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第二話 燕尾荘

 以前の三話分を一話にまとめました。内容に変更はありませんので御安心下さい。

「おお!」


 生の目で見る景色は、壮大とは言わないまでも確かにゲーム内の景色と一致した。

 周辺の景色よりも、やっぱり目を惹くのは天を貫くあの塔の存在だろう。

 とは言え、今は塔に目を奪われている場合ではない訳で。

 俺は真っ直ぐに燕尾荘へと向かう。普段の生活なら西がどっちかなんて分からないが、ここがウォークルならば方角で悩む必要はない。街の地理は把握しているし、中心にあるバベルの塔から遠ざかれば良いだけなのだから。

 と言うか、そもそも燕尾荘の看板は通りに出た時点で視界に入っていたんだけどね。

 燕尾荘は木製の家屋だ。日本にある一軒家よりは大きいだろうか。家二戸分くらい?

 まあ良く分からないけど、泊まるスペースは十分にありそうだ。

 入り口に立て掛けられた木製の看板には、お一人様一日宿泊銅貨10枚! 朝食付き! と書かれている。

 文字が日本語なのは、助かると言うか何と言うか……


「失礼しまーす」


 気を取り直して、とりあえず中に入ってみる。


「いらっしゃい」


 そんなテンプレの言葉で出迎えてくれたのは、40歳くらいの恰幅の良いおばちゃんだ。入って直ぐカウンターがあり、その奥にイスでもあるのか座っている様な態勢に見える。


「泊まりたいんですけど……」


 あまり愛想が良いとは言えないおばちゃんの態度に、何となく腰が引けてしまう。


「一泊銅貨10枚だよ」


 うん。実に淡々とした口調だ。この人はこう言う人なんだろう。

 よし割り切った。


「しばらくの間泊まりたいんですけど、長期だと割引されたりします?」


 レッツディスカウント! タワーオブバベルでは値切り交渉も存在した。スキルにも値切りってあったしね。俺は持ってないけど。


「長期は一ヶ月単位で受け付けてるよ。一ヶ月の宿泊では銀貨2枚と銅貨50枚。ただしこの場合は朝食なし。でも銀貨3枚で一ヶ月朝食付きだよ」


 ゲームと同じならこの世界の一ヶ月は必ず30日だ。朝食抜きにすればお得だけど、朝食付きだと特に割引はないのか……


「そこを何とか!」


 今後ゲームの時の様に資金稼ぎが出来るとは限らない。少しでも出費は抑えたい所だ。


「そうさね……なら、二ヶ月宿泊を決めてくれるなら、銀貨5枚で朝食付きにしてやっても良いよ」


 交渉系のスキルもなしにこの結果なら悪くはないのかな。

 所持金の10分の1で、二ヶ月間の寝床と朝食を確保出来るなら上等だろう。


「分かりました。それでよろしくお願いします」

「当然前払いだけど大丈夫かい?」

「はい」


 俺はおばちゃんの言葉に頷き、「F3、オープン」と小さく呟く。

 すると目の前にアイテムボックスが現われ、おばちゃんは驚きの表情を浮かべた。


「見てくれで冒険者なのは分かったけど、あんた空間魔法が使えるのかい? 若いのに凄いねぇ」


 ゲームであるタワーオブバベルにおいて、プレイヤーは冒険者と呼ばれていた。ゲーム上の舞台はバベルの塔一つだけだが、プレイヤーは塔の攻略を目指して他の街から訪れたと言う設定があるからだ。

 それはそれとして……空間魔法? アイテムボックスの事を言ってるみたいだけど……

 まあ、それを否定する必要はない。俺は「ええ、まあ」と曖昧に頷いておき、中から銀貨5枚が出て来る様に念じて手を突っ込む。

 手に何か触れた感触を覚え取り出すと、期待通り銀貨5枚が俺の手に握られていた。

 ついでにポケットにしまっておいた銅貨をアイテムボックスに戻しておく。


「これでお願いします」


 アイテムボックスをしまい、おばちゃんに銀貨5枚を手渡す。


「はいよ。詳しい説明はいるかい?」

「後ででも良いですか? とりあえず荷物を整理したいので」


 俺から銀貨5枚を受け取ったおばちゃんが、ここに来て初めて浮かべた笑顔をまあすっぱり気にせずに俺はそう答えた。


「構わないよ。それじゃあ、これが部屋の鍵ね。2階の一番奥の部屋さ」

「ありがとうございます」


 俺はおばちゃんから鍵を受け取り、横目に見えていた階段を上る。

 そう言えば、入り口も建物の左側にあったし、階段もそうだ。とりあえず2階が宿の部屋なんだろうと判断し、俺は言われた通り一番奥の部屋まで進んだ。

 部屋に入った俺は、とりあえず鍵を閉めると再びアイテムボックスを出す。

 持っている物を確認する為にステータス画面を開き、所持品の項目を探る。

 消耗品の類いには回復アイテムがいくつかある程度で、特に珍しい物はない。分かってはいたけどちょっとがっかりだ。

 装備品は、メイン装備が壊れてしまった時の為に用意した予備の装備が一式ある。売ればそれなりの値にはなるはずだ。

 タワーオブバベルの世界において、装備品は一度手に入れれば永久的に使える代物ではない。消耗品の中にも何度か使用出来る物があるが、装備品も磨耗していきいつかは壊れる。修理すると言う手段もあるし、同じ物を揃えると言う手もある。

 そう言えば今の装備品ってどうなってるんだろうか?

 ステータス画面で確認すると、きちんと装備の欄があった。


 武器:エルーザナイフ

 防具:ガーランドの闇法衣

 装飾品1:シリビアンのピアス

 装飾品2:竜皮の靴


 項目はゲーム内の仕様と同じだ。防具は鎧の類いを指し、他の部位に着ける装備は全て装飾品扱いとなる。その装備可能数は通常は二つ。ジョブによってはその数が増えるらしい。

 因みに今の俺は靴を装備してるけど、装飾品に靴を装備しなくてもきちんと靴は履いてる事になってる。けど、ゲームとは違う今となってはどうなるんだろうか。

 そう言えば、俺のジョブはどうなってるんだ?

 今度はジョブの欄を見る。


 職業(ジョブ)創造主(クリエイター)【レベル50】


 ジョブの最高レベルは50だから、こちらもカンスト状態だ。クリア直前にはジョブレベルは49だったから、これも最後の戦闘で上がった様だ。

 クリエイターは非戦闘職と呼ばれる種の職業だが、隠し上級職の一つで、この系統では最高職でもある。

 スキルの確認はまたにするとして、当初の目的を果たさないとな。

 所持品のリストを見ながら、アイテムボックスから取り出して行く。


「回復アイテムって飲み物タイプだったんだ」


 問題は味と効果だ。ステータスにHP等の項目がない以上、具体的な効果を確かめる事が出来ない。

 何よりももったいない。

 検証は大事だと思うけど……

 今はまず生活を安定させる事の方が大事だ。

 一度出したアイテムと腰に提げていたエルーザナイフをアイテムボックスにしまい、そのままアイテムボックスを閉じる。

 ステータス画面を見ると武器の欄がなしと表記されている。


「さてさて。確か宿についての詳しい説明があるって言ってたな」


 しばらくはここにやっかいになるんだ。諸注意があるなら聞いておかないとまずいだろう。

 後で聞くって言っちゃったしな。

 まだまだ確認したい事はあるが、とりあえず腰を落ち着かせられるくらいには自分の中でも整理が出来たと思う。

 そう判断して、部屋を出て1階に向かった。


「おや、早かったね」


 階段を降りると、最初に出迎えた時とは違い営業スマイル? を浮かべたおばちゃんにそう迎えられた。


「そうですか? まあ、最低限の整理しかしてませんからね」

「そうかい。ともあれ、この宿について説明するかい?」

「はい。お願いします」


 俺がそう答えると、おばちゃんはどことなく気を良くした調子で饒舌に説明を始めた。

 微妙に話が逸れたりしながら十分くらいかかったその説明によると、宿側は基本的に客の生活には不干渉。客同士のいざこざがあった場合も、宿に迷惑がかからなければ仲裁にも入らない。

 朝食に関しては朝10時までにカウンターで食べる事を伝えなければその日は貰えないとの事。例え朝食を抜いたとしてもその分の返金はなし。因みに朝食の開始は朝6時。メニューはその日毎に宿側で決めるらしい。

 1階にある食堂はレストランにもなっており、代金さえ払えば別途注文する事が出来る。レストランは宿泊客以外にも開放されているが、特に宿泊客にサービスがある訳ではない。

 トイレや浴場は各部屋にはなく、1階の共同トイレと共同浴場を利用する他ない。とは言え温泉の様な大きな浴場ではなく、一人一人利用するのが精一杯な一般家庭のお風呂みたいなものだ。トイレも風呂も男女で別に用意はされている。

 浴場を利用する際は入り口に用意された使用中の札を扉にかけ、きちんと鍵を閉める事。まあ当然だ。

 ついでに言えば1階にはトイレ、浴場、食堂の他におばちゃんやコックをしているおばちゃんの旦那さんの部屋がある。2階の部屋は全て宿部屋で、廊下を挟んで5部屋ずつの計10部屋。最初に感じた宿屋の全体像より大きい建物みたいだ。

 今度から目算で物を言うのは控えよう。


「分かったかい?」

「大丈夫だと思います」


 後は普通に旅館とかホテルに泊まる時の諸注意みたいなものを言われた。

 しばらくは関係ないけど、一応宿のチェックアウトは正午までとなっている。正午を過ぎたら一日分多く代金を請求されると。気を付けないとな。

 そんな風に考えていると、階段から誰かが降りて来る足音が聞こえてきた。

 降りて来たのは、一言で言えば美人だった。

 二言で言えば、綺麗で美人だった。

 腰近くまで伸ばした金色の髪は毛先まで手入れされている(だろうと思う)。

 目元はややキツイ感じがするが、キリッとしたその顔付きは端整な顔立ちを強調している。

 動き易さに重点を置いたであろう金属製の軽鎧を身に纏い、腰には一本の長剣を差している。見た目は完全に剣士職だが、詳細は判断出来ない。

 良く見れば瞳の色が藍色だ。珍しいと言うか、流石はファンタジー世界と言った所か。


「ライムちゃん、もう出かけるのかい?」

「はい。今日は少し上まで行ってみようと思いまして」


 おばちゃんにライムと呼ばれた美人さんが、堅苦しい口調でそう答えた。

 今の会話から察するに、ライムちゃんはこれから塔に向かうのだろう。


「気を付けるんだよ」

「はい。ありがとうございます」


 おばちゃんの意外と? 気さくな言葉に、ライムちゃんは几帳面にお礼を言ったかと思うと、またまた几帳面にも「行ってきます」と行って宿を出て行った。

 俺の方には見向きもしなかったのはちょっと哀しいものがあるが、まあ仕方ないだろう。

 と言うか、思ったより客に対して不干渉じゃない気がしないでもない。別に良いんだけどね。


「今のは?」

「個人情報は教えられないよ」

「そりゃあそうでしょうけど。さっき名前呼んでましたよ」

「……名前くらい問題ないさ」


 割と適当な感じなのね。


「そう言えば、宿帳に記名とかしなくて良いんですか?」

「そう言う宿もあるけど、うちでは必要ないよ。そんなにたくさんの客がいる訳じゃないしね。ワタシが顔を覚えていれば良いだけさ」


 他に従業員はいないのだろうか? まあ、細かい事は気にしなくて良いか。


「そう言えばついでにもう一つ。さっきの説明で門限の話が出なかったんですけど、出入りは常に自由なんですか?」

「そうさね。宿の出入り口には鍵もないし、基本的に出入りは自由だよ。勿論、ある程度常識の範囲で行動はして貰いたいけどね」


 なるほど。塔を攻略中、いつ失敗して外に飛ばされるか分からない以上ある程度は融通を利かせてくれる様だ。


「分かりました。気を付けます」

「そうしておくれ」


 と、お互い苦笑を浮かべる。

 あれ? そう言えばさっきもう出かけるとか言ってたな。


「今って何時なんですか?」

「まだ9時前だよ。そこに時計があるだろう」


 おばちゃんがそう言いながらカウンターの壁、ちょっと上の方を指差した。

 確かに、アナログな壁時計が掛けられている。

 8時40分か……

 あ。そう言えばステータス画面に時計機能があったよな。そう思い出し、ステータス画面を開く。

 右下の方にきちんと時計が付いてる。こっちはデジタルだ。

 8時40分35秒。って見てる間に秒数は経過していくけど。

 まあ、これなら時間に困る事はない。

 待てよ。そう言えば今日はいつなんだ? 俺がゲームをしていたのは冬だが、ゲーム内では確か春だった気がする。


「今日って何日でしたっけ?」

「もうボケが始まってるのかい?」


 なんて笑って言うおばちゃん。冗談の様だ。これで月まで聞いたら本当にボケてると思われそうだ。いや、でもおばちゃんの冗談を利用すれば聞けそうだな。


「そうなんですよ。実は今が何月何日か分からなくて……教えて下さい」


 と、冗談っぽく言う。

 おばちゃんは一瞬驚いた様な表情を浮かべたが、直ぐに俺の悪ノリだと思ったらしくきちんと答えてくれる。流されなくて良かった。


「しょうがないねぇ。今は初桜(はつざくら)の月の10日だよ」


 初桜の月か。やっぱりゲームをプレイしてた状況とほぼ一緒みたいだ。

 因みに、タワーオブバベルの世界にも四季はあった。月でしっかりと分けられていたけど、流石に今は多少のズレがあるかもしれない。

 初桜の月は春の一月目。次が桜花(おうか)の月、内桜(うちざくら)の月、桜終(おうつい)の月と春が続く。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。それで、あんたはこれからどうするんだい?」

「少しこの辺りを見て回ります。この辺には詳しくないので」


 嘘だけど。


「そうかい。気を付けるんだよ」

「はい」


 気を付ける事なんてあるのか? まあいいや。


「それじゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 おばちゃんに見送られて、俺は燕尾荘を後にした。

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