第五章 訪問者
監獄から帰ったアシル達はサヴァオ王国のカリーナとクリフと会う。
5 訪問者
城にもどると、馬舎のそばに馬車が一台止まっていた。
見慣れない作りの馬車に、アシルは首を傾げた。
「誰が来ているのでしょう?」
「紋章が入ってないところを見るとお忍びのようだが…。まあ、何にせよ急いで戻ろう。
アルバ様に見つかる前に」
ギルバートはそう言って、マリーベルを抱え直した。
泣きべそで監獄を出たマリーベルは、馬車の中で眠りについた。アシルが思うに、はしゃぎすぎて疲れてしまったのだろう。
マリーベルを、彼女の召使い―こちらもマリーベルを探し回り、半べそだった―に引き渡してから、アシルとギルバートは客間へと向かった。
客間の扉の前には、ギルバートの副官が立っていた。
「お帰りなさいませ、団長」
「ただいま。誰が来てるんだ?」
「クリフ王子とカリーナ姫がおいでになっています。ラティオ様のお誕生祝いということでしたが、実際は…」
「いいよ、皆まで言うな」
ギルバートは苦笑いを浮かべてから、扉を開いて中へと進んだ。
アシルもそれに続く。
客間には一人の男と二人の女がいた。
女のうち、一人は侍女で、もう一人はその主だった。
主の名は、カリーナ・サヴァオといった。彼女は、ワインレッドのドレスを身につけ、腰に宝石で飾られたベルトをしていた。
「ギルバート様! ご無事で何よりです」
カリーナがギルバートの胸にしなだれる。
「ご心配をおかけしました。カリーナ様」
「カリーナ様だなんて、他人行儀な…。婚約者なんですから、カリーと呼んでください」
「そうでしたね。申し訳ありません。なかなか慣れなくて」
ギルバートは苦笑いを浮かべる。
カリーナは、隣国サヴァオ王国の第一王女だった。オルセン王国とサヴァオ王国では、互いの長子の婚約により、同盟関係を強化している。
「少し落ち着いてください、姉上。ギルバート様が困っていらっしゃいます。申し訳ありません、ギルバート様。姉は興奮すると周りが見えなくなる性格でして。ほら、姉上、離れてください」
部屋の中の男が言った。
ダークブルーの礼服に身を包んだ彼の名前は、クリフ・サヴァオ。彼はカリーナの弟だった。
「も、申し訳ありません、ギルバート様。取り乱してしまいまして…」
カリーナはギルバートから離れると、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
「構いませんよ。それより、久しぶりだな、クリフ」
ギルバートが片手をあげる。
「お久しぶりです、ギルバート様。それにアシルも」
「久しぶり」
クリフはアシルと同じ十四歳だった。同盟国の王子同士ということもあって、二人は昔から親しい。
クリフは胸元に手をやり、会釈をして、
「このような突然の訪問をどうかお許し下さい。ギルバート様の帰還を知った姉はサヴァオを飛び出してしまったのです」
「クリフ! 違いますのよ、ギルバート様。私、ラティオ様のお誕生をお祝いしようと、それで…」
「構いませんよ。こちらこそ、報告が遅れて申し訳ありませんでした。今日にでも知らせの者をやろうと思っていたのですが、何分、手が空いている者が少なくて」
「犠牲者が多数出たのですか?」
クリフの問いに、ギルバートはいや、と首を横に振って、
「監視に手をとられてしまってな。取り調べもなかなか進まないし…」
「そうですか、それは良かった」
「良かった?」
ギルバートはクリフの言葉を繰り返して、「良かったとは?」
「実は後学のために、私も魔女の取り調べに立ち会わせていただきたいのです」
「ははあ、それは…」
ギルバートは顎に手をやり思案顔を作った。
「ご存じのとおり、私も体系を修学中の身ですし…。それに、ギルバート様と姉が結婚すれば私は弟になるわけですからね。弟にさまざまな経験を積ませ、正しき道へと導くのが兄の務めだと信じております」
「私もそう思うが…。しかし、王が何というか」
「きっと許してくださいます」
カリーナがクリフの背後から顔を出す。
「それはなぜです? カリーナ様」
「そ、それは…」
ギルバートに尋ねられ、カリーナは顔を赤くして、クリフに発言を促した。
クリフはやれやれと息を吐いてから、
「後日、父から正式に申し入れがあるとは思いますが、姉はそろそろギルバート様の妻になりたいようでして」
「わ、私は別に」
「おや、違うのですか? 父上に進言したのは姉上でしょう」
「ち、違いはしませんけど」
カリーナは消え入るような声でそう言うと、侍女の背に隠れた。
その様子を眺めながら、クリフが言う。
「姉は今回の件がひどくこたえたようでして…。ギルバート様がお戻りになられるのをずっと待っていたのです」
「それは申し訳ないことをしました」
「い、いいのです。無事に戻ってきてくださったのですから」
侍女の背からカリーナが言う。
「どうでしょう? ギルバート様。国王様にお話しいただけませんか?」
「分かった。掛け合ってみよう」
「ご協力感謝いたします、兄上」
クリフはそう言って、笑顔を作った。
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