もしていない」
「今さらそんなこと言われても…」
「う、うるさい!私は魔女だぞ? 嘘をついたに決まってるだろう!」
「普通、嘘つきはそんなこと言わないと思うけど」
「そ、そうなのか?」
「そうだと思うよ? 僕も自信ないけど」
「そうか…。難しいな」
「何が?」
「何がって」
「楽しそうだな。何の話だ?」
二人の会話に男の声が割り込む。ギルバートだ。彼は通路の入口に立ち、うっすらと笑みを浮かべてアシルと魔女を見つめていた。
「貴様…」
途端に魔女の表情が凍り付く。
「兄様、どうされたのです? このような刻限に」
「お前こそどうしてここに?」
「それは、その。少し話したいことがあったので」
「話したいこと?」
「いえ、たいしたことではありません。それにもう終わりましたので。それじゃあ、ええと君」
アシルは魔女を振り返ったが、ギルバートを睨み付けている彼女は、アシルの視線には気付かなかった。
「…」
「アシル」
「あ、はい。失礼します」
ギルバートに促され、アシルは独房の前から去った。途中で一度振り返ったが、魔女の姿はもう見えなかった。
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さて、ようやく魔女の天然な部分が出てきました。
明日は投稿できないかもしれませんので、続きは明後日にでも。