第十三話 エトルアンの涙
「お兄さん!」
近付いてきた俺の姿を見て、モモが安堵の表情を浮かべながら俺に駆け寄って来た。
「無事だったんだね」
「ああ」
何となくモモは詳細を聞きたそうな顔をしている気もしたけど、今はそれよりも大事な話がある。
「モモ。正直、俺は塔を甘く見てたよ。別に俺自身はまだ負ける気はしないけど、モモを守りながら戦うのは結構難しい気がしてきた」
「それって……もう、ボクとは一緒に行けないって事?」
今度は悲しげな表情を浮かべるモモ。何となく気まずい。
「そう言う訳じゃない。ただ、やっぱりモモを守れる誰かが必要だと思うんだ。若しくは、モモ自身がもっと強くなるか」
とは言え、モモが強くなれば護衛なんてそもそも必要なくなるのだから、俺と一緒に行動する必要はあまりなくなる。
「そっか……」
どこか諦めた様な、憂いを帯びた表情。
何と言うか、コロコロ表情を変えるモモを見ていると和む。今はそんな雰囲気じゃないから口にはしないけど。
「なあモモ。やっぱり、俺が一人で取って来るよ。何が必要なんだ?」
「それは……」
やはり言葉を濁すモモ。そんなに俺は信用出来ないのだろうか?
「別に金を取ったりしない。これに関しては、情報に対する報酬だと思ってくれれば良い」
あまりこういう事は言いたくなかったが、まあ仕方ないだろう。俺が口約する事でモモが少しでも信用してくれるなら。
「お兄さん……ごめんね」
やはり俺の考えていた通りだったのか、モモはすまなさそうに謝ってきた。
「良いんだ。それで、俺の言葉を信用してくれるか?」
「……うん。ボク、お兄さんを信じるよ」
「ありがとう」
「お礼を言うのはボクの方だよ」
信じてくれた事に対して礼を言うと、モモは朗らかな笑みを浮かべてそう返してきた。
俺達はお互いに吹き出し、モンスターの出る場所にいると言うのにひとしきり笑った。
「それじゃあ、とりあえずは下に降りよう。モモが欲しい物はそれから聞く事にするよ」
「分かった」
モモは俺の言葉に素直に頷き、俺達は来た道を引き返すべく目の前にある階段を下った……
登り同様大した苦労もなく1階まで下りた俺達は、塔を出て近くの喫茶店に入った。
因みに、邪魔になったウォーターアーマーは任意で解除した。
木造の建物で内装はレトロな感じと割と良い雰囲気の店だ。どちらかと言えば狭い店内だが、混んでるわけでもなくよくこの店を利用すると言うモモお勧めの窓際の席にすんなりと座れた。
「それで、結局モモは何を探してるんだ?」
モモはオレンジジュースを、俺はアイスコーヒーを頼んでそれが届いた後、早速本題に入った。
「ボクが探してるのは、エトルアンの涙って言うアイテムなんだ」
エトルアンの涙? 聞いた事のないアイテムだ。
「塔の10階以降で、ものすごく稀に出現するモンスターがいてね。それがエトルアンってモンスターなんだけど、そいつがドロップするアイテムなんだ」
アイテムもそうだし、そんなモンスターも知らない。やっぱり、ゲームと完全に同じ訳じゃない様だ。
「どんなモンスターか分かってるのか?」
「うん。見た目は猫みたいなモンスターで、大きさはネズミくらい。すごく臆病で、向こうから人間を襲ってくる事はないみたい。攻撃しようとすれば直ぐに逃げるから、見つけても倒すのが難しいって言われてる」
「似た様なモンスターとかはいないのか?」
「うん。今までに目撃された事はないはずだよ」
「なら見つけられるかどうかと、ドロップ率が問題なのかな? 強くはないんだろう?」
「スライムくらいの強さらしいよ。そうじゃなきゃ、ボクも自分で探そうだなんて思わないし。それと、今知られてる範囲ではエトルアンの涙のドロップ率は100%らしいよ。見つけて、逃げられる前に倒せれば問題ないはず」
「なるほどね。ちなみに、何階くらいまで出て来るんだ?」
今まで聞いた中では、10階以降と言う言葉しか聞いてない。一応、何階まで出て来るのかも聞いておくべきだろう。
「聞いた話では、21階までは目撃されてるって。どの階が出やすいとかはあんまりないみたい」
「となると、かなり運頼りっぽいな……」
「そうだね。しかも他にもモンスターが出るし、相応の実力も必要になってくると思う。あ! でもお兄さんなら心配ないと思うよ!」
なんてフォローも入れるモモ。
「まあ、任せてくれ。ちゃちゃっと取って来るからさ」
「え!? これから行くの?」
俺の自信に溢れた言葉に、モモが心底驚いた様子で聞いてきた。
「そのつもりだけど、何か問題でもあるのか?」
まだまだ日暮れにも遠い。さっき登った感じ、10階くらいならそう時間もかからないだろう。
「いくらお兄さんが強いって言っても、身体は休めた方が良いと思うよ……?」
心配そうにそう言ってくれるモモだが、別段そんなに疲れてる訳でもないしな……
「大丈夫だって。一応10階までの地図がないか探してから登るし、まだまだ元気だからさ」
「う、うん……なら良いんだけど……」
俺の返事から日を改める気がないと察したのか、モモは渋々と言った感じで納得してくれた。
会計を済ませて喫茶店を出た俺達は、明日の朝7時に塔の1階で待ち合わせる事にして別れた。
今度はソロで塔を登る為、さっき通った道を戻る。
モモに言った通り1階で地図を探し、10階までの地図を手に入れる事が出来た。金額は大体一食分くらいと言っておこう。
そこからは簡単だった。さっき登ったばかりと言う事もあり、6階までは軽く地図を確認しながら進むだけで済んだ。
念の為再び発動したウォーターアーマーを頼りにしながら、水系のスキルを駆使してサクサクと進んで行く。
フレイムリザードも出会い頭に殲滅する作戦で仲間を呼ばせず、苦戦する事も全くなかった。
そうして辿り着いた10階。9階までの様子とは打って変わったこの階層は、一言で表すなら森だった。決まった道はない、木々の中にぽんと広がった空間に階段があるのが現状だ。
森林タイプのダンジョンはゲーム内にもあったけど、ある程度は通路が出来ていたから思わず唖然としてしまった。
「で、ここのどこかに現れるネズミサイズのモンスターを見つけるのか……なかなか骨が折れそうだな」
と思わず弱音を吐いてしまう。
ここまでの階と広さはそう変わらないだろうけど、ここから地図がない。一応エトルアンの涙を手に入れるまで先に進むつもりはなかったけど、様子見がてら上の階を覗いてみるのも手かもしれない。
ともあれ……
「とりあえず探してみるか」
通路で仕切られてない以上、何か目印を付けながら進まないと迷いそうだ。とりあえず階段を上がった向きに進んでみる。その間にある木に適当な間隔で進行方向の矢印を刻む。
地面は勿論、木の枝なんかにも気を配りながら歩いて行く。
数分歩いた頃だろうか。正面の木々の影から何かが飛び出してきた。
現れたのは2メートルはありそうな体躯の猿に似たモンスター。ゲームでも見覚えのあるウッドモンキーだ。腕が木の枝の様になっているのが特徴で、その腕を鞭の様にしならせて攻撃してくる。動きも機敏な為回避率が高く、こいつを嫌うプレイヤーは多かった。と言っても、中層以降を攻略しているプレイヤーからすれば雑魚の類いだろう。
「キーッ!」
そんな叫び声をあげながらウッドモンキーが腕を振るう。それをかわしながら駆け出してナイフを抜く。
機敏さが売りのウッドモンキーではあるが、攻撃直後の硬直もあってか俺の動きに反応出来ていない。駆け抜けながらナイフを一閃。ウッドモンキーの右腕を切り落とす事が出来たがまだ倒せてはいない。
片腕を斬られたウッドモンキーはけたたましい絶叫を木霊させながら、残った左腕を振るってきた。それも難なくかわした俺は、再びウッドモンキーとの距離を詰める。
やはり俺のスピードについてこれないウッドモンキーの残った左腕を切断し、のけ反ったその隙にウッドモンキーの胸にナイフを突き刺す。
確かな手応えを感じ、ナイフを抜くと同時に念の為距離を取るべく後ろに跳ぶ。
しかしそんな必要はなく、ウッドモンキーは断末魔の声をあげて消滅していった。
「ん?」
ウッドモンキーは確かに消滅したが、その場に切り落とした腕が一本残っていた。これもドロップアテムの演出の一つだろうか。確かゲームの時もウッドモンキーは腕をドロップしたはずだから、おそらく間違いないと思うんだが……
まあ考えても仕方ない。手に入れられる物はきちんと入手しておくべきだろう。
そう判断して一歩踏み出した刹那、拾おうと思ったウッドモンキーの腕が勝手に動き出した。
良く見てみると、ウッドモンキーの腕が少しだけ浮いている。
更に良く見てみると、ウッドモンキーの腕の下に何かがいる。
俺の視線を受けてか、一瞬だけ動きが止まったかと思ったウッドモンキーの腕が、物凄い勢いで俺から遠ざかり始めた。
呆けてる場合じゃない!
十中八九あれがエトルアンだ!
俺は慌ててウッドモンキーの腕――もとい。エトルアンの後を追う。奴は確かに素早いが、森の中である事を差し引いても何とか離されずに追う事が出来ている。奴がウッドモンキーの腕を持ってなかったら正直分からないが……
だがここは森の中だ。いつ俺が通れない様な場所に入り込むか分からない。直ぐにでも何とかしないと……
「そうだ!」
逃げる相手を倒すのに丁度良いスキルがあった事を思い出し、俺は早速そのスキルを使う。
「ホーミングミサイル!」
はっきり言ってネタスキルだ。ホーミング性能を求めれば求める程に攻撃スキルとしての性能は落ちる仕様の中、ホーミング性能を特化させた最弱威力のスキル。その名の通りミサイルを出現させ、対象に当たるまでかなりの精度でホーミング性能を発揮して追尾する。スライムですら一撃では倒せないだろう。それでも、一撃を与える事に意味がある。
天地創造でのみ創り出せる特殊スキルの一つ。属性指定のない攻撃スキルを当てた時限定で発動可能で、対象を100%スタンさせるスキルがある。スタン時間は5秒。十分追いつける距離だ。
ホーミングミサイルがエトルアンに直撃した瞬間に、俺はそのスキルを発動させる。
「デスショック!」
別に一撃死効果がある訳じゃないが、5秒の強制スタンは状況次第では十分死を意味する。そんな意味を込めて付けたその名を叫ぶと、きちんとスキルが発動しエトルアンはビクッと身体を震わせて硬直する。
その隙に距離を詰め、ナイフで一閃。スライムと同じくらいの強さと言うエトルアンは、それで倒せたらしく消滅していった。
中空が一瞬キラキラと光ったかと思うと、そこに手の平にすっぽりと納まるくらいの小瓶が現れた。光を帯びたまま浮かぶその光景はどことなく神秘的にさえ見える。
そっと手を出し小瓶を掴むと、光は瞬時に消えた。
小瓶の中身を覗くと、中に水分があるのが分かる。瓶自体が青い色をしている為水分の色までは分からないが、これがエトルアンの涙で間違いはなさそうだ。
「あー」
ふと重大な事実に気が付いてしまった。
「向こうから来たんだっけか?」
何となくそっちじゃないかと言う方向はあるが、本当にそっちから来たのかと言う自信がない。
……仕方ない。しばらく歩いてみて戻れなさそうだったら、帰還アイテムを使うしかなさそうだ。
せっかくエトルアンの涙を手に入れたと言うのに、少し気落ちしながらも多分階段がある方向へと向かって歩き出した。






