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第十一章 過去

魔女が明かす彼女の過去とは・・・。

ちょっと長めです。

11 過去

「ということが今朝、あったんだ」

「それなのになぜ、お前はここ監獄にいる?」

 アシルの言葉に、ヒラコニアは呆れたという表情を作った。

「いや、だって、こんなこと君以外に話せる人なんていないし」

「何を馬鹿げたことを。ダークブロンドの連れはどうした?」

「クリフのこと? 確かに友人だけど、彼にこの話はできないと思って…。彼、兄様に心酔してるから」

「それはお前も同じだろうよ」

 ヒラコニアが鼻であしらう。

「確かに僕も尊敬はしてるよ。でも、最近の兄様はちょっと変な気がして」

「知るか、そんなこと」

 ヒラコニアは吐き捨てるように言うと、鉄格子にもたれかかった。

「しかし、王子が罪人に魔法を習っている、か。オルセンの国民はなかなか鋭いな」

「そ、そうなんだ」

 アルバとのやりとりを説明したアシルだったが、恋仲云々という部分については伏せておいた。

「何だ?」

「いや、何でもないよ。それよりも、どうして兄様は、母様に告げ口なんてしたんだと思う?」

「だから、知らんと言っているだろう。何度も同じことを言わせるな。そもそも、弟のお前に分からんことを、どうして私が分かるのだ?」

「だって、君、兄様のこと詳しそうだから」

「そんなわけがなかろう!」

 ヒラコニアが叫び、黒髪を逆立てた。身体の槍がまた数本消し飛ぶ。彼女は大きく息を吐き、呼吸を整えてから、「悪い。忘れてくれ」と言った。

「そんなの、出来ないよ」

「なぜお前がそんな…、今にも泣き出しそうな顔をする?」

「分からないよ。でも、君が悲しそうだから…」

 言葉尻は声にならない。

 うつむいたアシルに、ヒラコニアは小さく息を吐き、「まったくお前はずるい」と言った。

「ずるい? 僕が?」

 ヒラコニアはアシルの問いかけに「ああ」とうなづいた後、「…友人だったのだ」と呟いた。

「え?」

「ギルバートのことだ。私は、あいつのことを友人だと思っていた」

 そしてヒラコニアは語り出す。

 それは、今から六十日前―、彼女が捕縛された日から遡って二十数日前に、オルセン王国の北、リースレイと呼ばれる深い森で起きた出来事だった。




 滑車を使って井戸水をくみ、それを桶に入れて家まで運ぶ。

 それがヒラコニアの朝の日課となったのは、もう、三年以上前のことだ。

 晴れの日はもちろん、雨の日も風の日も続けられた習慣は、彼女の生活の一部となり、やがて毎朝の儀式となった。こぼさず水が運べた朝は、一日が上手くいくような予感がした。一方で、少しでも水がこぼれた日には、何をするにも不安がついて回った。

 その日の朝も、ヒラコニアはいつもと同じように井戸の水をくみ上げ、いつもと同じ道を通って帰宅した。

 したのだが、

「だ、誰だ。お前」

 ヒラコニアは驚き、桶の水を床にぶちまけた。こぼれた水が彼女の靴をぬらしたが、彼女にそれを拭う余裕はなかった。

 彼女の前には、見慣れた食卓テーブルと椅子、そして、見たこともない男の姿があった。

 髪の色は栗色で、瞳は鳶色だった。背は高かったが、気だるげに開かれた瞳のせいか、すらりとした印象は与えない。男が身につけているのは、麻でできた上着とズボン、それに汚れの目立つ鞄だった。

「あー、ごめん、ごめん。腹減ってて」

 男はそう言うと、椅子に腰を下ろし、テーブルの隅にあったパンに手を付けた。それはヒラコニアが朝食にしようと思っていたものだった。

「あ、思ってたよりもうまい」

「誰だと訊いている」

「まあ、そう怒るなよ。ええと、俺はギルだ。迷子の」

「迷子?」

「ああ、ウィンラージ村という村を探して居るんだが、見当たらなくてな。二晩歩いてやっとこの家を見つけたんだ」

「ここはウィンラージ村ではない」

「それは分かってる。だってここ村じゃないし」

 ヒラコニアの家は、森の中にひっそりと建っていた。辺りに民家はなく、人の気配もしない。

「君、ウィンラージ村を知らないか? この辺りのはずなんだが…」

 二切れ目のパンに手を付けながら、ギルはヒラコニアに尋ねた。

「この森を抜けたところにある」

 ヒラコニアはそう言って、森の南を指さした。

「あ、そうなの? 遠い?」

「いや、そう遠くはない。この水もその村の近くで汲んできたものだ」

「そっか。近くまで来てたんだなー」

 ギルは椅子から立ち上がり、三切れ目のパンに手を伸ばすと、「助かったよ。ありがとう」と言って、ヒラコニアの家から出て行った。

「何だったんだ。あいつは…」

 呟きに答えはない。

 ヒラコニアはため息を吐いてから、床の水を布でぬぐった。


 数時間後、ギルはヒラコニアの家の扉を叩いていた。

 扉を開けたヒラコニアは、ギルの姿を認めると、「村にはたどり着けなかったのか?」と尋ねた。

「いや、村はあったよ。あったんだが…、お、昼飯か?」

「そうだが」

「うまそうだな」

「そうか? 別にいつもと同じ内容だ」

「そっかー―…」

「…」

「…」

「…」

「なあ、試しに『食っていくか』と訊いてくれないか?」

「食っていくか」

 ヒラコニアは棒読みでそう言った。

 ギルはうれしそうにヒラコニアの家に入った。

「良いのか? ありがとう、助かるよ。やー、優しいな、お前」

 食卓の椅子に腰を下ろし、家の入り口から動こうとしないヒラコニアに尋ねる。

「どした? ぽかんとして」

「なぜ上がり込む?」

「なぜって誘ってくれただろ?」

「誘っていない。言えと言われたから言っただけで」

「まあまあ、細かいことは気にするなよ。いーただーきまーす」

「あ、こら。それは私の」

 ギルはヒラコニアの言葉を無視して、野菜にフォークを突き刺した。咀嚼し、飲み込んでから感想を述べる。

「うまい。あれから何も食べてなかったからな」

「それは普通のことだと思うが…」

 ヒラコニアはそう言いながら、スープをよそった。

「お、おかわりか。ありがとう」

「何を言う。これは私のだ」

「じゃあ、テーブルの上のは食べて良いってこと?」

「勝手に食い始めたくせに何を今更」

 ヒラコニアはため息を吐く。彼女は、テーブルの上に皿を運ぶとギルに尋ねた。

「村はどうだった?」

「おー、そうなんだよ。それがさ、村はあったんだが、村人が誰もいなくてな。最近まで暮らしてた形跡はあるんだが…。お前、何か知らないか?」

「知らん。なぜ私に訊く?」

「いや、だって、近くに住んでるわけだし。何か知っててもおかしくないだろう?」

「知らんぞ。知っていたら…、朝会ったときに言っている」

「それもそうか」

 ギルはそう言ってスープをすすった。

「村に…何の用があったんだ?」

 ヒラコニアがおずおずと尋ねる。

「用というより、村で暮らそうと思ってたんだ。仕事をクビになったから」

「クビ?」

「ああ。都で働いてたんだが、いろいろあって」

 ため息を吐いて、ギルはカブにフォークを突き刺す。

「しかし、どうしてこんな田舎に? 都から来たなら、途中いくらでも町があっただろう?」

「母親がこの村の出身だったんだ。もう随分前に亡くなったがね。しかし、ひょっとしたら村がなくなってるかなー、とは思ったんだが、村人がいなくなってるとは思わなかったな…。まあ、考えようによっては、幸運なのかもしれないか…」

「どういう意味だ?」

「よし、決めた。やっぱり、あの村で暮らそう。家も畑も残ってるわけだし、これを利用しない手はない」

「他人のものなのに?」

 きょとんとした表情でヒラコニアが言う。

「今は持ち主がいないんだ。問題ないだろう」

「しかし気にならないのか? 村民が全員姿を消してるんだぞ。そ、その…、夜な夜な恐ろしい猛獣が現れるのかもしれんし」

「出るのか? 猛獣」

「いや、今は出ないと思うが…」

「だったら大丈夫だろう」

「しかし村民が戻ってきたら」

「それはその時に考えるさ」

 そう言うとギルは椅子から立ち上がった。

「どこへ行く?」

「今晩の寝床を確保しに。昼飯、うまかったよ。ごちそーさん」

 ギルは手を合わせるとヒラコニアの家を出た。

 一人残されたヒラコニアは呟く。

「何なのだ、あの男…」

 しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。

 彼女はしばらく呆然としていたが、その後、昼食を再開した。


 翌日の晩。

 ヒラコニアの姿は、ウィンラージ村のこじんまりとした家の中にあった。彼女は食卓の椅子に腰かけ、ギルに夕食をもてなされている。

「まずい」

 ギルの手料理を食べて、ヒラコニアが言った。

「まあ、料理なんかしたことないからな」

「何が御礼だ。お前、これ…、ちょっとした拷問だぞ」

 ヒラコニアがギルを睨む。

 ギルがヒラコニアを夕食に誘ったのは、今朝のことだった。

 突然の申し出を不審がるヒラコニアに、ギルは、昨日の朝食と昼食の礼だ、と半ば強引に彼女を自宅に(といっても他人の家だが)招待した。

「ひどいなあ。じゃあ、こっちのスープは? これは大丈夫だと思うぞ」

「どうだか…」

 ヒラコニアは差し出されたスープを恐る恐る口にした。

 そして、

「まずい」

 彼女は顔を歪ませ、べえ、と舌を出した後、「しかも何かにおうぞ。身体に悪いにおいがする」

「そんなことないだろ。そりゃあ、その辺りに生えてる草とかいっぱい入れてみたが…」

 ギルはそう言って窓の外から畑を指さした。

 それを見たヒラコニアは、勢いよく席から立ち上がり、家の外にスープを吐き出した。ごほごほと咳き込みながら言う。

「それは薄毛の薬草だ。このまぬけ!」

「でも食用だろ? 俺も昨日の夜食ったけど、何も起きなかったぞ」

「昨日の夜だと…? 貴様、さては残飯処理に私を呼んだな」

「いやだって、まずくて食えたもんじゃないからさ、何か作ってもらおうと思って。ほら、備蓄用の小麦とか見つけといたから」

 ギルは棚を指さす。

「愚か者。お前はこれを食うんだ。命をいただいたのだから」

 ヒラコニアはそう言って、スープの皿をギルの方に寄せた。

「へえ」

「何だ、へえとは」

「いや、死んだ母親も同じことを言ってたな、と思って」

「そうか…。それは素晴らしい母親だったな」

 ヒラコニアが皿を寄せる手を止める。

「そうだな。興味を持ったことは何だってやらせてくれたよ。それがどんなに危険をともなうことであっても…」

 ギルはそう言って、目を細めた。

「ギル?」

「いや、何でもない。さあ、遠慮せずに食ってくれ」

「食ってくれではない。後は全てお前の分だ」

「えー、こんなにあるのに?」

「作ったのはお前だ。さあ、たんと食え」

「仕方がない。じゃあ、食うかー」

 ギルは気合いを入れると、スープを口に運んだ。

 結局ヒラコニアも手伝い、二人で一心不乱に食べ続けたため、食事はあっという間に終わった。

 膨らんだ腹をさすりながら、ヒラコニアが口を開く。

「…おかしいな。食事会というのは、もっとこう、優雅なものだと思っていたのだが…」

「何だ、それ。まるで初めて他人と飯を食ったみたいに…」

 はは、と笑いながらギルが言った。

 彼は、反論してこないヒラコニアを見て、

「本当に?」

「ああ。私はずっと一人で暮らしていたからな」

 ヒラコニアがぽつりと答えた。

「ずっとって、子供の頃はどうしてたんだよ。親がいただろう?」

「親の記憶はない。物心ついたときにはもう一人だった…。何年かに一度、いや、ひどいときには数ヶ月で場所を変えていたから、どこで生まれたのかもよく覚えていない」

 ヒラコニアはそう言って、テーブルの上に顔を伏せた。

「…何、お前、泣いてんの?」

「うるさい。まずい飯しかつくれないくせに」

「仕方ないだろ? 飯作ったのなんて初めてだったんだから」

「まずかったぞ」

「分かったって」

「本当にまずかった」

「はいはい、すまん、すまん」

「苦かったし…、へんなにおいもした。でも…」

「ヒラコニア?」

 ヒラコニアは両手で顔を覆ったが、唇から漏れる嗚咽を止めることはできなかった。

「温かくて、楽しくて…。そうか。これがおいしい、ということなのか」

「…食卓を囲むっていうのはそういうもんだよ。俺も…、母親を亡くして以来だが」

「誘ってくれてありがとうな、ギル」

 ヒラコニアの呟きに、ギルは「別にいいさ」と答えた。

 二人が出会って、わずかに二日目の晩のことだった。


 それから、ヒラコニアとギルは、毎日の夕食を一緒にとることになった。

 材料を調達するのはギルで、それを調理するのがヒラコニアの仕事だった。

 食卓はいつもにぎやかだった。会話の多くは、その日、互いに起きたことの報告だったが、時折なされるギルの都話に、ヒラコニアは目を輝かせた。

 そんな日々が二十日ほど続いたある日のこと―、

 ヒラコニアの家の扉を叩く者があった。

「ギル、どうした? ついにノックを覚えたのか?」

 軽口を叩きながら扉を開けたヒラコニアだったが、そこに立っていたのはギルではなく、二人組の男だった。

 男達はそろいの制服を身につけていた。胸元に刺繍された大鷲のエンブレムを見て、ヒラコニアは表情を硬く、息を呑んだ。

 男達は国境警備の騎士だった。

 人の気配を感じ、ヒラコニアが男達の後方、森の中に視線をやると、そこには二十を超す騎士の姿があった。

「な、何者だ、お前らは」

 ヒラコニアは問いかけるが、男達は答えなかった。

 彼らは、手に持った人相書きとヒラコニアを見比べると、目配せをした。

 男の一人が口を開く。

「超越の魔女だな? 神の力を盗用した罪で逮捕す」

 男の言葉が終わらぬうちに、ヒラコニアは力を解放した。頭の奥で、意識を失った男達の姿をイメージし、それを視線に乗せる。深呼吸をするようにゆっくりとまばたきすると、二人組の男達は気を失って倒れた。

「おのれ、魔女め!」

 森の中から現れた騎士達に向かって、彼女は視線を投げた。二十数名の騎士達が、唐突に意識を失い、気絶する。

「ついに見つかったか…」

「やっぱり魔女だったのか」

「!」

 ヒラコニアが森の奥に視線をやると、倒れた騎士達の背後からギルが現れた。

 彼は落ちていた人相書きを拾いあげると、それをヒラコニアに示した。

「しかも超越の魔女とはね。噂には聞いたことがあったが、まさか実在したとは…。なあ、エリオ帝国の魔法部隊を全滅させたっていうのは本当なのか?」

「私は誰も殺していない」

 奥歯を噛みしめ、ヒラコニアは言った。

「ふーん。まあ、どうでもいいけど」

 ギルはそう言うと人相書きを握りつぶすと、「それより、今日の晩飯のことなんだが、すまん。何も捕れなかったから、お前んとこの野菜を食わしてくれ」

「な、何だと!?」

「いや、本当は兎を捕まえたんだが、まだ子供でな。ちょっとかわいそうになって、逃がしたんだ」

「そんなことを訊いているのではない!」

 ヒラコニアは苛立ち、叫んだ。

「怒るなよ。別に大した問題じゃないだろ。魔女とかどうとかさ…。そもそも、うすうす気付いてたし」

「気付いていた、だと?」

「そりゃ気付くさ。こんな森の中に女の子が一人で暮らしてるなんて不自然だろう」

「不自然…なのか? でも、私はいつもこうやって一人で」

「だからすぐに見つかって、引っ越しを繰り返すことになるんだよ。むしろ都市で暮らしてた方が見つかりにくいのに」

「そうなのか?」

「木を隠すには森の中っていうだろ?」

「そんな言葉は知らない」

「あっそ」

 ギルバートはがっくりと頭を垂れた後、ヒラコニアに尋ねた。

「…以前、猛獣が出るのか、と尋ねたことを覚えているか?」

「覚えている。お前と初めて会った日のことだ」

「そうだ。俺の問いに、お前は、『今は出ない』と答えた」

「…翼竜がいたのだ。でも、村の者が襲われて困っていたから、私が退治した。人知れずこっそりやったつもりだったが、魔法を使うところを村人に見られたらしい。それが村人がいない原因だ」

「翼竜のせい…、じゃ、ないのか」

「私の正体を知った村人達は、三日と経たぬ間に村を捨てて逃げ出した。翼竜が出ても逃げなかったのに、この私はよほど恐ろしかったらしい」

「ここにはいつから?」

「三年ほど前からだ。途中、何度か村人に姿を見られたこともあったが、その度に記憶を消してしのいだ。翼竜のことがあるまではそれで何とかなっていた」

ヒラコニアは両手で瞼を押さえたが、涙は指の隙間から床へと落下した。

「それは…、辛かったな」

「村人全員の記憶を消そうかとも思った。でも、記憶を消して、今までどおり一人ひっそりと生きることにどれほどの意味があるのか、私にはもう分からなかった」

「ヒラコニア…」

「ずっとこうだ。同じことの繰り返し。騎士や魔法実践者達に追われ、それ以外の人間には逃げられる。私はずっと一人で、友人がいたこともない」

 ヒラコニアの言葉を遮るように、ギルが彼女の頭に手を乗せる。

「友人はいるだろ。今は」

「…お前、私が恐ろしくないのか」

「うーん、あんまりピンと来ないんだよな。母親が魔女だったせいもあるのかもしれんが」

「魔女? お前の母親は魔女だったのか?」

「ああ。親父は知らないだろうが。それに…、お前は俺の知り合いによく似てるんだ。そいつもひどく孤独を恐れてる。いや、おびえてると言ったほうがいいか」

「どんな奴だ?」

 しゃっくりをしながらヒラコニアが尋ねる。

 ギルは、「そうだなあ」とぼんやり虚空を眺めた後、「地位も名誉も力も金も手に入れた奴で、慕ってくれる人間は大勢いるんだが、馬鹿を言い合える友人には恵まれなかった…みたいな感じかな」

「贅沢な奴だな」

「そうだな。でも、ふざけたり、馬鹿話がしたいんだよ。性分というのかな? 堅苦しいのが嫌いで、いっつも自由になりたいと考えてる…」

「詳しいな」

「よく知ってる奴なんだ。だからこそ、友人にはなれないんだが」

「何故だ? 馬鹿話をするなら、お前が適任だと思うが」

「そうか?」

「うん。少なくとも私は、お前の馬鹿話が好きだぞ」

「そうか…」

 ギルは口の端を持ち上げて、満足そうに目を閉じた。

「ギル?」

「いや、なんでもない。じゃあ、今度会ったときに友達になろうって誘ってみようぜ。俺らで」

「私も?」

「そうだよ。何で、そんなびっくりするかな」

「そうだな、うん。私も紹介してくれ」

「はいはい。今度会ったときにな」

「絶対だぞ」

「分かったって」

「約束だぞ」

「しつこい。とりあえず、今はこっちを何とかしようぜ」

 ギルは足元の男たちを見下ろして、「人相書きが出回ってるってことは、村の誰かがお前のことを話したんだろうなあ」

「通報者には報奨金がでるからな、無理もない。むしろ、遅かったくらいだ」

「逃げるか?」

「そうだな。ここに留まってはお前に迷惑がかかってしまうし」

 ヒラコニアは表情暗くうつむいた。しかし、ギルはひらひらと手を振ると、

「俺のことは別に気にしなくていいぞ。一緒に逃げるし。あ、カザマン共和国はどうだ? あそこは食い物がうまいと聞いたことがある」 

「…一緒に逃げる、だと?」

 信じられない、と面持ちでヒラコニアが問いかける。

「だってお前がいなくなったら飯に困るし」

「お前分かっているのか? 私はお尋ね者なんだぞ。それも大陸規模の」

「それは分かってる。超越、なんだろ」

「自分で名乗ったわけではない。周りが勝手に付けた二つ名だ」

 忌々しげにヒラコニアが言う。

「魔女の領域を超えた魔女か…。俺には神様のように見えたけど」

「神? 私のどこが」

「そう見えただけだ。それより、出発はいつにする? 早い方が良いんだろ」

「では、明日の朝、ここで待ち合わせをしよう」

「分かったよ。じゃあ、俺も準備をしてこっかなー」

 ギルはひらひらと手を振りながら、森の中へと姿を消した。


「その翌朝のことだった。ギルが…、自分の隊を率いて私を捕縛しに来たのは。今思えば、最初に現れた国境警備の騎士たちも、あいつの差し金だったのだろう…。驚いたよ。逃げる準備していた私の前に、剣を手にしたギルが現れたのだから」

「ヒラコニア、もういいよ…」

 アシルは声を絞り出して言った。

 しかし、ヒラコニアは黙らない。

「愚かしいことだ。私は、この槍が貫かれる瞬間まで、ギルのことを信じていたのだから」

「もういいって、もう止めてよ、ヒラコニア!」

 アシルの声が独房に響く。

 ヒラコニアは寂しげに微笑んだ。

「信じたくなければ信じなくて良い。兄を慕うお前には酷な話だろうから」

「……だから、なの?」

「うん?」

「一人が怖いから…、だから君はこの監獄から逃げないの? ここに居れば見張りがいるから、だから」

「考えすぎだ」

「君がこの独房の中でも魔法が使えることは分かってるんだ。クリフを気絶させたのだって」

「好き好んで投獄される人間がどこにいる?」

 ヒラコニアは静かに言った。

「僕が」

 アシルは拳を握りしめた。「僕が君の友人に」

「もういい」

 ヒラコニアはアシルの声を遮って言った。「やめてくれ。それ以上は言わないでくれ。その言葉にすがって、お前に裏切られたとき、私はもう…」

 ヒラコニアは苦しげに言った。

「…また来るよ」

「もう来ないでくれ」

 ヒラコニアの嘆願にアシルは返事をしなかった。

 監獄の外は、夜のとばりが降りていた。

 その中をアシルは城へと急ぐ。

(いくら魔女だからって、なんて卑怯なことを!)

 城に到着するなり、アシルはギルバートの部屋へと向かった。

 ノックもせずに、扉を開く。

「兄様!」

「どした? 血相変えて」

 ギルバートは在室だった。彼は、魔法書を手にして、本棚の前に立っている。

「ヒラコニアを騙したのですか!?」

 アシルは単刀直入に尋ねた。ギルバートはあっさりと頷いた。

「それがどうした?」

 アシルは、すぐにギルバートの発言を受け入れることが出来なかった。彼は、心のどこかでギルバートが否定することを期待していたのだ。

「なぜです!? 騙し討ちなど、我が国において最も忌避される行為ではありませんか!」

「なぜって、それが一番確実な方法だったからだけど」

「魔女を捕まえるのがそんなに大切なことですか!? オルセンの、自分の信念よりも!?」

「うーん。信念というか、国のためなんだがな」

 ギルバートは頬を掻いた。

「オルセンのため?」

「他国より先に魔女の秘術を聞き出しとかないと、うちみたいな魔法実践者が少ない国は、あっという間に他国に飲み込まれるからな」

「…本当に秘術なんてあるんでしょうか?」

「どういう意味だ?」

 ギルバートが視線鋭くアシルを見据える。

「ヒラコニアが言っていました。彼女は生まれてから一度も祝詞を詠唱したことがないって」

「そんなわけがない」

 ギルバートは魔法書を本棚に戻しながら、「祝詞を読み上げ、秘術を実践したからこそ、あんなに大きな力を手に入れたんだ」

「別の考え方はできないのでしょうか?」

「別の考え方?」

「僕は…、彼女ら魔女が、神の化身ではないかと思っています」

「…化身?」

「生まれつき神と同じ力を宿した人間…。それが魔女なのではないでしょうか」

「アシル」

「分かっています。これが教義に反することぐらい。でも、そう考えれば、彼女たちが祝詞を詠唱することなく魔法を実践できる説明がつきます」

「落ち着きなよ、アシル。廊下まで聞こえてるぞ」

「クリフ…」

 アシルが振り返ると、開けっ放しの扉の向こうにクリフが立っていた。

「君、一体どうしたんだい? ギルバート様に反抗するなんて」

「反抗だなんて、僕はただ自分の思っていることを言っただけで」

「前から思っていたんだけどさ、アシル。君ってちょっと素直すぎるよ。第二とは言え、王位継承者なんだからもっと大人にならなくちゃ」

「どういうことだよ」

 アシルは語気を強めた。

「騙し討ちを許さないと怒ってみたり、魔女の言葉を信じてみたり…。拷問のことだってそうさ。君はオルセンでは拷問が禁止されていると思っているようだけど、実際は…」

 クリフはそこまで言うと、ギルバートの顔色をうかがった。

 ギルバートは表情を変えることなく、ただ、「まあ、建前はな」と言った。

「拷問…、したのですか? ヒラコニアを」

「…」

 ギルバートは答えない。彼は静かに腕組みをすると、アシルから視線を外した。

「そんな…!」

 アシルは息を呑み、ギルバートの部屋を飛び出すと、再び監獄へと向かった。



読んでくださり、ありがとうございます。

お気に入りに登録してくださった方、ポイントをつけてくださった方、

ありがとうございます。


そろそろ物語りも終盤に近づいてきました。

今週中にはすべて投稿する予定です。

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