第四章 魔女
監獄に着いたアシル達は独房の中の魔女と対面するが・・・。
4 魔女
看守達―監獄の入口に四名ずつ立っている―はギルバートの姿を認めると、いっせいに剣を抜いて敬礼した。ギルバートは片手を上げてそれに応えると、一番に近くに立っていた看守に向かって尋ねた。
「お疲れさん。どうだ、魔女は何かしゃべってくれたか?」
「いいえ、何も」
「そうか…。今、会えるか?」
「詰問は先ほど終了しましたので、今なら会えますが…」
看守はそこまで言うとアシルとマリーベルを見下ろした。
「三人で面会されるのですか?」
「何かあったらお前が助けてくれ」
「いっ、いえ。団長がいらっしゃるのですから自分が出る幕など…。申し訳ありません。失礼なことを申しあげました。どうぞ、お進み下さい」
看守が独房へと続く通路を示す。
「ありがとー!」
マリーベルが走り出す。
「あ、マリー、駄目だよ。勝手に行っちゃ」
走り出したマリーベルを追って、アシルも駆け出す。
看守は通路にも立っていた。
等間隔に立っている看守の数は左右に五名ずつ。入口の看守の数をあわせると十八名になる。
(すごい…。一個中隊全員で魔女を見張ってるんだ…)
アシルの背に悪寒が走る。不安に取り憑かれ、アシルは走る速度を上げた。
「マリー、止まりなさい。マリー!」
通路にアシルの声が反響する。
「…」
マリーベルが止まったのは突然だった。
言うことを聞いてくれたのか、と安堵しかけたアシルだったが、すぐに彼女の足を止めたのが自分の言葉ではなかったことに気付く。
マリーベルはすでに通路の先、独房の前に立ってた。
彼女はアシルの方を振り返ると、「まじょ、いた」と前方を指さした。
彼女の言葉を受けて、アシルはギルバートの方を振り返った。ギルバートは看守達に労いの言葉をかけながら、ゆっくりと通路を進んでくる。
仕方がなく、アシルはマリーベルの後に続いて通路を抜けた。
「これは…」
その独房は城門ほどの大きさをしていた。明かりも窓もなかったが、鉄格子に刻まれた記号文字が淡い光を放っているため、真っ暗というわけではない。
中には人間が一人、うずくまっていた。顔は見えないが、黒いローブに包まれた身体は細い。
(まるで鳥かごに閉じこめられた小鳥だ)
それも手負いの、とアシルは付け加えた。
魔女の身体には無数の光の槍が刺さっており、両腕と身体は太い皮製のベルトで拘束されていた。
槍は一本でも致命傷になりうるほどの大きさだったが、魔女の身体から血は流れていない。槍が貫いているのは魔女の身体ではなく、その身に宿る力そのものだった。
「しんでるのかな?」
「いや、生きているとは思うけど」
オルセン王国では拷問が承認されていない。魔女の身体を貫く槍は拷問ではなく、捕縛のためのものだった。しかし、捕縛のための拘束は、通常、房に入れた後、解かれるのが決まりだ。拘束具が解かれていないことは、それほど魔女の力が強大であることに他ならなかった。
(ひょっとして、捕まったときからずっとこのままなのかな…)
アシルが考えていると、隣に立っていたマリーベルが突然叫んだ。
「おーい! まじょぉ!」
「ちょっと、マリー!」
アシルは慌ててマリーベルの口をふさいだが、すでに遅かった。
魔女の身体がぴくりと動く。彼女は小さな呻き声を漏らした後、ゆっくりと顔を上げた。
碧の瞳と白い肌が薄暗い独房の中に浮かび上がる。大きな瞳と細い体躯から、アシルは、魔女が自分とそう年齢の変わらない少女だと判断した。
「おはよう、まじょ! もう朝だよ」
マリーベルの甲高い声に魔女は顔をしかめた。言葉は発せられなかったが、アシルには、彼女が言わんとしていることが分かった。
すなわち、
何者だ、お前達は。
「俺の弟と妹だよ」
やってきたギルバートが答える。
ギルバートの姿を見た魔女は、顔を歪めて身体を起こした。身体にささっている槍が、数本、弾けて消えた。
「貴様…」
「もっと刺さってたはずだが、もうそんなに減ったのか…。さすが、『超越』だな」
「黙れ!」
魔女の叫びにアシルは身をすくめた。マリーベルに至っては、先ほどまでの威勢の良さはどこに行ったのか、泣きべそをかいている。
魔女は続ける。
「黙れ、この卑怯者め!何が約束だ、何が一緒に逃げよう、だ!お前はただの嘘つきではないか!」
「兄様は嘘なんてつかないよ!」
アシルが反射的に叫ぶ。
口をついて出た言葉に一番驚いたのは、アシル本人だった。
「…何だと?」
魔女がアシルを睨む。アシルはたじろぎながらも口を開いた。
「いや、君が兄様のことを嘘つき呼ばわりするから…」
「嘘つきを嘘つきと糾弾して何が悪い? それとも何か? 騎士道とやらでは、騙した方ではなく、騙された方を非難するのか?」
「何だよ、嘘つきとか騙すとか…。兄様がそんなことをするわけないだろう!この罪人め!」
「はっ。盲信はなはだしいな。おい、騎士団長殿、貴様が一体私に何をしたのか、その小僧に教えてやれ」
「小僧じゃない! 僕はオルセン王国第二王子のアシル・オルセンだ!」
「アシル」
ギルバートがアシルをたしなめる。
「でも、兄様…」
「いいんだ。分かり合えない人間というのはいつの世もいるもんだ」
「でも…」
「さあ、もう気がすんだろう。マリーももういいな?」
「マリー、お城に帰る」
「ああ、そうしよう」
ギルバートはマリーベルを抱きかかえると、やってきた通路を戻っていく。
「兄様、でも…」
アシルは小さくなる兄の背と魔女とを見比べた後、ギルバートを追って独房の前から去った。
読んでくださりありがとうございます。
やっと魔女が登場しました。
が、プンプンしているので天然な部分は出てきていません。
次の次くらいで素の彼女が出てくる予定です。