第一話 気が付けば異世界?
本編一話目から三話目までを一つに纏めて一話にしました。
内容に変更はありません。
ぺちぺちと頬を叩かれる感触で、俺の意識はゆっくりと浮上した。
「大丈夫ですか?」
聞き慣れない声にそう聞かれ、俺はそれに答えようと口を開く。
「大丈夫」
擦れた声だったけど、何とか意識した通りに言葉を発する事が出来た。
「もしかして、塔から追い出されたんですか?」
目を開けると、倒れた俺を介抱していたのは知らない女の子だった。はっきり言って可愛い。
亜麻色のショートボブの髪に、くりっとして大きめの碧い瞳。多分小柄だけどそれなりに整った体型をしてると思う。
なんて女の子の見た目を冷静に分析してみて、違和感に気が付く。
ここ、どこ?
とりあえず立ち上がって周囲を見回す。
どこかの路地裏っぽいけど、都会みたいに小汚い感じじゃない。どこかの田舎の民家の裏みたいな場所だ。と言うか、周りにあるのは木造か煉瓦造りの家ばかりだ。
それに目の前の女の子――
どう見ても日本人じゃないよね?
「あれ? 違いました?」
ならどうしてこんな所に……みたいな目を俺に向けて来る女の子。
うん、まあとりあえず――
「いや、間違ってないよ」
と言っておく。状況に流されるのは良くないけど、勘違いは利用するべきだ。
「やっぱり! でも、こんな所まで飛ばされるなんてついてないですね」
「そうでもないんじゃないかな。君みたいな可愛い子に介抱して貰えたんだから」
おう!? 我ながら誑し的な発言! 目の前の女の子が驚いた表情を浮かべている。そりゃあそうだろう。知らない男にいきなりナンパされたんだから。
「あ、ありがとうございます」
ちょっとだけ頬を赤く染める女の子。あら、意外と好反応じゃないですか。
「ところで、ここはどの辺り?」
ここはどこ? なんてバカな質問はしない。それじゃあ自分は不審者ですと改めて言っている様なものだ。だから地名か何かを聞こうとする。その場所からここがどう言った所か判断出来るかもしれないからだ。
おぉ! 俺ってば意外と頭の回転速かったのな。
「燕通りの裏手ですよ」
帰ってきたのはそんな言葉。俺の知る限り近所に燕通りなんて道はない。
けど、その通りの名前は物凄く聞き覚えがある。と言うか、個人的には自宅周辺よりも馴染み深い通りの名前だ。
「って言う事は、農村街の辺り?」
俺の厨二脳が今フル活動! その確認の言葉を放つ。
「はい」
返って来たのは、俺の推論を確証に変える答えだった。
タワーオブバベルにおける唯一の街、ウォークル。塔を中心に円状に広がった巨大な街の西端に、農村街と呼ばれる地域がある。街の中にありながら農業を営む村の様な地域で、街の中心へと続くメインの通りを燕通りと言う。
「はははは」
思わず乾いた笑い声を上げてしまった。
水原 悠人18歳。大学進学を控えた冬。異世界にトリップしてしまいましたとさ――
「だ、大丈夫ですか?」
再びそう聞かれて、俺は我に返った。
大丈夫か? いや大丈夫じゃないよ。精神的にはね……
「身体は問題ないよ」
とりあえず、そんな風に答えておく。
問題はたくさんあるけど、とりあえずは確認しておかないといけない事がある。
通りの名前や塔の存在。塔から追い出されたと言う彼女の言葉から察するに、間違いなくここはタワーオブバベルの世界だ。だけど、全てが同じである保証なんて何一つない。
気になる事はたくさんある。現在の街の仕組みは勿論、ここが本当に異世界だとするなら街の外だって存在するはずだ。だけど、今の俺には何が出来て何が出来ないのかも分からない。しばらくは安全な場所で生活の基盤を整えるべきだろう。
「それなら、私はそろそろ失礼しますね」
やはり不審者とでも思われているのか、この場から離れようとする少女。
でも、今彼女を帰す訳にはいかない。だって大事な情報源だもの。
「ごめん、ちょっと待って」
「何でしょう?」
あまり警戒した様子もなく、立ち去ろうとするのを止めてくれる。
あら? 俺ってば意外と警戒されてないじゃないか。
「この辺にはあんまり詳しくなくてさ。近くで一番安い宿ってどこにあるのかな?」
これは方便込み、でも実際に知りたい情報だ。
ゲームと全く同じなら地理に困る事はないが、まずは地理がゲームと合致しているのかどうかが知りたい。
「通りの表に出て、西に少し向かった所にある宿だと思いますよ。と言うより、この辺りで宿って言ったらそこしかありませんから」
そう言って苦笑を浮かべる少女。うん、そんな顔も可愛いね。
って違う!
農村街にある宿は燕通りにある燕尾荘ただ一軒。今の正確な場所は分からないけど、おそらくゲームと違いはなさそうだ。
「名前は?」
「燕尾荘って言います」
名前も一緒だ。まあ、通りの名前も一緒だったし違うとは思わなかったけど。
「因みに、値段ってどれくらいか知ってる?」
「えっと……確か、一人一日銅貨10枚って、表の看板に書いてあったと思いますよ」
なるほど。物の価値は判断出来ないけど、少なくとも通過は同じみたいだ。
「そっか。ありがとう。えっと――」
「モナカです」
そう言えばまだ名前聞いてなかったな。なんて考える間もなく、親切な少女はそう名乗った。
「ありがとう、モナカ。俺は水――」
じゃなかった。ここは俺のキャラクター名を言っておくべきだろう。
「俺はクロウ。また縁があったらよろしく」
「はい。それでは失礼しますね」
そう言って笑顔で手を振り、モナカは表の通りへと出て行った。
ゲームの中と同じ様に、この世界にはファミリーネームはなさそうだ。それにキャラクター名に物の名前を使っている点も同じ。
最初はふざけて付けたんじゃないかとも思ったけど、案外マッチしている様にも思える。と言うか、あの見た目なら多少名前が変でも許せるってもんだ。いや、実際似合ってる様にも思えるけど。
まあそれは置いといて。
表通りに出る前に、試しておかないといけない事がある。
まずは、ステータスが確認出来るかどうかかな。
タワーオブバベルにおいて、ステータス画面を見る方法は二つ。
一つは画面内にあるステータス画面を開く為のボタンをクリックする事。
もう一つは自身が音声登録したショートカットキーを声に出して言う事。
タワーオブバベルは厨二連中に嬉れし恥ずかしくも、マイクを通した音声認識機能が備わっていた。スキル――技名とか魔法とか、もうバンバン叫びまくれって奴ですな。
俺もそんな音声認識機能を謳歌していた一人だ。画面と言うモノが存在しない以上、音声認識によるショートカットキーを利用する他には手立てがない。
「F2、オープン」
俺の場合、ゲーム機能的なショートカットは全てキーボードのFキーを思い浮かべ順番に振った。その方が分かり易いし。F1は何となく違うモノを想像しそうだったので欠番。
俺の言葉に反応する様に、目の前が薄暗くなり見覚えのある画面が現われる。
「おー」
何となく嬉しい。良かったよちゃんと見れて。視界は悪いものの一応景色も見えるし。
ふと気にかかり、横を向く。
画面も一緒に着いて来た。
はい。それが確認したかっただけです。
改めて画面を良く見ると、ゲームの時とは違う点がある。
「能力に関する数値が載ってないな……」
腕力やら何やら、そう言った類いの数値が全て載っていない。数値だけ消えているんじゃなく、項目自体がない。
まあそれは良いや。今肝心なのは俺の強さではない。でもまあ、分かる範囲では確認しておこう。
キャラクターネーム、クロウ。それは分かってる。
性別、男。それも分かってる。
レベル、100。おお! 俺カンストしてるじゃん。クリア前が99で、おそらくは塔のボスを倒した時に上がったのだろう。と言う事は、ゲームとリンクしているっぽい。なら期待出来るかな……
所持金、5000ウォール。
え? 5000ウォール? たったの?
あ……
そうか。塔攻略の為に結構浪費したんだった。それに、農場開拓に資金注ぎ込んでたし……
そう言えば、俺の農場ってどうなってるんだろうか? それも後で確認しに行こう。
そうそう。ウォールって言うのはお金を示す名前で、銅貨1枚1ウォール。つまり俺の所持金は銀貨にして50枚って事だ。
時間の経過は基本的に地球と同じ様に設定されてたから、しばらくは暮らしていけそうではあるけど……
その前に、どうやってお金を取り出すかだよな。
「……F3、オープン」
俺がそう呟くと、目の前に大型犬くらいの大きさの箱が現われた。ゲームで良く見る宝箱っぽい見た目で、何かの金属で出来てるっぽい。
ちょっとびっくりしたのはここだけの秘密だ。
F3はアイテムボックスを開くショートカットだったんだけど、本当に箱が出て来るとはね。
さてさて、字面では確認しなかったけど何が入ってるのかなぁ、じゃなくて、お金は入ってるのかなぁ。
箱を開けて中を見ると、真っ暗ですよ。日の光が入ってるにも関わらずだ。触ってみると特に感触はない。敢えて言うなら空気に触れた感じだろうか。勇気を出して中に手を突っ込むと、何かに触れた。それを取り出して見れば、それはゲーム画面で良く見たウォール硬貨(銅)だった。
「どこぞのなんちゃらポケットみたいだな」
とりあえず作りは理解したし、アイテムボックスからお金が出せる事も分かった。持ち物の確認とかは宿でした方が良いだろう。
ステータス画面を見ると、所持金が4999ウォールに減っていた。
なるほど。あくまでもアイテムボックス内にあるお金がカウントされてるんだな。
「F2、F3クローズ」
ステータス画面とアイテムボックスを閉じ、俺は燕尾荘を目指し通りの表へと向かった。