第六章 再び監獄へ
クリフを連れて再び監獄を訪れたアシル。
秘術を聞き出そうとするクリフだったが・・・。
6 再び監獄へ
クリフが取り調べの立ち会いを認められたのは、翌朝のことだった。
その日の午後、中隊の任務を終えたアシルは、クリフを伴ってムーアの監獄へと向かっていた。
移動中の馬車の中にギルバートの姿はない。彼は、自国に戻ることにしたカリーナの供のため、オルセン国を出ていた。
友人であることも手伝って、代役はアシルが務めることになった。
「しかし、アシルも体系を勉強し始めるなんてね。やっぱりギルバート様の影響かい?」
「うん。少しでも兄様のようになりたいと思って…。無謀かな?」
「簡単なことではないと思うけどね…。僕が神学校に入学したのは十年前のことだけど、修了したのはわずかに三課程だけだし」
「全部で何課程あるの?」
「十三」
「そんなに?」
「それだけ体系は複雑ってことさ。それに、第三課程まで修了していれば、ある程度の魔法法則なら実践できるんだぞ」
「ある程度って? 空を飛べたりするのかい?」
「まあ、ゆっくりならね。ねえ、君は学校に入らないのかい?」
あまり自慢できないと判断したクリフが話題を変える。
「うん。中隊の仕事もあるし、それに母様は、僕が体系を学び始めたことをまだ知らないんだ」
「じゃあ、独学…、いや、ギルバート様がいらっしゃるから独学じゃないか。いいなあ、君は、大陸で最高の教授に教わることができるんだから」
「でも、兄様は忙しいから」
アシルは車窓から外の景色を眺めた。
馬車は城下の賑やかな通りを抜け、田舎道を走っている。
「…結婚式はいつになるんだろう?」
「さあ。姉さんは早くしたがってるけど、当のギルバート様があんまり乗り気じゃないからな」
「そうなの?」
「まあ、政略結婚だからね。気持ちは分かるよ」
「分かるって、君にはまだ相手がいないだろう?」
「それがラムゼイの第一王女に決まりそうなんだ」
クリフはため息を吐く。
ラムゼイ国は、サヴァオの西方に位置する国の名前だった。国土の一部が海に面しているため貿易が盛んで、商人の国とも呼ばれる。
「そうだったのか。それはおめでとう」
「めでたくないよ。見たこともない姫と結婚させられるんだぞ」
「でも、それが第一王子の宿命じゃないの?」
「そう言われたら身も蓋もないけど…。あーあ、アシルは良いよな…。君、悩み事なんてないだろう?」
「僕にだって悩みくらいあるよ」
少しカチンと来て、アシルの口調が強まった。
「ごめん、ごめん。でも、羨ましいのは本当さ。君には自由があるのだから…。お、馬車が止まったぞ。着いたんじゃないのか?」
御者が到着を告げる。
クリフは扉を開け、馬車を降りた。
アシルも続く。
「思ったよりも大きいな。うちの魔法監獄と変わらないじゃないか」
監獄を見上げてクリフが言った。
「サヴァオの監獄もこれくらい大きいの?」
「うちは魔法実践者が多いからね。必然、罪人も魔法実践者が多くなるんだ。治安もオルセンほど良くないし」
「へえ。じゃあ、沢山収容できるんだね」
「常時、五十人くらいは入ってるかな。ここには何人くらい収容できるんだ?」
「さあ、どうだろう。ムーアの監獄は管轄外だから詳しくは知らないんだ。今は、魔女が一人入ってるけど」
「最近じゃ、魔女も減ったからな」
ギルバートの根回しもあり、入獄の手続きはスムーズだった。
二人は鉄製の門をくぐり、監獄の内部へと進む。
アシルは隣を歩くクリフの横顔を見て、
「楽しそうだね」
「それはそうだよ。魔女の秘術を聞き出せるかもしれないんだから」
「兄様もそんなこと言ってたけど、それってそんなに重要なことなの?」
「当然だよ。分からないかな?」
「理屈としては分かるけど…」
「例えば、僕と君が荒野で一騎打ちをした場合、勝つのはきっと僕だけど、今、この通路で君に斬りかかられたら、僕は君に負けるからね」
「接近戦に強くなるってこと?」
「それだけじゃないさ。法則実現までの速度が、今の数十倍…、いや、数百倍早くなるわけだからね。秘術が解明されたら大陸のパワーバランスがひっくりかえることになるぞ」
「でも、そうするとオルセンの未来は明るくないな。うちは魔法実践者が少ない国だから」
「ギルバート様がいらっしゃるだろう?」
「でも、兄様一人だけじゃあ…」
「何言ってるんだ。大陸で最も高位な魔法実践者だぞ。それに、君も勉強を始めたんだろう?」
「うん。そうだね…。僕もがんばらなくちゃ」
アシルは決意しながら通路を抜け、魔女の独房の前に立った。
独房のわきでは、十数名の騎士が魔女の取り調べをしていた。多くは討伐に参加した騎士で、中にはギルバートの副官の姿もあった。彼らはアシル達の姿を認めると、静かに敬礼をしただけで、すぐに作業へと戻った。
「とがめられなかったね」
「こっちもギルバート様が根回しをしてくれたんだろう」
「聴取中のようだけど…」
アシルとクリフは囁きながら、騎士達に近づいた。
独房の中の魔女は、昨日同様に顔を伏せてうずくまっていた。
身体に刺さっている光の槍は昨日より多い。アシルは、ギルバートが魔法をほどこしたのだろう、と推測した。
「では、もう一度尋ねる。魔女よ。神の力を盗み、自らのものとした事実を認めるな?」
騎士の声が独房に響く。
しかし、魔女の答えない。それどころか、魔女はぴくりとも動かなかった。
「再度尋ねる。魔女よ。神の力を盗み、自らのものとした事実を認めるな?」
騎士は、再度、同じ質問を問いかけた。しかし、やはり、魔女は微動だにしなかった。
「拷問すればいいのに」
声も殺さずクリフが言う。
「だ、駄目だよ。クリフ、邪魔しちゃあ」
「だってそうだろう? こんなの時間の無駄だよ」
「サヴァオ国での作法は存じ上げませんが、我が国では、いかなる罪人に対する拷問も禁じられています」
ギルバートの副官が静かに言う。
「それは知ってる。でも、相手は魔女だぞ。それも強大な力を盗んだ大罪人だ。『超越』と呼ばれるほどの」
「いかなる罪人に対しても、と申しあげたはずです」
「僕にやらせてよ」
「クリフ!」
たまらずアシルは叫んだが、クリフは止まらない。
「アシルはちょっと黙っててよ。そうか…。ギルバート様ほどの魔法実践者が、どうしていつまで経っても魔女の秘術を解明できないのかやっと分かったぞ。まさかこんな幼稚な方法で聞き出そうとしていたなんてね」
「騎士団長を愚弄する気か!」
書記の騎士が立ち上がり、激昂する。
「まさか。僕ほどギルバート様を尊敬している人はいないよ」
クリフは書記の騎士から、ギルバートの副官へと視線を移して続けた。
「僕はオルセンの騎士じゃない」
「どういう意味です?」
ギルバートの副官が尋ねる。
「僕が勝手にやったことにすればいい。君らだって、本当はこんな方法じゃ魔女が吐かないことくらい分かってるんだろう?」
「クリフ! 何てこと言うんだ。まさか、最初からそのつもりで…」
アシルはそこまで言うと言葉を詰まらせた。
視線を感じたのだ。
独房を振り返ると、魔女が顔を上げ、じっとアシル達を見つめていた。
アシルの視線を追って、クリフと騎士達も魔女に気付く。
「お、目覚めたのか。これはちょうど良い」
クリフが笑みを浮かべる。
魔女はクリフと騎士達を順番に眺めた後、アシルに視線を止めた。
そして、
「小僧と言って悪かったな」
と、言った。
「え? あ、僕?」
魔女の発言が理解できず、アシルは困惑する。やがて、アシルは、昨日のやりとりを思い出した。
「あ、いや、別に気にしてないけど…」
「待てよ、超越。今のやりとりを聞いてただろう?僕が拷問す」
クリフはそこまでいうと、突然気を失った。
足元から崩れ落ち行くクリフを見て、アシルはとっさにその身を支えた。
「クリフ、ちょっと、どうしたの?」
「…」
声をかけるが返事はない。
一体何が起こったのか、とアシルは独房内の魔女を見た。
「まさか、君が…?」
問いかけに答えはない。
魔女は瞳を閉ざすと石の床にうずくまった。
アシルは、看守の手を借りると、クリフを引きずって独房の前から去った。
読んでくださり、ありがとうございました。
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どうもありがとうございます!
ちょっとだけ素の魔女が出てきました。
次の次くらいで、さらに素の彼女が出せるかな、と思います。




