第十九話 決着
地下に降りると、そこは一本道の通路になっていた。建物の入口があった方向へと伸びるその通路は決して長くなく、直ぐに扉にぶちあたる。
他に扉の類は見当たらず、一応隠し扉等がないか調べながら進もうかと思ったが、地下には大きめの部屋が一つあるだけと言うオートマッピングの結果を思い出し真っ直ぐ通路の先にある扉へと向かう。
扉の前で一度足を止め、深呼吸をする。パーフェクト・インヴィジブルの効果が続いている間は何も気にする事はないが、やはりこう言った場面では多少緊張してしまう。
意を決して扉を通り抜ける。まず目に入ったのは三人の男だ。部屋のほぼ中央にいる。周囲を見回せば、大小様々な多くの木箱が目に入ってくる。
男達に視線を戻すと、一人の男が残りの二人に責められているのだと分かった。
「もう一度聞くぞ? なぜ野菜を作らない?」
責める側の一人が、両手を後ろ手に縛られた男の頭髪を掴みながらそう言った。
責められている男は既に傷だらけの様だ。と言うか、あいつは俺が言霊の血判書を使った男じゃないか……
状況が掴めてきたぞ。
「俺はもう、市場へは関われない。そう、言ったはずだ」
途切れ途切れではあるが、男ははっきりとそう答える。言霊の血判書の効果がどう顕れているのかは分からないが、きちんとその強制力が働いているのは確かな様だ。
「ふざけるな!」
問い詰めている方の男が逆上し、空いている左手で男の顔を殴りつける。一発、二発、三発と続けた。
「お前には安くない額を払ったし、分け前だってきちんと渡してきた。そもそも、お前に抜けられる訳にはいかないんだ。分かってるだろう? これ以上、私を怒らせるな」
ふむ。どうやらあの気の短そうな男がワルツ連合のお偉いさんってところか?
もう一人は、ガタイ的に用心棒かな。多分、戦えば楽勝だとは思うけど……さて、どうしたものか。
奴らの会話を聞く限り、やはりあの男がスキルで野菜を作っていた様だ。となると、これ以上野菜市場の価格がおかしくなる事はないはずだ。とは言え、黒幕が他にいる以上今後も何かしらの関与はしてきそうだ。確実なのは奴らにも言霊の血判書を使う事だが、どうやって使うかが問題になってくる。案外安い挑発にも乗ってくれそうな気がするけど、その為にはここで姿を現す必要がある。出来る事なら、ここに侵入した事がバレない様に証拠を掴みたかったんだが……
よし。ここで決着をつける方向でいこう。そうと決まれば、後は手立てだ。
パーフェクト・インヴィジブルが発動している今、俺から攻撃を仕掛ける事は出来ない。が、スキルを発動する事自体は実を言えば可能だ。攻撃系のスキルを使ってもそれが透過してしまうと言うだけなのだ。攻撃に関わらず、パーフェクト・インヴィジブル発動中に使う全てのスキルはその効果を受けてしまう。だから音や何かを伝える事も出来ない。だがしかし、待機状態にする事が出来るスキルならば、それを事前に発動させておく事で大きな利点を生み出せる。まずは、奴らを脅せる様な状況を作り出しておくとしよう。
そうして俺が発動させたのはマジックスフィア。無属性の魔力の塊を球状にして生み出すスキルだ。各属性を付加させる事が可能で、何よりも便利なのは数を用意出来る点だ。属性付加の有無に関わらず、マジックスフィアの最大同時発動数は20個。その一つ一つにウェイトタイムが存在し、その時間は5分。又、一度に発動させた数が5個だとしたら、ノーウェイトで残りの15個を発動させる事が可能だ。一つ一つの威力は小さいが、かなり汎用性の高いスキルである。
マジックスフィアを20個フルで発動。その全てを待機状態にしつつ、奴らを包囲する様に配置する。こうした位置の微調整が行えるのもマジックスフィアの利点である。
これだけでも脅しとしては十分だが、あの護衛がそれなりに強い可能性もゼロではない。一応、もう少し手を打っておくとしよう。
続いて発動させるスキルはエンチャントピラー。高さ3メートル、直径30センチくらいの円柱状のオブジェクトを作り出す。このオブジェクトに他のスキル効果を込める事で、トラップとするスキルである。これにスキルを込める行為は当然スキルを使用した事と見なされる。
エンチャントピラーのストック数は5あるが、その内の4つをそれぞれ部屋の壁に沿って配置する。中に込めるスキルは氷属性の攻撃スキルだ。エンチャントピラーに込めたスキルはそのままの効果を発揮する訳ではなく、属性等によって罠としての効果が決まる。氷属性のスキルを込めれば、対象を足止めする為の足場や足元を凍らせると言う効果の罠になる。通常罠の発動条件はオブジェクトが攻撃を受けた時だが、作成者の任意によっても発動する事が出来る。
4つのエンチャントピラーが、それぞれ部屋の中央に効果を発揮する様に配置した。
これで奴らの動きは封じる事が出来るだろう。
ワルツ連合のお偉いさんっぽい奴の視界に入る位置に移動し、俺はパーフェクト・インヴィジブルの効果を解く。
背後から急に声をかけるって手もあったが、絶対的な優位者が目の前にいるのだと直ぐに理解させる為に正面に位置取った。
いきなり姿を現した俺――と言うよりは、自分達の周囲に浮かぶマジックスフィアにでも驚いたのか一言では言い表せない表情を浮かべている。護衛の方は驚いてはいるが、流石に醜態は晒していない。それどころか、きちんと俺の存在に直ぐに気が付いた。
「何者だ!?」
動けば集中砲火を浴びると理解しているのだろう。護衛は俺に向かってそう問いかけてきた。その言葉でお偉いさんも俺に気が付いた様だ。
「お前達の命を握る者、とでも言っておこうかな」
俺がそう答える頃に、拘束されている男も何とかこちらに振り返り、そして驚愕の表情を浮かべた。どうやら俺の顔を覚えている様だ。
「どうやって潜り込んだのか知らないが、思い上がるなよ? やれ!」
お偉いさんは強気な口調で横に立つ護衛に命令を下す。が、護衛は動かない。
「すみません。奴の言葉はあながち嘘ではありません……これだけの魔力球を一斉にこちらに放てば、我々は無事では済みませんよ……」
ふむふむ。なかなかの洞察力と判断力だな。お偉いさんが強気になる事も踏まえると、NPCの中ではかなりの強者なのかもしれない。
「そう言う事だ」
「なっ……」
状況が自分にとってどれだけ不利なのか理解したらしく、お偉いさんは悔しそうな表情を浮かべる。
「一体何が望みだ?」
いきなり要望を聞いてくる辺り、交渉には慣れてる様な感じだ。俺は交渉自体には向いてないんだけどな……まあ、するのは交渉じゃなくと脅迫だけど。
「その前に一つ確認したいんだが、あんたはワルツ連合の中でどれだけの地位にいるんだ?」
護衛の実力を考えるなら、かなりの地位にいるとは思うんだが……
「……私がトップだ」
少し間があったのは、本当の事を答えるか悩んだからだろうか。実際その答えが本当なのかどうかは分からないが、一応信じておこう。
「だったら都合が良い。ワルツ連合による市場への関与を全て撤退させろ。そして二度と市場には関わるな。それが俺の要望だ」
「ふんっ。はいそうですと簡単に頷く訳がないだろう」
「命がかかっているのにか?」
「当然だ。事は私一人の問題ではないのだからな」
それはあれか? 自分だけじゃなく、部下の生活などもかかってるとかそう言う話か? だとしたら、命を奪うと言うのはやり過ぎかもしれないな。
俺を見るお偉いさんの瞳は決して濁ったものではない。それなりにスジを持った人物なのかもしれない。
「……分かった。なら条件を変えよう。今後一切、スキルを使用した市場での商売を止めて貰おう」
それならば商売は出来るし、生活出来なくなると言う事はないだろう。
「それさえ約束すれば、俺はあんたらに手を出さない。どうだ?」
俺の言葉に、お偉いさんは黙りこむ。せっかく楽に稼ぐ手立てを発見したのに、それが使えなくなるんだから悩みもするだろう。とは言え、命の危機に直面しながらそこで悩めるのはある意味凄いと思う。
「貴様が我々に手を出さないと言う保証がない」
おー。自分が圧倒的に劣性だと言うのに、ほんと凄いなー。
「安心しろ。俺には契約スキルがある。そこの男が市場への関わりを持てないのは、その強制力が働いてるからだ」
「ふん、そう言う事だったのか……まあ良い。その条件、呑んでやろう」
劣性なのにこの態度はいっそ感心する。だがこれで言質は取れた。とは言っても、強制的に契約を交わせる言霊の血判書を使うまでもなさそうだな。
いや、でもそうだな……
「言霊の血判書」
俺は敢えてそのスキルを発動した。
「な、何だこの声は!?」
どうやら、契約内容を決める悪魔の声は奴らにも聞こえるらしい。
それを利用して更に脅しをかけておく。
「契約の悪魔さ。もし契約を破る様な事があれば、悪魔があんたらに襲いかかるぜ」
そんな事実があるかは分からないが。
「さて。これで契約完了だ。あんたらはスキルを使った市場への関与は出来ないし、それが守らている以上は俺があんたらに手を出す事は出来ない」
当然、俺に対するデメリットは少なくなる様に穴は作ってあるけどな。
「それじゃあな」
契約が交わされた時点で、マジックスフィアで奴らを攻撃する事が出来なくなっていたが、多分そこまで気が回っていないんだろう。俺の後を一切追う事なく、普通に部屋から出る事が出来た。
1階に戻って何食わぬ顔でエントランスまで戻る。中から出て来た事で見張りの男も俺に対しては警戒しなかった様だ。
普通に外に出て、安堵の息を漏らす。
色々事後処理はラックに任せるとして……
今度こそ、市場の件は解決したと見て良いだろう。
これで、ミルクちゃんの喜ぶ顔が見れるかな。そう思うとちょっと顔が緩む。
さて、まずはラックの所に行くかな。
一度気を引き締め直し、俺は再びラック商会に向かった……
遠まわりしましたが、何とか市場クエスト終了です。事後のあれこれは一応次回。
当初の予定とは大分違う進行の仕方になってきてますが、何とか頑張っていきたいと思います。
最低限今の月一回更新のペースは落とさない様に(苦笑)
それでは。