第十話 スライムもどき
バベルの塔2階。神の試練最初の階層であるこの場所は、一見すると何の変哲もない迷路タイプのダンジョンだ。広さだってそこまである訳じゃない。ただし、塔の中である事を抜かせば。
「塔の中もそう変わらないんだな」
実際の広さを体感した訳じゃないが、足を踏み入れた瞬間の雰囲気でそんな風に思い口から漏れてしまった。
「何か言った?」
「いや、何でもない」
モモがいなくても問題なかったんじゃないかと思わないでもなかったが、せっかく一緒に登る事になったんだからきちんとその役割は果たして貰おう。
「そう言えば、モモは実際に塔を登った事はあるのか?」
「あるよ。一人で挑戦してみて、5階で挫折したけどね」
俺の言葉に自嘲の笑みを零しながらそう答えるモモ。
なるほど。モモの強さがどの程度なのかは分からないけど、今後の動きで塔難易度の指標にはなりそうだ。
「それで、ここの道順は覚えてるのか?」
上層に行けば入る度にその形を変える階もあるはずだが、最下層部である2階ならおそらく固定のはずだ。
「うん。5階までは先導するよ」
モモの返事から、少なくとも5階までは似た様なダンジョン形式且つ固定である事が分かった。
でも……
「先導はしなくて良い。モンスターだって出るんだし」
階層や固体種毎に決まった数を維持する様にモンスターは生み出される。強力なモンスターの場合は倒してから再出現まで一定時間空く種類もいる。と言うのがゲームでの常識だ。
「2階はモンスター出ないんだよ。でもまあ、お兄さんの言うことは聞く約束だしね。後ろから道を言えば良いかな?」
へー。2階はモンスターが出ないのか。そこはゲームとは違うんだな。
「そうだね」
俺はモモの言葉に頷き、「それじゃあ行こうか」と足を動かし始める。
モモが後に続くのを足音と気配で確認しながら、決して速くならない様に歩を進める。
モモの案内に従いながら、ゲームとは道順の違う迷路を進んで行く。
その道すがら、塔の内部構成や脱出手段等を説明して貰う。結果、やはり大雑把にはゲームの時と変わらない事が判明した。
とは言え、それはモモが知っている範囲の話でしかなく、上層部分がどうなっているかは分からない。
聞いた限りではこうだ。
まず2階は完全な迷路。何度も足を運びマッピングした者がいて、ウォークルの中心街くらいの広さがあるらしい。街では塔の下層部分の地図まで売られている。これはゲームの時にもあったが、現状では地図を買う者は殆どいないとの事。それは2階にはモンスターが出ず、神からの贈り物と称される宝箱が現れない事と、3階に上がるまでの最短ルートは1階に掲示されてるからだ。俺は気付かなかったけど……
そして3階。ここも2階同様に迷路となっているが、2階とは違いモンスターも宝箱も現れる。とは言えモンスターは弱く、当然の様に現れるお宝も大した物ではない。1階の地図は掲示されていないが、広さは2階よりもやや狭く、余り複雑でもないらしい。
4階も迷路タイプ。3階と殆ど変わらず、少しだけ迷路が複雑になったくらいだそうだ。
そして5階。ここでモンスターの強さが少し上がるとか。迷路タイプなのは変わらず、その広さも殆ど変わらないらしいが、全体的にモンスターが強くなる上に数も増えているらしく、興味本位や新人と言われる冒険者は大概ここで躓く。
モモもこれに当てはまる訳だ。
モモが仕入れた情報としては、6階からも迷路の様なダンジョンが続くそうだ。ただし、9階までは熱気を孕むダンジョンとなっている。炎属性のモンスターが現れる様になり、暑さと炎攻撃に対する対策を怠るとここでも躓くそうだ。
ゲームの時は炎属性のダンジョンになるのは11階以降だったが……
まあ余り考えててもしょうがない。今はとにかく進もうじゃないか。
別段足を止めていた訳じゃないけど、何となく意識を改めてみる。
モモからの説明を受け、そんな思考を巡らせている内に3階に上がる階段へと辿り着いた。
さて、ここから先はもう少し気を引き締めないとな。一応、モンスターが出る様になるんだし。
と意気込み、俺達は3階へと登った。
「やっぱ最初はスライムなんだな」
3階に上がって最初の角を曲がると、そこにはジェル状の緑色のモンスターがいた。まだこちらに気付いた様子はなく、のそのそと動いている。
「違うよ。あれはスライムもどきさ」
思わず零した俺の言葉に、モモは自信満々にそんな風に言った。
「は?」
スライムもどきなんて聞いた事がない。少なくともゲームの中にはいなかった。
「スライムとは違うのか?」
「まああんまり変わらないけど……スライムは身体に酸が混じってるけど、もどきには酸がないんだ。ただのジェル状のモンスター。微妙に硬さがあるから、それを活かして体当たりをしてくるくらい。ここでの一番のザコモンスターだね」
塔に現れるモンスターは神が作り出した魔法生物で、食事や休息を必要としない。冒険者を襲うのはそういう風に作られているからだ。その設定はゲームでもここでも変わらない。それでも生物としてカテゴライズされているのは、種によっては血が流れているからだろうか。
「どうやって見分けるんだ?」
「簡単だよ。スライムもどきのコアは黒いんだ」
スライムの身体は透けている。その中心には弱点とも言えるコアがあり、本物のスライムはコアが銀色をしているそうだ。
「へー。覚えておくよ」
スライムの強さを考えれば余り気にする必要はないかもしれないが、そういった知識はあるに越した事はない。
「とりあえず攻撃してみるか」
そんな呟きと同時に、腰のナイフを抜く。今装備しているのはエルーザナイフ。エルーザとはゲーム内で知識を司る女神の名前だったが、この世界ではどうなのか知らない。
俺がナイフを抜いたのとほぼ同時に、スライムもどきはこちらの存在に気が付いた様だ。しかしその動きは速くない。と言うか遅い。と思ったのも束の間、急に勢い良く飛び跳ねてこちらに向かってきた。とは言え今の俺にとっては対応するのは容易いスピードだ。落ち着いてその動きを目で追うと同時に身体を動かし体当たりの軌道からずれる。と同時にナイフの刃をその軌道に合わせ、スライムもどきの身体を裂く。
「お?」
振り返ると、ダメージを受けたであろうスライムもどきはシューシューと音を立てて消えていった。
思ったよりも弱い。いや、俺が強いのか……
「やっぱりボクの目に狂いはなかったね! いくらザコモンスターとは言え一撃で倒すなんて凄いよ!」
と、モモが興奮した様子ではしゃぐ。そんなに驚く様な事じゃないと思うんだが……
まあ、そこは俺の感覚がおかしいだけかもしれないな。
「一応、ありがとうと言っておくよ」
そんなモモに向かって、俺は苦笑を浮かべながら答えた。
それにしても……
ゲームと違ってモンスターが直接お金を落とす様な事はないらしい。まあ、神が創ったモンスターから人間の作ったお金が出てくるのもおかしな話ではなる訳だが……
この世界では冒険者がお金を稼ぐ為には宝箱を見つけるか、モンスターのドロップアイテムに期待するしかないらしい。だがしかし――
「ドロップアイテムもなしか」
「残念ながら、スライムもどきから何かアイテムが出たって話は聞いた事がないんだよね」
「そうなのか?」
「うん」
まあ、出たとしてもどうせ大したアイテムじゃないだろう。
「よし。先に進もう」
「了解っ」
元気良く答えるモモを連れて、と言うかそんなモモの案内で、その先もザコモンスターに分類されるスライムやコボルト等を倒しながら階を進んだ。
そうして辿り着いた5階。ここからはモモの案内は期待出来ない。となるとまずは下層の地図を買いに行っても良かった気がしてきたけど……
ま、何とかなるだろう。
そんな結論に至って、俺は5階の第一歩を踏み出した。