第十二章
12 超人たちの戦闘
馬から飛び降りたアシルは、ヒラコニアの独房へと走った。
すぐに戻ってきたアシルを不審に思い、看守が彼に尋ねる。
「アシル王子、どうされました?」
「君がヒラコニアを拷問したのか?」
「拷問? 一体何のことでしょう?」
「いや、いい。ヒラコニアに訊けば分かることだ」
アシルは通路へと進む。
ただならぬアシルの様子に、看守達は彼の行く手を遮ろうと立ちふさがった。
「アシル王子、お待ち下さい」
「どいてくれ」
看守達の脇をすり抜け、アシルは廊下を駆けた。
独房の前に立つ。
「お前という奴は…」
再び現れたアシルを見て、ヒラコニアは呆れ顔を作った。「ついさっき、来ないでくれと言ったばかりのはずだが?」
「拷問されたの?」
問いかけを無視して、アシルはヒラコニアに尋ねた。
「拷問? ああ、この槍のことか?」
「そうじゃなくて…、いや、それもあるのか…」
「お下がり下さい、アシル王子!」
アシルを追ってきた看守が、彼の肩に手をかける。
しかし、アシルはそれに構うことなく、
「逃げよう、ヒラコニア。僕と一緒に」
「逃げる? 一体どうやって。見ての通り私は」
「もういい。僕がやるから」
アシルは看守の手を払いのけると、腰の剣を抜いた。躊躇することなく、それを独房の鉄格子に向けて振り下ろす。
数回、耳障りな金属音が独房に響いた。
渾身の力を込めて振り下ろしたが、鉄格子には小さな傷ができただけだった。
「アシル王子、おやめください!」
「うるさい!」
アシルは振り返り、看守達と対峙するよう剣を構えた。
傷一つ無かった刀身には、大きなほころびが出来ていた。
「気は確かですか?」
「当然だよ」
アシルは奥歯を噛みしめて言った。
彼の返事を聞いて看守達が剣を抜く。十八本の剣がアシルを取り囲む。
「アシル!」
ヒラコニアの声が戦闘開始の合図となった。
看守の一人がアシルに向かって、剣を振り下ろす。
迫り来る刃をアシルは剣の腹で受け止めた。
「くっ!」
剣を伝って、腕に痺れが走る。
鍛錬時には感じられなかった鈍い痛みに、アシルは顔を歪ませた。
別の看守がアシルの腹に向かって拳を放つ。
防ぐことも出来ず、アシルはその場に崩れ落ちた。手の平から剣が落下する。力無い剣は、アシルそのものだった。
(僕は無力だ)
アシルの視界が涙でにじむ。
看守がアシルの身体にふれる寸前、耳をつんざくような音が響き渡った。振動で監獄が揺れる。
それは、ヒラコニアが光の槍を体外へと爆砕させた音だった。
砕け散った光の欠片がアシルの上に降り注ぐ。
彼女の身体を拘束していた革のベルトは裂け、独房の床に落ちていた。
光の中に立つヒラコニアは、まさに神の化身だった。
彼女は独房の鉄格子をひしゃげさせ、出来た隙間から檻の外へ出た。
まずい、と看守達が青ざめる。彼らは標的をアシルからヒラコニアに移さざるをえなかった。
「大人しく檻の中に戻れ! 魔女よ」
「アシル、大丈夫か?」
ヒラコニアは看守の言葉を黙殺すると、アシルに駆け寄った。
看守達は一斉にアシルから―と言うより、彼に近づいたヒラコニアから―距離を取った。
「…やっぱり魔法が使えたんだね」
「すまない。私のせいで痛い思いをさせたな」
「大丈夫だよ」
アシルは、ヒラコニアの手を借り立ち上がると、「それよりも僕と一緒に逃げよう、ヒラコニア」
「何を言う。お前はこの国の王子だろう」
「いいんだ。この国は、僕の敬愛する騎士の国ではなかったから」
「一体どういう―…」
「あれ? 封印が解けてる」
石の壁にギルバートの声が反響する。
「兄様…」
「やっぱりここに来てたんだな、アシル」
通路からギルバートが姿を現す。その背後にはクリフの姿もあった。
「兄様、来ないでください。僕はあなたと戦いたくない」
「そりゃあ俺もそうだが、魔女を逃がすわけにもいかないし」
ギルバートがヒラコニアを見据える。
「あの封印を破るとは、さすが超越、というところか」
「ごちゃごちゃ言っていないで、さっさと剣を抜け」
「そうさせてもらうよ」
ギルバートは背中の長剣を抜いた。
鍛え抜かれた剣身が煌めく。
「アシル」
ギルバートを、その剣を見据えたままヒラコニアがアシルを呼ぶ。
「ありがとう。友人になると言ってくれて。おかげで、もう少し、自由に生きてみようという気になった」
「ヒラコニア…」
「始めていいかな?」
剣をぶらぶらと振りながら、ギルバートが言う。
「ああ、どうぞ。騎士団長殿」
「じゃあ、始めるかー」
ギルバートの言葉を受けて、看守達とクリフが監獄の外へと退避した。監獄に三人が取り残される。
「アシル、お前も下がっていろ」
「そんなわけにはいかないよ」
「そうだぞー、危ないぞー」
ギルバートはそう言った後、剣の柄を両手で握った。
祝詞の詠唱が始まる。
「マレフィコスの長子、フィンビーネの光は宣く
天帝の意、我が光より生まれたり
我が意、天帝の意により生まれたり―…、うっわ!」
炸裂音が辺りに響き、ギルバートの詠唱が中断する。
ヒラコニアがギルバートの頭上の壁に向けて衝撃波を放ったのだ。
「何すんの? 俺、今、詠唱中」
「そんなこと見れば分かる」
「ほら、見たか、アシル。魔女はこれだからやっかいなんだ。騙しでもしないと捕まえられないんだって」
ギルバートはため息を吐き、そして―、
一気にヒラコニアへと駆けた。その速度たるや、普段の気だるげなギルバートの様子からは想像もできないほどだった。
虚をつかれた形のヒラコニアは対応しきれない。
彼女は未完成なイメージを、そのまま現実へと昇華せざるを得なかった。
弱々しい雷光が、ギルバートへと放たれる。ギルバートはそれを避けると、ヒラコニアへと迫った。
「!」
眼前に迫ったギルバートに、ヒラコニアはたまらず自分の身体を後方へと跳ばした。着地に失敗し、膝から血が流れる。
獲物が遠のいたにもかかわらず、ギルバートは冷静だった。それどころか彼は、ヒラコニアの行動を予期していたかのように、先ほどの祝詞を再度詠唱し始める。
「マレフィコスの長女、フィンビーネの光は宣く
天帝の意、我が光より生まれたり
我が意、天帝の意により生まれたり―」
「させるか!」
ヒラコニアがギルバートの頭上の壁を落とす。
しかし、ギルバートは長剣を振るって、それを防ぐと、
「天帝の心、我が意により生まれたり
我の心、天帝の心により生まれたり
故に
意に諸々の不浄を思わず
心に諸々の不浄を想わず―」
ギルバートの詠唱が完了したとき、彼の頭の上には、光の輪が浮かんでいた。
「あー、やれやれ、やっぱり祝詞が長いと苦労するなあ」
「何だ、それは?」
頭上の輪を見て、ヒラコニアが尋ねる。
ギルバートは得意顔を作って、
「かっこいいだろー」
「ダサイ」
「あっそう」
「ダサイ」
「分かったよ」
「ダサイ」
「この!」
ギルバートは再び、ヒラコニアに向かって駆け出した。一方のヒラコニアは、ギルバートを見据え、自らの力を解放した。
監獄の壁が、床が、ギルバートに向かって隆起する。しかし、ギルバートは取り乱すことなく、祝詞を詠唱した。
「大地のランデル
砂のデプシー
天帝の根源へと帰さしめ給え」
詠唱の完結により、ギルバート目がけて飛んでいた壁や床が、引力に負けて落下する。
「二つ同時に実践できるのだな」
「そう。俺、こうみえても高学歴なんだぜー」
「そうか。では、これはどうだ?」
ヒラコニアが視線を鋭くする。
彼女はギルバートの意識停止をイメージし、それを現実へと導いた。
精神介入を受け、ギルバートが顔をしかめた。それを受けて、彼の頭上の輪が輝き、大きく回転し始めた。
「何だと!?」
「…」
ヒラコニアが驚く。彼女が、精神介入に失敗したと気付いたとき、ギルバートはすでに、彼女の眼前にまで迫っていた。
「覚悟」
ギルバートが下段から剣を振り抜く。
ヒラコニアは、何とか空気の壁を作り、剣を受け止めた―が、バランスを崩し、その場に仰向けになった。
彼女の喉元に、剣の切っ先が突きつけられる。
「その輪…、介入を邪魔するものだったのか」
「一番やっかいなのは、精神を乗っ取られることだからな。思考停止はお前の十八番のようだし…。まあ、いきなり脳みそを吹き飛ばされても困るが」
「そうか、では今から脳を破壊する」
「お前にはできんだろ」
「できるさ」
「無理だね」
「知ったような口を」
「知ってるさ。実際、天井を崩したり、壁を動かしたりばっかりじゃん、お前。間接的というかさ。…俺だったら、最初の攻撃で、頭を飛ばしてる」
「今からする」
「無理だって、天然な上に、根が優しいんだから。それに戦い慣れしてないし」
「馬鹿にするな!」
「褒めてんのー」
「ヒラコニア!」
アシルが剣を拾いあげ、ギルバートに斬りかかる。
しかし、ギルバートはヒラコニアの喉元に剣の切っ先を当てたまま、剣の腹でそれを受け止めた。
「ぐ、この!」
「お前もなあ、がんばってはいると思うが、剣の腕がなあ…」
「兄様には、僕の気持ちなんて分かりませんよ! 剣の才能にも、魔法の才能にも恵まれた兄様には!」
「お前、俺が才能だけでここまで来たと思ってんのか?」
静かに、しかし、怒気をはらんだ声でギルバートが言う。
「だって、そうでしょう? 僕だって毎日鍛錬はしています。でも、なかなか上達しなくて、それで」
「それを才能のせいにするのか、お前は…」
ギルバートはそう言って、ヒラコニアの喉元から剣を引いくと、絡め取るようにアシルの剣を落下させた。
「ギル…?」
ギルバートの行動が理解できず、ヒラコニアは呆然と彼を見つめている。
しかし、ギルバートは彼女の視線に構うことなく、アシルに向かって口を開いた。
「上達しないのは、才能がないからじゃなくて、鍛錬が足りないからだ。アルバ様のことにしたって、お前はいつまで母親の機嫌をうかがうつもりなんだ?」
「それは…」
突然の説教に、アシルは言葉に詰まり、うつむく。
監獄内に沈黙が訪れる。
ヒラコニアはどうしてよいか分からず、ギルバートとアシルを交互に眺めた。
沈黙を破ったのはギルバートだった。
彼は小さく息を吐くと、アシルの頭に手をやり、「まあ、それでも最近は反抗しつつある、か」と言って撫でた。
「兄様…?」
「魔女はマレフィコスの化身、と言っていたな」
「え? あ、はい。そう考えればヒラコニアの話に説明がつくから…。でも、これは教義に反することで」
「何が正しくて何が間違っているか…。それだけは、これから一生、自分で考えろ。母親や周りの人間が何と言おうと」
ギルバートは目を細めて微笑む。
そして―
唐突に、アシルの首根に手刀をたたき込んだ。
ぐらり、とアシルの視界が揺れる。
「…兄様、どうして…? ヒラコニア…」
呼びかけるが、二人の返事はアシルの耳には届かない。
視界が暗くなり、やがて彼は意識を失った。
読んでくださり、ありがとうございます。
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ありがとうございました。
あと二章で終了です。




