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第八話 初戦闘

「さて……そろそろ顔を出しても良いんじゃないか?」


 男を尾行する事十数分。既にオートヒールの効果は切れていたものの、再びオートヒールを使用する為には発動から2時間のウェイトタイムを要する為、まだまだ再使用する事が出来ない。

 そんな状況の中、明らかに人通りの少ない裏路地に入った辺りで男は立ち止まり、そんな言葉を発した。

 こちらを向いた訳ではないものの、明らかにそれは俺に対して発した言葉だった。

 特に隠密系のスキルを使った訳ではないものの、見つからない自信はあった。どこかで相手はプレイヤーには敵わないNPCだと見くびっていたのかもしれない。


「出て来ないなら、こっちにも考えがあるぞ」


 脅しの言葉としては陳腐なものだが、いきなり事を荒立てるのは本意ではない。

 仕方ない。出て行くか……


「お前は、さっき店にいた……」


 俺がゆっくりと隠れていた木箱の裏から出て行くと、男は驚いた様な表情を浮かべた。

 それはそうだろう。多少は怪しい動きをしたかもしれないが、どちらかと言えば俺は目立たない顔立ちをしている方だし、あまり警戒されていなかったと言う自負もある。

 とは言え、向こうもやましい気持ちがあるからこそ周囲には警戒していただろうし、だからこそこうして気付かれたんだろう。


「一応聞いておこう。何の為に俺を尾行していた?」


 他にも思い当たる節があるのかどうかは分からないが、言い振りからすると検討はつけているんだろう。なら、誤魔化すよりもさっさと交渉に入った方が早い。


「野菜の価格に関して調べてる。って言えば伝わるかな?」

「まあそうだろうな。で、どこまで掴んでる?」

「それに答えると思うか?」


 と、お互い疑問符で言葉を投げ合う。


「それもそうか。だが、答えた方が身の為だと思うぞ」


 前半は淡々とした口調で、後半はどこか楽しげな口調。

 ニヤリと口の端を上げた様子を見ると、何となく背中がゾクリとする。

 こいつは、色んな意味で危険人物だ。と俺の予感が告げている。


「もし仮にあんたの質問に答えたら、見逃してくれたりするのかね?」

「……それも一興かもな」


 うん。逃がす気はなさそうだな。

 とは言え、周囲に味方が隠れてる様な気配は感じない。余程自分の腕に実力があるのだろうか。

 やっぱりプレイヤーなのか……?


「そうだな……一つ、賭けをしないか?」

「賭けだと?」


 俺の唐突な提案に、男はどうやら興味を示した様だ。

 これは、早急に今回のクエストを達成する為の一手だ。


「ああ。どうやらあんたは自分の腕に自信があるみたいだし、俺を逃がす気もない。こっちとしても、早く今回の件が片付くならそれに越した事はない訳だ」

「何が言いたい?」

「だから、俺とあんたが勝負をする。俺が勝ったら、()()であるあんたは今後一切市場への関与を止める。あんたが勝ったら、俺はあんたの下でタダ働きをしたって良いし、身包みを剥いで貰っても構わない。どうだ?」


 この男が黒幕である可能性は決して高くないが、敢えてそう口にした。

 タダ働きや身包み云々は、負けた時に殺されない様にする為の口上だ。ゲーム内では死ぬ事はなかったが、現実ならそうはいかない訳だし……


「面白い。随分と自信がある様だな。だが……俺がその話に乗ってやる義理はないな」

「分かってるさ。それに、今あんたが俺の話に応じても、それを守る保障もないしな」

「分かってるじゃないか」

「それでもだ。あんたが口約束でも俺の話に乗ってくれれば、俺のやる気が出るだろう?」


 そう言って、俺は出来る限り不適な笑みを浮かべる。


「それこそ、俺の知った事じゃないな」

「そう言うなって。それとも、負けるのが怖いのか?」


 安い挑発だ。だけど、俺が思うにこの手のタイプは簡単な挑発にも乗るタイプだ。


「良いだろう。その話、乗ってやる。だが後悔するなよ!」


 掛かった!

 歓喜の余り叫びそうになったが、言葉尻と同時にこっちに向かって男が跳躍してきた為それを飲み込む。

 パッと見た感じ武器らしい物は持っていなさそうだから、徒手空拳で戦うタイプなんだろう。

 自分の身体とは思えない程軽やかに、俺は男の振るった拳をかわした。

 一度距離を取り、男の様子を窺う。

 向こうは体勢と整え、再びこちらに向かってこようとしていた。

 ……さて。これが最初の戦闘か。気合入れていくかな!


「ブースト!」


 再度の跳躍と同時に、男が叫ぶ様に声をあげた。

 肉体強化スキルであるブーストは、近接戦闘を行なうジョブなら大抵使用出来るスキルだ。

 その効果は筋力を主にした近接戦闘に関するステータスを一定時間1.2倍にすると言うもの。

 ブーストを利用しての急な方向転換で俺の背後へと回る男だったが、どうやら根本的に俺のステータスを大きく下回っているらしい。

 その動きを目で追う事は勿論、対応するのも簡単だった。

 男がさっきまでいた位置へと跳んで、男の攻撃を避ける。まだこちらからは攻撃しない。

 男は俺の動きを捉えきれなかったらしく、少し間を置いて俺の位置に気付き驚愕の表情を浮かべた。


「……大した速さだな」


 強がりか本気かは分からないが、言葉だけ取れば俺がスピードには自信があるとでも思ったのだろうか。

 こっちから仕掛けてない以上、そう考えられなくもないが……

 本気だとしたら、相手の力量を読む能力には欠けている様だ。

 しかしまあ……

 やっぱりプレイヤーじゃないみたいだな。低レベルのプレイヤーならステータス的には有り得るかもしれないけど、そうだとしてもあんな自信は持たないだろう。


「だが、これは避けられるかな……ミラージュ!」


 拳闘士(ファイター)系の専用スキル、ミラージュ。光を放つエフェクトと同時に多数の分身を生み出し、同時に敵に攻撃を仕掛けるスキルだ。分身は攻撃を受ければどんなに弱い攻撃でも一撃で消滅してしまうが、攻撃力はスキル使用者の半分と言う結構優れたスキルだ。分身の数は使用者のジョブとそのレベルによって変動する。

 そして現れた分身は一体。はっきり言って話にならない。


「エアープリズン」


 その名の通り空気の檻を作り出すスキルで、俺から見て右手にいる方を捕らえる。対象に出来るのは一人だが、その生成スピードは魔法系スキルの中でも随一。捕獲時間は5秒と短めなものの、檻自体にも攻撃能力があり触れた相手にダメージを与える事が出来る。威力は低いけど。

 捕らえた相手は分身だったらしく、檻に触れた途端に消滅した。それに気付いた男は一瞬驚愕の表情を浮かべたが、もう止まる事は出来ないだろう。

 その判断は正しく、男はそのまま俺に殴りかかってきた。その間は僅か3秒程度だろうか。次のスキルを発動する暇はない。このまま迎撃するならば――


「よっと」


 軽く声を出しながら、俺は男の攻撃を難なくかわす。

 どんなスキルを発動しても、発動後5秒間は次のスキルを発動する事は出来ない。男が俺の立ち位置に到達するまで約3秒。男の攻撃をかわして、次のスキルの照準を合わせるまでに約2秒。秒数は感覚でしかないものの、何故か使用出来るという感覚はある。


「ハウリング」


 俺がスキル名を口にするのとほぼ同時に、男は俺へと視線を向けた。しかし俺のスキルを避ける余裕はない。

 発動したスキルは魔法系スキルで、幻術の類いだ。対象に羽虫の大群が耳元にいるかの様な幻聴を聴かせ、更には脳へと衝撃(この威力は低い)を与える事で気絶させる。近いレベルの相手には成功率が低いが、この男になら十分な効果が期待出来るだろう。


「ぅっ……」


 俺の推測は正しく、男は呻き声をあげその場に倒れ込んだ。

 思った以上に呆気なかったな。戦闘への恐怖も、忌避感もないままに初めての戦闘は勝利を迎えた。

 自分自身がどうかしてしまった様な気もするが、その事への特別な感情も湧いてこない。


「……今はこいつを何とかするか」


 今はやる事がある。戦闘が長引かなくて助かった。


「言霊の血判書」


 俺が新たにスキルを発動すると、目の前に一枚の羊皮紙が現れた。ふわふわと浮かぶその紙を掴むと、脳内に契約を交わす内容を求める声が響いた。その声は低い男の様な声で、元々の設定からすると悪魔と言う事になる。

 悪魔との契約と考えると多少怖いものもあるが、今回は俺にデメリットがない状態だから問題ない。

 本来ならば契約系のスキルはその場で交わさなければならないが、天地創造で創り出した言霊の血判書は過去10分以内に交わされた言葉を契約として確立する事が出来る。ゲーム上ではログから選択していたが、どうやら思い浮かべるだけで良いらしい。

 俺が男との会話を脳内に思い浮かべると、羊皮紙が一瞬光ったかと思うと倒れている男の元へと飛んで行き、その体内へと吸い込まれる様に消えていった。

 契約は成された。そんな悪魔の言葉が脳内に聞こえ、言霊の血判書のスキル効果が終わった。

 多分、これで問題は解決するんじゃないだろうか。最初はこの男が黒幕だとは思わなかったものの、言動から察するにこいつが生産系のスキルを覚えたんじゃないかと思う。もし仮にスキル使用者が他にいたとしても、少なくともこいつはもう市場に関与する事が出来ない。

 明らかな解決には繋がらなかったのは残念だけど仕方ない。

 少しの間、様子を見る必要がありそうだな……

 そんな風に思考を纏めて、長居は無用だと判断しこの場から立ち去る事にした……



 黒幕の可能性がある男を倒した後、もう少し現状を把握しておこうと思い桜市場へと戻った。

 途中匂いに釣られて焼き鳥の屋台へと吸い込まれる様に足を運び、そう言えばもう昼を過ぎていると数本の焼き鳥を食べながら思い至った。

 そりゃあ腹も減るわけだ。

 満腹とはいかないがとりあえず空腹感をなくしてから戻った市場で、今度は個人商店も踏まえて色々と聞き込みを入れた。

 俺が適当に調べただけで黒幕(?)に近付けただけあって、今回の件は結構話が広まっていた。原因はワルツ連合商店にあると皆感じてはいたが、品質に決定的な問題がある訳ではなく消費者にとってはプラスに考えられ、販売側の様に問題視はされていなかった。

 当然と言えば当然か……

 ワルツ連合商店の様子を簡単に探ってみたが、これ以上事態が進展する様子もない為引き上げる事にした。


「まあ、また明日ここに来るとしてだ……」


 そんなぼやきを挟みつつ、これからどうするか考える。

 一度ラック商会の本社に足を運んだ方が良いだろうけど、問題はその後だ。

 不思議なくらい疲れてないし、まだまだ日は高い訳で……


「塔にでも行ってみるか……?」


 そんな自問を口にする。

 ゲームと同じ様に階層をショートカットするワープポイントがあるのか、又あったとしてそれを現状で利用出来るのかも確認しておきたい。モンスターとの戦闘にも慣れる必要があるだろうから、どちらにせよ最初は下層からきちんと攻略するべきかもしれないけど。


「ともあれ、まずはラックに会いに行くかな」


 そう結論付けて、今度はラック商会の本社へと向かう。

 そう時間をかけずに到着したものの、ラックが出かけている可能性もあるんだと今更気が付く。

 まあ大丈夫だろう。いなかったらその時また考えれば良いさ!

 と、勢い良くラック商会本社の扉を開く。

 そう言えば、ここのセキュリティーがちょっと心配だ。とどうでも良い事を考えながら中に入り、最初に足を運んだ時の様に声を上げる。


「すいませーん!」

「はいはい、今行きますよー」


 そんな軽い言葉を返してきたのは、声から察するにラック本人だ。

 案の定、今回は2階から降りてきて姿を現したのはラックだった。


「クロウさんじゃないですか。どうしたんですか?」

「どうしたんですかじゃないでしょう。今現在俺がここに来る理由なんて、一つしかないじゃないですか」

「それもそうですね」


 そう答えて苦笑するラック。


「それで、どうしたんですか? 何か困った事でも?」

「困った事って言うか、一応進展があったんでその報告と今後について話そうと思いまして」

「え! もう何か分かったんですか?」

「はい。運良く黒幕っぽい男を市場で見つけんですよ」

「それで、どうなったんですか?」


 進展があったという俺の言葉から、見つけただけとは思わなかったのだろう。ラックはやや身を乗り出す様に問いかけてきた。


「とりあえず、どこか腰を落ち着かせたいんですけど」

「あ……そうですね。失礼しました」


 別に立ったままここで話しても良いんだけど、出入り口じゃあいつ誰が入って来るか分からない。


「それでは、さっきと同じ部屋で話をしましょう」

「分かりました」


 さっきと同じ部屋へと案内され、俺は経緯を話した。

 ラックはかなり驚いていたが、俺と同じく様子を見る方向で良いのではないかと判断し俺の提案に頷いた。


「それじゃあ、他の店舗への連絡等はお願いしますね」

「ええ。クロウさんも、ワルツ連合商会はお願いします」


 それ程時間をかける事もなく、俺達はそう会話を切り上げた。

 きちんと結果が出ると良いんだけど……

 なんて考えながら、俺はラック商会を後にした。

 当作品を読んで頂きありがとうございます。

 不定期に行なっていた修正作業が終了致しました。

 遅筆ながらきちんと書き進めています。修正前に後書きで書いた通り、次回の更新は新年明けてからを予定しています。

 稚拙な作品ではありますが、見捨てずに頂ければ幸いです。

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