第十二話 フレイムリザード
結論を言えば、モモの視力はかなり良いという事が分かった。
通路の先にあったのはやはり上に行く為の階段で、モモ曰くきちんと見えて判別したとの事。
そんなこんなでバベルの塔6階。行く手を阻むモンスターを蹴散らしながら、5階同様モモにマッピングをしてもらいながら進む。
モモが仕入れた情報は正しく、6階からは熱気のあるダンジョンに変わった。
周囲の景色は変わらない為、視覚的にはそこまで暑さを感じない。しかし注意をしていなければ暑さのせいで体力を奪われ、判断力も鈍っていくかもしれない。
とは言え、以前と違い根本的に身体が丈夫になった俺にとってそこまで苦ではない。モンスターの強さもそう変わらない為、相変わらず一撃か二撃で倒せている。
はっきり言って俺にとっては手ぬるいが、モンスターを倒す度にモモが感嘆の声を漏らすので悪い気はしない。
「よっと」
何度か現れたレッドスライム(熱を帯びた赤い色のスライム)を倒すと、今まで同様にモモが俺を誉める言葉を発する。
「さすがだね」
しかし、その声には今までの様な元気の良さが感じられなかった。
「疲れたのか?」
「……そうだね。疲れてきたのもあるけど、やっぱり暑さにやられたのかな」
そう言いながらマジックボックスから水筒を取り出し水を飲むモモ。
次いでタオルを取り出し汗を拭う。
そう言えば、食糧や水分の事を気にしてなかったな……
塔に来る前に空腹を感じた事実があったにも関わらず、塔の攻略中にそれらが必要になる可能性を考えていなかった。
今はまだ大丈夫だけど、これは失敗したな……
「大丈夫か?」
「うん。まだ平気だよ」
そう答えるモモの表情は、水分を取ったおかげか確かにさっきよりは明るい。しかしこれから先もしばらく暑さと戦う事になる。となると、モモの体力が持つ可能性は低い気もする。
「モモ」
「何?」
「必要な物って言うのは、今日中に手に入れないといけないのか?」
もしそうなら、最悪俺一人で取りに行けば良い。そうじゃないなら、一度出直すのも手だ。
「そんな事はないけど……早い方が良いかな」
「何なら、俺が取って来ても良いんだぞ? 少なくとも10階くらいまでは問題なさそうだし」
「それは……ほら、お兄さんに悪いよ」
俺の提案にモモは歯切れ悪くそう答えた。
何が必要なのか言いたくない。って訳じゃなさそうだけど……
ある程度は希少な物みたいだから、他人任せだと大金を要求されたり、最悪渡して貰えないとか想像してるのかもしれないな。流石にそこまでは信用されてないって事か。まあ当然ではあるが、少しだけ寂しい気もする。
大した時間を共にした訳じゃないけど、モモに対して情が湧いてきた感がある。本音を言えばもう少し信用して欲しいところだ。
「まあ、とりあえずこのまま進むとしてだ……辛くなったら早めに言うんだぞ?」
「うん」
俺の言葉に、モモはさっきより少しだけ元気な様子で頷いた。
それから運良く7階に上がる階段を早々に見つけた俺達は、そのまま7階に上がった。
モモの様子は少し心配だったが、一見そこまでしんどそうには見えないから大丈夫だろうと判断した。
そしてバベルの塔7階。今度は見た目からして熱気を感じる風景に変わった。整然とした壁ではなく赤みを帯びた岩肌の壁や天井。所どころに溶岩も流れている。火山にある洞窟にでも入った感じだ。
視覚的にも暑さを感じる様になり、おそらく実際の気温も高くなっている気がする。6階で弱った心身を更に追い詰めようとしている気さえしてくる。
「行けそうか?」
そんな風景を見て言葉を失くしていたモモに、俺はそんな風に声をかけた。
「まだ、なんとかね」
そう答えるモモの表情は引きつっている。
今はまだ大丈夫でも、そう長くはもたなさそうだ。
「あ」
「どうしたの?」
ふと思い付いた事があり声を上げると、モモが不思議そうに聞いてきた。
「もしかしたら、熱気対策に役立つかもしれないスキルがある」
ゲームの時は気温そのものに意味はなかったが、地形ダメージや属性ダメージはあった。それに対抗する為のスキルも存在し、火属性の攻撃を和らげるスキルを使えばこの暑さも凌げるんじゃないだろうか。
「そんなスキル聞いた事ないけど……」
暑さを和らげる事が目的のスキルはない。けど、試してみる価値はある。
「ウォーターアーマー」
モモに対して、対火属性効果を与えるスキルを発動する。
アーマーと名付けはしたものの、実際には鎧の様な形状はしていなかった。スキルによって形成された水膜(の様なもの)がモモを包み込む様に現れた。
「どうだ?」
「うん! 全然暑さを感じなくなったよ!」
どうやら成功した様だ。一応、自分にもかけてみるか。
「ウォーターアーマー」
今度は自身にスキルを発動させると、モモに発動した時と同じ様に水膜の様なものが俺の周囲に現れた。
別段冷たい訳でもないが、確かに熱気は感じなくなった。どうやら一定の温度を保ち続けるっぽい。
一応右に左にと動き、きちんと膜を纏ったまま移動出来るか確認する。
「問題ないみたいだな」
「うん。お兄さん、ホントに凄いね!」
「ありがとう」
再度贈られた感嘆の言葉を、照れ笑いで誤魔化しながら受け取っておく。
対属性系のスキルは少し特殊で、効果時間が存在しない。その代わり耐久値がありそれを超過するダメージを受けると消滅する。発動可能ストックがあり、それぞれにウェイトタイムが存在している。
俺のウォーターアーマーのストックは5。ウェイトタイムは24時間だ。耐久値は明確に数値化されてなかったから憶測でしか分からない上に、今となってはこの熱気でさえダメージ扱いになっている可能性もあって判断が付かない。
残りの3回は全部モモの為に残しておいた方が無難かもしれない。
そうして7階の探索を開始する。
相変わらず俺が先行してモモがマッピングを行なうスタイルだ。
それに問題があるとも思わないし、変えるつもりもない。何か特別な事が起きない限りは。
なんてどうでも良い事を考えていると、脇を流れる溶岩から何かが飛び出してきた。突然の出来事にモモは反応出来ずに身を固めてしまっていたが、ウォーターアーマーが跳ねてきた溶岩をきちんと防いでいた。
飛び散った溶岩も難なくかわした俺は、溶岩から現れたソイツを観察する。
見た目は人間の子供くらいの大きさのトカゲだ。皮膚は赤い。ついでに目つきがすこぶる悪い。
「フレイムリザード……」
モモがどこか不安気な声を漏らした。
フレイムリザード。ゲームの時でも現れたこいつは、この階層の中では強敵と言えるモンスターだろう。そう考えればモモの反応も頷ける。とは言え、所詮は下層のモンスターだ。未だダメージを受けていない俺からすれば雑魚同然だろう。
そう考えて出現と同時に抜いていたナイフを構える。が、相手の動きはそれよりも早かった。
口から拳くらいの大きさの火の玉を吐き出してきたのだ。初めてモンスターに先制攻撃を奪われ流石に気が動転しかけたものの、眼前に迫る火の玉を避けるべく左に移動する。直撃はしなかったものの、俺の身体よりも外にある水膜には触れた。それでもウォーターアーマーが消滅する事はなく、火の玉を完全に掻き消した。
避ける必要もなかったな。
なんて感慨に耽る暇はなく、フレイムリザードは既に次の行動に移っていた。そうはさせまいと俺は跳躍して距離を詰める。が、フレイムリザードの取った行動は遠吠え。言うなれば、仲間を呼ぶ為の雄叫び。フレイムリザードの皮膚を一閃したものの、流石に一撃では倒せない。更に遠吠えは成立している。
俺はともかく、このままじゃモモが危険かもしれない。
「モモ! お前は階段まで戻れ!」
「え?」
俺の言葉を瞬時には理解出来なかったらしく、モモがキョトンとした表情を浮かべている。
「あいつは今仲間を呼んだはずだ。流石に守り切れないかもしれないから、とりあえず逃げておいてくれ!」
出来るだけ簡潔に叫ぶ。今度はきちんと理解してくれたらしく、モモは踵を返して来た道を戻って行く。
そんな様子を隙と考えたのか、フレイムリザードがこちらに突進してきていた。
俺は突進をかわすと同時にナイフでフレイムリザードに刃を当てる。今までで一番手応えのない一撃だった。
「まだ倒れないか……」
慌てる事はない。例えフレイムリザードが何匹出て来たって倒す自信はある。
どこからか湧き上がってくる不安をそう自分に言い聞かせる事で払拭し、既に動きの鈍くなっているフレイムリザードにトドメを刺そうと近付こうとしたその時、背後の溶岩から何かが飛び出す音がした。
振り向くまでもない。現れたのはフレイムリザードだろう。
「ウオーターシュート!」
振り向くと同時に対象を捕捉。新たに二匹現れた内の一匹に向かって水属性の弾丸を放つ。今まさに俺へと突進しようとしていたそいつに当たると、一撃で倒せたらしく存在が消滅した。
もう一匹は火の玉を吐き出してきたが、ウォーターアーマーに阻まれ消滅する。着弾とほぼ同時に再び振り返った俺は、最後の力を振りしぼった様な弱々しい勢いながら突進しようとしてきていた最初のフレイムリザードを迎撃する。
三度目の斬撃で最初のフレイムリザードを倒した。
とりあえず後一匹。そう思った所で、最後の一匹の遠吠えが響いた。
「くっ」
ソロで相手をするのは面倒な相手だ……ゲームの時はこんなに簡単に仲間を呼んだりしなかったんだけどな……
なんて考えながらも、俺はフレイムリザードとの距離を詰めてナイフを振るう。
遠吠えを終えたばかりのフレイムリザードは俺の攻撃に反応する事が出来ずに直撃を受ける。俺はその一撃に確かな手応えを感じた。
きっと今のもクリティカルだ。なら、次の一撃で倒せるかもしれない。
そんな期待をしつつ、怯んで次の行動に移せていないフレイムリザードに力を込めた一撃を放つ。特別な手応えは感じなかったものの、俺の放った一撃は確かにフレイムリザードにダメージを与え、俺の予想通りに消滅した。
「新手が来る前に逃げるかな」
まだまだ余裕はあるものの、永遠に戦い続けられる訳でもない。それに、モモの事も心配だ。
俺は踵を返して、モモが待っているであろう階段へと向かった。