第六話 桜市場
この回は旧二話分で短めです。
燕通りを真っ直ぐと歩き、中心街へと向かう。
中心街に入ったと判断するのは簡単で、直線である燕通りと弧を描く道とがぶつかればそこから先が中心街と呼ばれる区画だ。
輪狐通りと呼ばれるその通りは、塔を囲う様に円を描いている道だ。
俺は輪狐通りに入り街の南側を目指す。しばらく歩けば街の南側を縦断するメイン通り、飛獅子通りへと到着する。
そこから中心街へ入れば、直ぐ左手に桜市場と呼ばれる市場がある。
桜市場は全市場の中で規模は真ん中くらいだけど、その全てが食物類を扱っている市場で、食物類だけで言えば一番の規模を誇っている。
「市場って、結構迷い易いんだよなー」
広さと言うよりは、その混雑具合で。人の多さって意味は勿論、所狭しと店を出していたりするから目的の店を探すのはかなり大変だったりする。
確か野菜の販売スペースは西側だった気がする。何となく行ったり来たりしてる気分になる。
野菜の販売スペースには直ぐに辿り着いた。このスペースは個人での販売スペースじゃなくて、会社やギルドでの販売スペースだ。
そのスペースは5店舗分。元々2店舗はNPCの販売会社が持つスペースで、3店舗がプレイヤーギルドによるスペースだった。
今開かれているのは4店舗。ちゃんと空きのスペースもある。
それはそれとして、NPCであるミルクちゃんの親父さんが卸していたとなると、元々NPC用の会社だろう。
取引相手の名前も聞いておくんだったな……
と、今更後悔しても遅い。まずは様子見だ。
こうしたスペースはきちんと店として存在していて、それぞれ建物がある。個人用の販売スペースは露天商みたいな感じだけど。
先ずは一番左側の店。ラック商店と看板の掲げられた店に入ってみる。
店内はスーパーみたいに広い訳じゃなく、個人商店くらいの広さだけど、野菜だけとは言えそれなりに量が置かれている。
今更かもしれないけど、この世界にある食材は日本にある物ばかりだ。キャラクター名に食べ物の名前を付けたりしているせいか、料理名とかは変わっている場合もあるが、文字が日本語なのと同じ様にベースは日本。元々塔攻略以外の生活方法はおまけみたいな物で、こだわりの欠片もない適当な感じだ。この辺りは賛否両論あったけど、正直個人的にはどうでも良い部分だったりする。
ゲームではなく現実となった今は、分かり易くて助かってるけど。
「それはそれとして、相場が分からないな……」
大体どの野菜も、幾つか数を纏めて銅貨1枚で売られている。後で他も覗いてはみるけど、多分それ自体は変わらないだろう。問題は、その内容量だろう。
全部を見るのは大変だし覚えきれない為、ニンジンとじゃがいも、レタスの内容量を確認しておく。
ニンジン3本で銅貨1枚。じゃがいも5個で銅貨1枚。レタスは1玉で銅貨1枚。
よし覚えた。それじゃあ次の店に行ってみようかな。
当然何も買わずに店を出る。まずは全部の店を確認して、一番怪しくなさそうな所から聞き込みだな。
そんな事を考えながら、隣りの店の看板を確認するべくやや見上げる。
キャット野菜販売店。そんな看板が目に入ってきた。
まあツッコミは入れないでおこう。
そう心に決めて、俺はキャット野菜販売店へと足を踏み入れた。
店内の様子はラック商店とそう大差はない。
売ってる物もそんなに違いはない。
問題はやっぱり値段か……
と、目当ての野菜を探す。広くない店内だし、直ぐに見つける事が出来た。
まずはニンジン。何と5本で銅貨1枚。
そしてじゃがいも。8個で銅貨1枚。
レタス。これは変わらず1玉で銅貨1枚。
どうやら全ての野菜で落差が出てる訳じゃない様だ。
少なくともラック商店よりは怪しいけど、まだ何とも言えない。次も見てみないと。
キャット野菜販売店を出て、隣りの店に入る。今度は野菜専門店・ナノハナと言う店だ。
ここでも直ぐに目当ての野菜を見つける。
ニンジン。4本で銅貨1枚。
じゃがいも。5個で銅貨1枚。
レタス。1玉半で銅貨1枚。
これはあれだ。生産者との都合とかでも値段が変わるんだな。何を安く売れるのかが店によって違うから、3品くらいじゃあ判断が難しいかもしれない。
……いいや頑張るし!
自分の気持ちを奮い立たせ、次の店に向かう。次でとりあえず最後だ。
ワルツ連合商店。そう看板が掲げられた店に入る。
店内の様子はやっぱり一緒だ。だけど、並べられている野菜の値段を見て俺は驚いた。
ニンジン。8本で銅貨1枚。
じゃがいも。10個で銅貨1枚。
レタス。2玉で銅貨1枚。
ラック商店と比べれば全て半額だ。これは驚かずにはいられないって!
とりあえず、一番の白はラック商店か……
そう判断して、ワルツ連合商店を後にしてラック商店に戻る。
改めて見ると客の数は一番少ない。と言うか俺の他には一人しかいない。いくら買い物客が集まる時間帯じゃないとは言え、他の店はまだもう少し人いたぞ……
「すいません」
何の商品も持たずにレジにいる店員に声をかけると、店番らしきあんちゃんは訝しげな表情をこちらに向けてきた。
「何でしょう?」
それでもきちんと対応してきたのは偉い。
「この店で一番偉い人と話がしたいんですけど」
とりあえずストレートに聞いてみた。
「そう言われましても……」
「私は今回の件を調べている冒険者です。きっと、この店の力にもなれると思うんですが」
と、それっぽく言ってみる。
「……確認してみます」
流石。この状態でも店に残っているだけの事はある。きっとこの店が好きなんだろう。
好青年じゃん。と、心の中で勝手に思ってみたり。
そんな事を考えている間に、青年は店の奥へと引っ込んで行った。
そして待つ事数分。青年が戻って来て口を開いた。
「お会いになるそうです。ただ、社長はここではなく別の場所にいるので、そちらに行って貰えますか?」
いきなり押しかけておいて、そっちから出向けとは言いませんとも。
「大丈夫です。それで、その場所は?」
「本社です。場所はこの紙に書いたので参考にして下さい」
1枚の紙を手渡された。その紙を開くと、南輪狐通り3-5と言う住所と、ここからの簡単な行き方が書かれた簡易地図が載っていた。
「ありがとうございます」
「いえ。応援しています」
どうやらこの好青年にも俺の存在は良く思われたらしい。
俺は青年に笑顔で応じて手を軽く振り、ラック商店を出てその本社へと向かう事にした……