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第五話 聞き込み調査

 目を覚ますと、見慣れない天井が目に入ってきた。

 なんてテンプレのセリフを思い浮かべて、自分の置かれた状況を思い出す。


「……はぁ……」


 思わず深く溜息を吐いた。

 普通なら考えられない出来事に直面している現状を改めて認識し、気分が滅入る。憂鬱な気分になっているのは確かだけど、不思議と取り乱す程の不安感は覚えていない。

 女の子への対応なんかも考えると、まるで思考の一部が変革してしまったかの様だ。

 身体を起こして、身支度を整えながら今後の事を考える。

 帰りたい――

 不思議とそんな欲求も湧いてこない。とは言え、このままここで生活していけるのかも分からない。家族や友人の事を考えれば、帰れるなら帰った方が良いに決まってる。ならその為の方法は……?

 考えられるのは、もう一度塔を攻略する事だ。この世界にある塔の最上階にも神がいるというのなら、元の世界へ帰らせてくれるかもしれない。手がかりがそれしかない以上、塔の攻略を志すべきだろう。

 とは言え、現状で攻略出来る確率は低そうだ。となると、やっぱり生活の基盤を整えた上で装備やアイテムを揃える必要がある。

 依頼として受けた事だし、まずはミルクちゃんからの依頼をこなす事を考えよう。

 当面の方向性が決まる頃には一通りの身支度が整え終わり、部屋を出て1階に降りる。


「おはよう」

「おはようございます」


 おばちゃんに声をかけられ、俺は素直に挨拶を返した。


「朝ご飯、食べるかい?」

「はい」


 最初は無愛想な人だと思ったが、客になった瞬間から随分愛想が良くなったよな。と改めて思う。


「はいよ」


 俺が頷くと、おばちゃんがカウンターの下からプラスチックっぽい赤い札を取り出してカウンターに置いた。


「食券の代わりですか?」


 そう言いながら札を手に取る。


「そうだよ」

「分かりました。因みに、今日のメニューはなんですか?」

「焼き鮭定食だよ」


 これはまたオーソドックスなメニューだな。全く問題ないけどね!


「そう言えば、今お風呂って空いてます?」

「空いてるはずだよ」

「分かりました。じゃあ、先にお風呂に行って来ます」

「構わないけど、札は失くさない様にね」

「気を付けます」


 おばちゃんの言葉に苦笑で返し、俺は浴場へと向かった。

 浴場と称しているだけあって、思ったよりは広かった。二人くらいなら入れるんじゃないか?

 まあそれはそれとして。朝食も待ってる事だし、元から長々と風呂に浸かるタイプじゃない。さくっとシャワーだけ浴びて風呂を出る。

 続いて食堂へ向かい、赤い札を渡す。

 少し待たされ、聞いていた通り焼き鮭がメインの定食を受け取った。

 ファミレスとかの朝の膳みたいな感じだけど、味はそれ以上だ。燕尾荘の食堂、侮れないな!


「あ、そうだ」


 メニューに野菜が入っていた事で、市場調査の一環を思い付いた。

 食べ終えてトレーを返却口に出すついでに、厨房にいる人間に声をかける。


「すいませーん」

「何か?」


 声を返してきたのは、まだ若いあんちゃんだった。

 宿はおばちゃん一人で切り盛りしてるみたいだけど、流石にレストランとなるとオヤジさん一人ではない。それは昨晩に分かってたけどさ。


「仕入れについて聞きたい事があるんですけど」

「そういった事には答えられませんよ」


 まあそれもそうか。だけどまだ諦めるには早い。


「野菜の仕入れ先だけでも教えて貰えませんか? 農業に興味があるんです」

「うーん……オヤっさん、野菜の仕入れ先が知りたいって言うんですけど、教えても大丈夫ですか?」


 喰らい着く俺がそう簡単には諦めないと思ったのか、あんちゃんは奥にいるオヤジさんにそんな質問を投げかけた。


「駄目だ」

「ですよねー。と言う訳で、やっぱり教えられません」


 俺は負けない!


「分かりました。じゃあこれだけ教えて下さい」


 分かったと言う俺の言葉に、一瞬安堵の表情を浮かべたあんちゃんだったが、そうは問屋が卸さないぜ。


「どこかの農家から直接仕入れてますか?」


 これが大事だ。もしそうなら、燕尾荘は今回の件とはまず関係ないだろう。そうじゃないなら、もっと色々探らないといけないかもしれない。


「まあ、それくらいなら……そうですよ。農村街一の味と品質を誇る農家から直接仕入れてます」


 そこまで言ったら、場所も特定出来るんじゃ? と思わないでもないが、情報をくれたあんちゃんには心の中で感謝しておこう。


「そうですか。ありがとうございました」


 外面的にもきちんと礼を言い、ご馳走様でしたと言う言葉と共に食堂を後にした……



 食堂を後にした俺は、おばちゃんに一言出かける旨を伝えて燕尾荘を出た。

 この時点で時刻は朝の9時だ。寝た時間が早かった割には起きたのは遅い。何だかんだで疲れてたんだろう。

 とりあえずは確認したい事があるから、ミルクちゃんの家に向かう事にする。

 道は覚えてるし、大した距離でもない為直ぐに目的地に着いた。

 玄関の扉をノックすると、中からミルクちゃんが顔を出した。


「クロウさん。おはようございます」

「おはよう」


 俺の顔を見て少しだけ驚いた顔を浮かべたミルクちゃんだったが、直ぐに笑顔で挨拶をしてきた。勿論俺も笑顔で返事をしたさ。


「どうかしたんですか?」

「ちょっと聞きたい事があってね」


 ミルクちゃんが把握してれば良いんだけど……


「お父さん、まだいる?」

「すみません。もう中心街に向かいました」

「いや、良いんだ。どっちかって言うとミルクちゃんから話を聞きたいし。知ってればだけどね」

「分かりました。わたしが分かる事でしたら何でもお答えします」

「OK。えっと、上がっても良いかな?」


 俺は別にここで話しても良いんだけどね。一応込み入った話をする訳だし。


「あっ。えっと、すみません。どうぞ」


 慌てた様子でそう答えて、俺を家の中へと促すミルクちゃん。

 しっかり者の様に見えて意外とドジッ娘か!


「お邪魔します」


 昨日も入ったリビングに通され、俺は昨日と同じ木製のイスに座った。


「今お茶淹れますね」

「お構いなく」


 礼儀としてそう答えたものの、実は水分を欲していたりする。まあなくても平気だけどね。

 ミルクちゃんはそれでもお茶を用意してくれた。あ、ちゃんと昨日も貰ったぞ。ミルクちゃんの名誉の為に言っておく!

 ミルクちゃんが用意してくれた冷たいお茶を一口飲み、俺は早速本題に入る。


「ミルクちゃんとこは、近隣に直接野菜を販売したりしてる?」

「いいえ。うちはそんなに大きくないですから、生産量的に全部市場に卸してます」

「昨日聞きそびれたんだけど、売れなくなったってのは市場から? それとも、市場が買い取ってくれなくなった?」

「最初は、単純に市場での売れ行きが落ちたんです。だから、市場側も最初はうちに安く売る様に言ってきたらしいです」

「それで、お父さんは市場の人と揉めてる状況な訳だ」

「はい。わたしが聞いてる限りはそうです」


 実際にはまだ、根本的な原因となる相手が分かってないのか……


「こんな事聞くべきじゃないかもしれないけど、この辺りで一番の農家って言ったらどこかな?」

「そうですね……うちが一番って言いたいですけど、やっぱりバトンさんの所でしょうか」


 バトン――

 その名前を聞いて、俺は昨日のある風景を思い出した。

 バトン野菜農場。そんな立て札が立てられた畑の中で、俺はスキルの確認をしていた。

 モナカの所か……


「それじゃあ最後の質問。ミルクちゃんとこが契約してる市場って、どこ?」


 一言に市場と言っても、中心街にはいくつか市場が存在している。


「桜市場です」


 桜市場ね。農作物を取り扱う市場の中では一番の大手だ。


「分かった。ありがとう」

「いいえ。クロウさんの役に立てたなら嬉しいです」


 そう言ってはにかむミルクちゃん。多分問題解決に役立つからって意味なんだろうけど……

 俺勘違いしちゃうよ!


「それじゃあ、そろそろ行くよ」

「はい。頑張って下さいねっ」

「おう!」


 ミルクちゃんに見送られ、俺は次の目的地――バトン家へと向かう。

 道は覚えているし――と言うか、そもそも迷う様な複雑な道じゃないけど、そう時間をかけずに目的地には辿り着いた。


「あれ? クロウさん……どうかしたんですか?」


 モナカの家へと着いた俺は、早速扉をノックした。すると出てきたのはモナカで、何となくミルクちゃんと似た様な反応を返された。


「ちょっと聞きたい事があってね。バトンさんはいるかな?」

「父は仕事で中心街に行ってますけど……もしかして、例の件についてですか?」

「まあね」

「私で分かる事ならお答えしますよ?」


 俺が農家の皆さんの為に動いてると知っているからか、モナカはとても協力的な発言をしてくれた。

 うん。マジ助かる。


「それじゃあ……まず確認しておきたい事があるんだ。モナカの所は、市場に卸してる?」

「はい。市場にも卸してますし、個人的にお付き合いのあるお店なんかには直接販売もしてますよ」

「燕尾荘の食堂にも?」

「一応、そこまではお答え出来ないんですけど……確信、持ってますよね?」


 俺の聞き方からそんな風に受け取ったらしい。確信と言う程ではないけど、状況的にそうかなとは思ってる。


「まあね」

「でしたら、否定はしません」


 でも肯定もしないと。まあ構わないけどさ。


「そっか。それじゃあもう一つ。卸してる市場って、桜市場?」

「はい。それと梅市場、菊市場にも卸してます」


 それはあれだ。野菜類を扱ってる市場には全部卸してるって事じゃないか。

 やるな……


「全部の市場で打撃を受けてるのかな?」

「そうですね。やっぱり市場同士でも影響は出てますからね。でも、一番は桜市場ですね」

「なるほどね」


 と言う事は、現状直接相手が介入してるのは桜市場だけなのかな?

 細かい事は市場で聞き込まないと分からないかな……


「ありがとう。参考になったよ」

「もう良いんですか?」

「ああ。とりあえずはね。もしまた何か聞きたい事があったら、その時にまた来るよ」

「分かりました。頑張って下さいね」

「おう!」


 と、ついさっきと同じ様な感じでモナカとも別れ、今度は中心街を目指す。

 一番近い市場は梅市場だったかな? とりあえず覗いてみても良いけど……

 先に桜市場に行くべきか、他の市場を見るべきか……

 よし! 決めた!

 早期解決をモットーに! 先に桜市場に向かおう。

 そう意を決し、中心街の南寄りにある桜市場へと向かう事にした。

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