第三十話 もう一人のプレイヤー
「あら。あまり驚かないのね?」
大きな反応を返さない俺を見て、女は意外そうな表情でそう言った。
「……驚いてない訳じゃない。けど、何となくそんな気がしたんだ」
俺からしたら、この女をプレイヤーだと感じたのは単なる感覚だ。なら、こいつはどうやって俺をプレイヤーだと判断したんだ?
「そっちは、どうして俺をプレイヤーだと思ったんだ?」
外見は珍しくはあるが、それだけじゃ断定は出来ない。カマをかけられた可能性もゼロじゃないが……
「装備品よ」
などと考えていたら、思いもよらない答えが返ってきた。
「そんなに目立つ装備じゃないだろう?」
ぱっと見はローブ系の防具にナイフ装備。しかも派手さとは真逆の地味な見た目の装備だ。
「腰にあるナイフまでは分からないけど……そのローブ、ガーランドの闇法衣でしょう? NPCの装備じゃ考えられない代物じゃない」
確かに、ゲーム内ならあり得ない事かもしれない。けど現実ならばNPCなんて存在はない訳だし、偶然手に入れる事もあるだろう。ガーランドの闇法衣自体は50階ボスが低確率ながらドロップするからだ。
とすると、カマをかけてきたかは別としても、確証があった訳じゃないのかもしれないな。
「と言うか、これがガーランドの闇法衣だってよく分かったな?」
「まあね。あたし、ローブ系防具のコレクターだから。勿論、ガーランドの闇法衣も持ってたわよ」
「コレクターねぇ……ならそのローブもレア物なのか?」
女が着ているローブは薄汚れた安物のローブにしか見えない。けど、パッと見でガーランドの闇法衣を見分けるくらいのローブ好きが装備してるローブなら、俺が知らないだけで物凄いレアなローブなのかもしれない。
「そんな訳ないじゃない。これはただのカムフラージュよ。この格好でこの商品なら、誰も目を向けないでしょう?」
なるほどな。そうやって通行人を観察して、プレイヤーらしき人物を見かけたらさっきみたいに声をかけるって寸法か。
「あれ?」
そんな事を考えていると、俺はふとさっきの言葉に疑問を覚えた。
「さっき、ガーランドの闇法衣も持ってたって言ったな。どう言う意味だ?」
その言葉は過去形。なら、今は持っていないと言う事だ。アイテムボックスの中身は残っていたはず。なら、コレクションとやらはどうなったんだろうか?
「塔攻略用にいくつかは持ち歩いてたけど、殆どはコレクションルームに置いてたの。ガーランドの闇法衣もそこに置いてたんだけど……コレクションルーム自体がなくなってたから……」
そう答える女の表情は暗い。よほどショックだったんだろう。
コレクションルームなんて機能はなかったから、多分専用に部屋でも借りていたんだろう。それがなくなっていたのは、俺の農場と同じ様なものだろうな。
「御愁傷様。と言っておこう。それにしても、プレイヤーを探すつもりだったなら塔の1階にでもいた方が良かったんじゃないか?」
「あそこだと込み入った話が出来ないじゃない。それに、プレイヤーならいつかはここに来ると思ってたしね」
帰還を目指すなら、唯一可能性がある塔は絶対に目指すだろう。しかし、命がかかっているとなれば諦める者もいるかもしれない。そうすると食品関係が主である桜市場なんかの方が現れそうだと思ったが、宿や他にも食事処はある。そして、衣食住がどうにかなるなら人間は娯楽を求め始める。そうすれば必ずこの鈴蘭市場に足を運ぶだろう。と言うのが女の考えだ。
なるほど。聞いてみれば納得出来る。現に塔攻略を目指す俺だってこうして足を運んでる訳だしな。
「それで、コレはどうする?」
そう言って、女は水晶球の様なアイテムを取り出した。
見た事がある。似たアイテムはあるが、おそらく間違いはないだろう。女の手に平に収まる程度の大きさの水晶球、スキルオブジェクト。透明度の高いその水晶は、スキルをセットするとそれに応じた色に変化するらしい。
「はっきり言って欲しい。けど、それに見合うだけの資金がない」
「でしょうね。あたしだって、知人の廃人から貰ってなければこんな物持ってないもの」
コレクターって言うし、あんな物持ってるくらいだから廃人クラスなのかと思ったらそうでもないらしい。
「それが分かってるなら、俺に何を求めてるんだ?」
「塔の攻略」
俺の言葉に、女は即答した。
それはある意味、当然の願望。
「あたしはソロで塔をクリア出来る様な廃人じゃないし、NPCじゃ頼りにならない」
実際にはそれなりに戦えるNPCはいる。少なくとも50階を突破出来るレベルの人物はいる訳だから、鍛えればもっと上でも戦える様になるだろう。
それでも、この女がプレイヤーを求めているのは理解出来る。根本的に違うのだ。ゲームでもイベント等でNPCを仲間に出来たりはしたが、プレイヤーとの基礎ステータスも成長度も全然違う。同じレベルなら、どう足掻いたってNPCはプレイヤーには敵わない。それだけの差があった。
「だから、あたしとパーティを組んで欲しいのよ」
俺はその言葉に直ぐに頷く事は出来なかった。いや、パーティを組むだけなら別に問題ない。しかし、塔を攻略する為となると話は別だ。足の引っ張り合いなんてくらいならまだ良い。が、問題は実際に塔を攻略した時だ。帰れるかどうかなんて分からないし、帰れるとしても全員が帰れるとは限らない。だからこそ、例えプレイヤーを見つけても最終的には一人で攻略するつもりだった。
「確認しておきたいんだが、あんたレベルは?」
しかしそれを大っぴらに口にはしない。だからこそ、まずは普通の事を確認する。
「レベルは60よ。ジョブは大魔導師のレベル30。パーティでなら塔をクリアした事もあるわ」
クリアしたにしてはレベルはやや低めだが、ジョブは最上級職の一つだ。パーティメンバーが強かったんだろうな。廃人もいたみたいだし。
何にしても、ソロでも50階くらいなら楽勝で進めそうなレベルだ。
「ここに来て、実際に塔には登ったのか?」
「40階までなら行ったわ。それくらいなら安全そうだったし」
どうやら俺より先にこの世界に来てるみたいだな。なら、協力関係になるのは俺にとっても大きなプラスになる。
「魔法職なら、自分で使った方が良いんじゃないか?」
魔法系スキルには、強力だが使用制限の高いスキルが多い。スキルオブジェクトが活かせるジョブと言うならまさしくアークウィザードなんかはその筆頭だろう。
「そうかもしれないわね。でも、あたしのスキルが必要ならセットだけすれば良い訳だし。それに、それなりの対価がないと信用出来ないでしょう? お互いに」
……なるほど。この女もなかなか食えない性格みたいだな。
「分かった。スキルオブジェクトをくれるって言うならパーティを組むのは問題ない。けど、攻略するにしたって二人じゃ難しいだろう? 他にもプレイヤーを見つけてるのか?」
「いいえ。今のところ貴方が初めて見つけたプレイヤーよ。実際にここに二人いる訳だし、きっと他にもいるわ。だからまだ探したいところね」
「なら、実際の攻略はまだ進めない感じか?」
「そうねぇ……もう何日か探してみて、見つからなかったら一度登ってみましょう。貴方のレベルなんかもその時に聞くわ。もし誰か見つかったらまとめて、ね」
「分かった。でも、スキルオブジェクト以外にもプレイヤーを釣れそうなアイテムがあるのか?」
「それは秘密よ」
うーん……この女なら、釣る為だけにスキルオブジェクトを利用しそうだな。
「ちゃんとスキルオブジェクトは俺に寄こせよ」
「分かってるわよ。心配しないでちょうだい」
……まあ、今直ぐ寄こせとは言えないし仕方ないか。
「それじゃあそうね……三日後の正午に、塔の1階で待ち合わせましょう。その時にスキルオブジェクトも渡すわ」
「分かった」
「それじゃあ一応フレリスを――って、使えないみたいね」
フレリスと言うのはフレンドリストの事で、簡単に言うと名簿機能みたいなものだ。このリストに載っている人物とは簡単に連絡が取り合える様になるのだが、この世界では機能していないらしい。
「まあいいわ。あたしはジェシカよ。本名は秘密」
「俺はクロウだ」
よろしく。と握手を交わす。
こうして、俺はもう一人のプレイヤーであるジェシカとの遭遇を果たしたのだった。