第一章 帰還
1 帰還
羽馬の騎士隊がオルセン王国に帰還したのは、出発から40日後の朝のことだった。
オルセン城の空中庭園に羽馬の大隊が舞い降りたとき、アシル・オルセンは、自分の隊を率いてそれを迎えた。
騎士隊の隊長が馬から降り、背負っている剣を抜く。彼は、顔の前で剣を静止させると、隊員全員の無事を告げた。
報告を受け、アシルと出迎えの騎士達が表情を緩める。
剣を収めた隊長にアシルは近づく。
「兄様」
「よう、留守番お疲れさん」
隊長はアシルの兄で、ギルバート・オルセンといった。年齢は十九。甲冑の兜を取ると、栗色の髪の毛と鳶色の瞳があらわになった。
「留守中、変わりはなかったか?」
「ええ、大丈夫です。城下で目立った犯罪は起きませんでしたし、小麦の収穫も上手くいきました。それにメイスとの国境も破られたとは聞きませんし…、あとラティオも元気です」
ラティオというのは、少し前に産まれたアシルの弟の名前だった。
「ずいぶん大きくなっただろうなぁ」
「だんだん泣き声が大きくなってきました。それよりも、兄様。お怪我などされませんでしたか?」
アシルはそう言って、ギルバートの体を眺めた。しかし、身体を覆う甲冑により、その下をうかがうことは出来ない。
「何とか無事だよ」
「それは良かったです。しかし、本当に我が国にあの『超越の魔女』が潜んでいたなんて、僕は今でも信じられません」
「なあ、怖いよな」
「ねえ、まじょは?」
二人の間に子供の声が割って入る。
アシルが振り返ると、プラチナブロンドの少女が立っていた。アシルと同じ髪色をした少女は、アシルの妹、マリーベルだった。その後方には彼女の召使いの姿。アシルの視線に気付いた召使いは、申し訳ありません、と頭を下げた。
「外に出ないよう母様に言われてなかったか?」
「ねえ、まじょは?」
アシルの言葉を無視して、マリーベルはギルバートに近づいた。
彼女は抱っこしろ、と両手を上げる。
「ここにはいないよ」
マリーベルを抱き上げながらギルバートが答えた。
「良い子にしてたか?マリー」
「まじょ、どうしていないの?」
マリーベルはギルバートの問いには答えず、帰還を果たした騎士達を眺めて、
「まじょ、しんだの?」
「生きてるよ。カーウの監獄に置いてきたんだ」
「カーウ?」
「カーウだよ。ほら、去年、王が―…、父様がキツネ狩りをした近く」
アシルが言うと、マリーベルは、首を傾げて、「キツネ…」と呟いた。
「覚えてない?」
「まじょ、どうしてキツネのところにいるの?」
「そこに監獄があるからさ。監獄は分かる?悪いことをした人を閉じこめておくところで」
「それはしってる。ろうやのことでしょう?」
マリーベルはそう言って、地面を指さした。
「ああ、城の地下牢のこと?」
「なんでおしろに来ないの? マリー、まじょ、見たかったのに」
マリーベルは唇を尖らせた。
「城の地下牢じゃもたないんだ。とても力の強い魔女だから」
ギルバートがマリーベルを地面に下ろす。
納得がいかないのか、マリーベルはギルバートを見上げて、
「でも、ギル兄様の方が強いのでしょう?」
「それは当然だよ。何せ、兄様が魔女を捕まえたのだから。ねえ、兄様」
アシルがギルバートを見上げる。
「まあ、運が良かったからなぁ」
「またご謙遜を」
「いや、謙遜じゃなくて。でも、まあ、いいや、面倒だし。さて…、そろそろ王に会ってくるかな」
王というのは、アシルとギルバートそれにマリーベルの父親だった。
ギルバートは、帰還の報告をするために王に謁見しなければならなかった。
城へ向かおうとしたギルバートを、アシルが呼び止める。
「兄様、晩餐の後に、お部屋にうかがってもよろしいでしょうか?」
「…そりゃあ構わんが……、何で?」
「少し相談に乗っていただきたいことがあるのです。お忙しいのであれば日を改めますが…」
「相談ね…。いいよ。報告やら何やらですぐに戻れるか分からんが、夕食後に俺の部屋で待ってろ」
ギルバートはマントをなびかせ城へと向かった。二名の従者がその後を付いていく。
「ありがとうございます、兄様」
ギルバートの言葉にアシルは頭を下げた。
プロ志望です。
完結している作品なので、各章の投稿は早めにできると思います。
つたない小説ですが、感想等よろしくお願いします。