第七話 ラック商会
目的の場所には簡単に辿り着いた。と言うか、輪狐通りを道なりに歩いたら通りに面した場所にあったし。これで迷う様な方向音痴ではない。
店名はラック商店だったけど、会社としての名前はラック商会らしい。
ラック商会はレンガ造りの3階建てで、余り幅はなく奥行きはある感じの建物だ。
「失礼しまーす」
木製の扉を開けながらそう言って中に入ると、奥へと伸びる通路が一本目に入ってきた。その両脇には扉がある。左側には二つ。右側には一つ。右側には多分トイレがあり、その奥に階段があるっぽい。
「今行きまーす」
少し遅れて、奥からそんな声が聞こえてきた。多分どこかの部屋から返事をしてきたのだろう。
とりあえず待ってれば良いのかな?
なんて考えた次の瞬間には、右側の部屋の扉が開き中から一人の男が姿を現した。
中肉中背で、特に印象のない平々凡々な容姿の男だ。まだ結構若く見える。30歳には届いてなさそうだ。
「お待たせしました。ラック商会社長のラックです。貴方は……?」
こいつがラックか。社長って考えると本当に若いよな……
「先程商店の方から連絡が行ったと思います。冒険者のクロウと言います。よろしくお願いします」
そう言って、俺は右手を前に出す。ラックは俺の手を取り、握手を交わす。
「ここでお話しするのも何ですから、どうぞこちらへ」
と言い、奥へと歩き出すラック。
てっきり出て来た直ぐ右側の部屋に入るのかと思いきや、反対側の部屋に案内された。
「さて。私に話があるそうですが、一体どの様な御用件でしょうか?」
店員のあんちゃんからどこまで話を聞いたのか分からないが、ラックはそんな風に聞いてきた。
直球な物言い自体には好感を持てるし、俺も変化球ではなく直球で返すべきだろう。
「野菜の価格暴落についてです。私はある農家からその調査と解決を依頼されています」
「なるほど。それで?」
「簡単にですが市場を見た所、ラック商会さんが一番被害を受けているんじゃないかと思いまして。協力体制を取れたらと思い声をかけさせて貰いました」
「……まだ若いのに、大した観察眼だ」
自分だってまだ若いだろうに、心なしか老け込んだ様な苦笑を浮かべるラック。
「しかし、もし私が被害者ではなく加害者と言える様な立場だったらどうするつもりですか?」
「現状で利益を減らしてまで被害者を装う必要が感じられません。装うとしても、もっとグレーゾーンに近い感じにするでしょう。もし仮に貴方が加害者側だったとしても、今この場て私と敵対する様な真似は取らないでしょう。仮に襲われたとしても、突破する自信はありますけどね」
「ほぅ。腕っ節にも自信がある様ですね」
「ええ。そして今この場で敵対しないと言う事は、おそらく形の上では協力する態度を取るはずです。後は、どちらが相手を出し抜けるかの問題ですかね」
「そちらにも自信が?」
「……それなりには」
ラックの言葉に、俺は苦笑しながらそう答えるしかなかった。
自信がない訳じゃないが、それはスキルあっての事だ。ゲームとは違い、実際に上手く行くかどうかはまだ分からない。
「分かりました。貴方の提案を受け入れましょう」
今までの問答で、俺の提案を受け入れる決断を下したらしい。
「ありがとうございます。改めて、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
俺達は最初の時と同じ様に、しかし多少違った意味合いの笑みを浮かべながら握手を交わした……
ラックから一通り情報を得て、今後の方針を話し合った俺はラック商会の本社を出た。
次に向かう先は再び桜市場、ワルツ連合商店だ。
ラックからの情報で、ワルツ連合商店が原因だと言う事が分かった。
そもそもワルツ連合商店は新参者らしく、急に店舗を開いたかと思えばその衝撃の安値で客足を奪って行ったと言う。
怪しさ全開だ。
はっきり言って、NPCの生活を脅かす様な事が出来るのはプレイヤーしかいない。これがそう言うイベントだって言うならともかく、現実となった今はそう起こりえない事のはずだ。勿論全く有り得ないって訳じゃないだろうけど……
となると、俺の他にもプレイヤーが紛れ込んでるって事になる。
タワーオブバベルのプレイ中に人が消えたなんて話は聞いた事がないから、あくまでも状況的に可能性が高いってだけで確証は全くない。
そして、NPCを利用しているんじゃなければ、相手はギルドを設立している事になる。
ワルツ連合……そんなギルドは聞いた事はないけど、こっちの世界に来てから設立したのなら知らなくてもおかしくないし、そもそも全てのギルドを把握している訳でもない。
結局はもっと踏み込んでみないと相手の正体までは掴めない訳だ。
ただ問題がある。相手がプレイヤーだった場合の、そのレベルと人数だ。ギルドは一人でも設立は可能だから、ギルドを設立していたとしても相手が大人数だと決まった訳じゃない。けど、ソロでギルドを設立するメリットがない。
ただ逆に言えば、ギルドを設立し維持するだけの資金があると言う事だ。維持費用は今回の事件で儲けてるだろうから問題ないかもしれないけど……
大金を有していると言うのは、それだけで脅威に成り得る訳で……
「ああもう! 考えたって答えなんか出る訳ないし!」
異世界にトリップしたんだ。いくらゲームと同じ様な世界って言ったって自分の常識は当てはまらないのが普通。
悩むだけムダに思えてきた……
そもそも、市場に出店してるNPCの会社名を覚えてない俺が悪い気もしてきたし。
だって仕方ないんだ。
俺は確かに農場運営をしてたけど、市場への販売は行なっていなかったんだから。
俺が作った野菜は全て知り合いに売りつけていた。商売――と言うか儲ける事が大好きな奴で、俺の野菜はそいつが市場に卸すか自分で売っていた。つまり、俺は一切市場とは関与していないとはっきりと言っておきたい。
だからNPCの店名を覚えてなくてもおかしくはないんだよ。
うん。
なんて自己完結している内に、ワルツ連合商店の入り口前に辿り着いた。
「さて。ここからが勝負所だな」
すーはーと大きく深呼吸をする。
相手がもしプレイヤーなら、それこそ1日で解決する事も可能かもしれない。
そうじゃないならそれなりに期間が必要かもしれないし、それでも1日で解決出来るかもしれない。
「様は俺の実力次第! よし頑張れ俺!」
自分の両頬をビシビシと叩き気合を入れる。
よし行こう!
意を決して、俺は本日二度目。ワルツ連合商店へと足を踏み入れた。
店内へと足を踏み入れた俺は、荒事になった時の為にとまずはスキルを発動させておく。
「オートヒール」
小声で紡いだそのスキルは、一定時間受けるダメージを緩和しつつ、受けたダメージを回復すると言う素晴らしいスキルだ。当然緩和も回復も大きなものではない。ステータスが数値化されていないからその値も計算は出来ないが、ゲーム時での設定はダメージの1割を緩和。回復は毎秒HP1の回復だった。
効果の持続時間は10分。これは試しに計ったから間違いない。
問題は、効果が切れた後にダメージを受ける状況にならないかどうかだ。
まあ、そもそもダメージを受ける気はないんだけど……
何があるか分からないのが世の常だしね。念には念を。無意味にならない事を祈ろう。
ん? いや、無意味になった方が安全なのか。
「そんな所でブツブツ呟いてると邪魔なんだが」
入り口付近で立ち止まっていたせいか、新しく入ったきた客にそんな事を言われた。
「あ、すいません」
反射的に謝って、少し横にずれて道を空ける。
ふん。と軽く鼻を鳴らし、空けた通路を進んで行ったのは若い男だった。
俺と大差ない背格好で、短い黒髪に黒い瞳。そのあまりの不自然のなさに、俺は逆に違和感を覚えた。
「……日本人?」
その見た目は、一般的な日本人のそれだ。俺にとっては見慣れた姿の相手だが、この世界で言えば珍しい容姿。
思わず、そんな風に声を漏らしてしまった。
おそらく男に俺の声は届いただろう。しかし全く反応せずに、そのままカウンターへと向かって行く。
珍しくはあるが、日本人っぽいキャラクターがいない訳じゃないだろうし……
もしかしてプレイヤーかとも思ったんだが、どうやら違った様だ。あいつが敢えて無反応を貫き通した訳じゃなければだけど。
どちらにせよ、何一つ商品を見る事なくカウンターへ向かった事を考えれば、今の男はこの店の関係者かもしれない。
そう考え、後を追ってみる。
近付き過ぎれば怪しく思われるかもしれないので、出来る限りカウンターに近い場所で野菜を物色する振りをして聞き耳を立てる。
「調子はどうだ?」
「相変わらずの好調ですよ。でも、本当にこんなに安く売って大丈夫なんですか?」
「心配するな。お前は言われた通りの価格で販売してれば良い」
「……分かりましたよ。こっちも儲けさせて貰ってる事ですし、文句はありませんよ」
何たる堂々とした密談だ。
と思わないでもないが、込み入った話をしている訳ではないし、会話の内容だけでは特におかしな点はない。
だが、あの日本人風の男が何かを知っている可能性は高いな。少なくとも、あの店員よりは真相に近い所にいるはずだ。
「明日には次の品を持って来れる。いつも通り頼むぞ」
「分かってますよ」
明日ね……
俺としては、このクエストは今日中に終わらせたい。普通に考えればそれは難しい事だが、俺の持つこの世界の知識と同じ様な理で世界が構成されているのなら、事の原因はスキルにあるはずだ。
ゲームであるタワーオブバベルの世界では、野菜を育てると言う行為は全てスキルによって実行されていた。それはプレイヤーだけであって、NPCはおそらくきちんと野菜を育てているのだろう。それでも魔法具のおかげで四季にとらわれない生産を可能にしていた。
おそらく今俺がいるこの世界でも似た様な物があるのだろう。それでも味に差が生まれるという事は、やはりきちんとした生産方法を取っているのだ。だからこそそれなりにコストがかかる。が、スキルを使えば簡単に野菜を作る事が出来る。その品質は基本一定だ。となれば、コストも下がり安価で売る事が出来る。
つまり、今回の黒幕には生産系のスキルを使える奴がいる。それがもしかしたら俺と同じプレイヤーなんじゃないか。そんな風に考えていたんだが……
もしかしたら、単にスキルを覚えたNPC――人間が現れただけかもしれない。
その結論は現段階ではまだ出せないが……
「とりあえず、あいつの後を追ってみるかな」
気が付けば踵を返し、店から出て行こうとしていた日本人風の男。
俺はそんな呟きを漏らしながら、男の後を追う事にした。