第九話 初めての仲間
本格的に腹ごしらえを済ませ、街の中心に聳え立つバベルの塔へと足を運んだ。
聖書とは違い、ゲームの世界におけるバベルの塔は神が創ったとされている。その内部に多くの試練を用意し、それを越えてきた者の願いを叶えると言い、かつて地上にいた神は姿を消した。そんな感じの物語だったはずだ。
塔は円柱状に創られていて、当然それなりに面積も広い訳だが……
塔の入り口を潜ればそこは本来あるべき塔の内部とは全く別の空間に繋がっている。塔の外観は形式的なものでしかなく、それでいて神に創られたと言われて納得出来る程物理法則を無視して立派に聳え立っている。
そしてその内部は外観からは有り得ない広さだったり空間だったりと、常識では当てはまらない場所だ。とは言っても、これはゲームの時の話で今はどうなってるかまだ分からないけど……
塔の入口付近まで辿り着くと、果てしなく空へと伸びる塔の姿は迫力を増しまさに圧巻と言えた。
だと言うのにも関わらず、塔の周辺は閑散としている。塔から20メートル程の距離を空けて塔を囲う様に塀が作られているが、それは形ばかりのものでしかない。こうして閑散としているのを見る限り、ゲーム同様に塔の入口には神による結界が張られているのだろう。
塔の中にいるモンスターは、足を踏み入れた者に対する試練であって、街を――この世界の住人を脅かすものではないと言う事だ。
出会った時のモナカの言葉から察するに、塔の中では死なない可能性が高い。ゲームの時はHPが0になると同時に、塔の外へと飛ばされた。外へ飛ばされる事実はこの世界でも成り立っている様だったから、そう推察してみたものの……
「HPが数値化されてないからなぁ……」
誰かに聞けば塔の外へ飛ばされる条件が分かるかもしれないが、それを聞ける様な間柄の冒険者はいない。
もっとも、塔の中には脱出する為の手段もあるはずだから、困った時はそれを利用すると言う手立てもある。
それに出来れば取っておきたいところだけど、脱出用のアイテムも持ってるし何とかならない事はないだろう。
「そもそも、下層くらいで手こずるとは思わないし大丈夫か」
なんて呟きを漏らしながら、俺はバベルの塔へと足を踏み入れた。
「おー」
扉を開いた時点では、見た目は外観と同じくレンガ造りの内部が見えただけだが、境界線を潜れば何の違和感を感じる事なく別次元へと足を踏み入れる結果となった。
そこはかなりの広さがあるロビー的な部屋で、これから塔を登ろうと言う冒険者達や冒険者を対象に商売する者達が集まる場所でもある。そんなゲームの知識と違わず、この空間にはかなりの人数が集まっていた。
外が閑散としているのも頷けると言うものだ。一応、観光名所にもなっている設定だったはずだけど……
それは良いとしてだ。
とりあえずは普通に外に出れるのか確かめる必要がある。そう考えて振り返ると、扉の外にはさっきまでいたウォークルの風景が見えた。
どうやら、1階からは普通に外に出られる様だ。まあ、そうじゃなきゃこんなに人は集まらないだろう。
となると、これからどうするかだな。普通にソロで登ってみても良いけど、安全の為に誰かとパーティを組むべきかもしれない。この場所にはパーティ募集をかけている面々もいるはずだから、探せば誰かしらと組む事は出来るだろう。しかしだ。この場にいる冒険者は言うなればNPC達だろうし、そこまで強い奴はいないだろう。足並みを揃えるのは簡単だけど、安全の為に組むのにお荷物になる可能性もある。そもそも、信用出来る相手かどうかを見極める必要もあるし、正直面倒でもある。だからこそ、俺はゲームの時もソロでの攻略を目指した訳だし。
でもなぁ……パーティの有用性だってきちんと理解はしているつもりだ。さてさて、どうするべきか……
「お兄さん、新顔だね? 何か困ってる?」
俺が考え事をしているのを見て、そんな風に声をかけてくる人物がいた。
いつの間にか俯いていた顔を上げて声の主を見ると、活発そうな少年の姿が目に入ってきた。
「困ってると言えば困ってるし、困ってないと言えば困ってないかな」
「何だよそれ……」
俺の返答に、短く切り揃えた緑色の髪をくしゃくしゃとかきながら、少年はそんな風にぼやく。
「まあいいや。困ってるって事で話を進めるよ」
なかなか勝手な奴だ。まあいいけど。
「お兄さんはこれからこの塔を登るつもりだと思うけど、様子を見てた感じ初めてみたいだった。だから説明役と言うか、案内役みたいな人間が必要だと思うんだけど、どうかな?」
それはまさに俺が悩んでいたところだ。
「そうだね。一応前知識として調べてはあるけど、細かい部分までは把握出来てないのが現状だ。だから仲間になってくれる人でも探そうかなと考えてたところさ」
「でも、初めて来た場所で信用出来る人間を探すのは難しい。さあどうしたもんか。って感じかな?」
小さいナリでなかなか切れるじゃないか。と言うか、塔に関わる人間なら常識とも考えられるかな……
「まあね」
「そんなお兄さんに朗報さ。ボクがお兄さんの案内役になってあげるよ」
何故だか自信満々に胸を張りながら少年は言い放った。
うん……意味が分からない。
「と言うか、君を無条件に信用しろと?」
「まさか。詳しい話をしたいんだけど、聞いてくれる?」
はっきり言って怪しい。何か企んでるのは間違いないだろう。とは言え、情報が得られるなら多少のリスクは負っても仕方ない。リスクを負うなら、危険の少ない内に負っておくべきかもしれない。
「分かった。聞くよ」
「それじゃあ、邪魔にならない様に少し移動しよう」
そう言えば、扉の前で立ち止まってたんだった。
「そうだね」
俺はそう言って頷き、壁際の開いてるスペースを目指して歩き出した少年の後を追った。
そもそも入口付近に密集してたりしない為、まばらにいる人々の合間を陣取った。
壁を背にして振り返ると、少年は真っ直ぐに俺を見つめて口を開く。
「さて。まずはボクの目的を話そうかな」
目的、ね……
まあ、そうじゃなきゃ俺に声をかけてきたりはしないよな。
「塔の10階よりも上の階で稀に入手する事が出来るあるアイテムが欲しいんだ。ボク一人じゃ10階になんて行けないし、ボクみたいな足手まといを連れて行ってくれる奇特な冒険者はなかなかいないんだよね。だから、ボクを10階まで連れて行ってくれる人を捜してるって訳」
「なるほど。君の目的は分かったけど、何で俺に声をかけたのかな? いくら情報を欲してそうだったからって、身の安全を考えるなら俺みたいなのに声をかけるのはどうかと思うんだけど」
自分で言うのも悲しいものがあるけど、ソロの塔初心者。見た目で言えば決して強そうではない俺に命を預けようとは普通は考えないだろう。
「ボク、人を見る目には自信があるんだ。お兄さん、かなり強いでしょ?」
どうやら根拠はないらしい。でも、そう言う少年の目は言葉通り自信に充ち溢れてる。
まあ、10階くらいまでなら大丈夫だと思うけど……
「ちなみに、今って最高で何階まで攻略されてるのか知ってる?」
「報告されてる限りでは、52階だったかな」
なるほど。ゲーム時のCPUの記録も確かそのくらいだったはずだから、塔自体の難易度もそう変わりなさそうだ。
「分かった。君の話に乗るよ」
「本当!? ありがとうお兄さん!」
俺の返答が相当嬉しかったらしく、少年は俺の手を両手で握り勢いよくブンブンと振りながらそう言った。
「ただし条件がある」
「条件?」
「ああ。勝手な行動は取らず、基本的には俺の指示に従って貰う。じゃないと、守れるものも守れなくなる場合があるからね」
「なるほど。うん、分かったよ」
「そして、俺の能力に関して他言は絶対にしない事。これが守れないなら、この話はなかった事にしよう」
別に隠す必要はないかもしれないけど、今はあまり目立ちたくない。
「分かった」
念を押しても良いけど、今は素直に頷いた少年を信じよう。困った事になったらまたその時に考えれば良いさ。
「よし。それじゃあ契約成立だ」
「うん!」
俺の言葉に、少年は元気良く頷いた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね……俺はクロウ。よろしく」
「ボクはモモ。よろしくね」
そう答えて、少年は俺が出した手を握った。
ん? モモ?
「何だ少年。女の子みたいな名前だな?」
「なっ――ボクは女だよ!」
顔を真っ赤にして、少年――じゃなくてモモは、握った手にぎゅっと力を入れる。
全然痛くないけど。
「いや、まあ……ごめん」
「……まあいいけどさ。良く間違えられるし」
手を離し、今度は拗ねた様な表情を浮かべてそんな事を言う。
塔を登る為なんだろうけど、色気がない以前の問題な格好をしているのが問題なんじゃ……普段どんな格好してるかは知らないけど。
「それで、お兄さんは直ぐ登れるの?」
「まあ一応は」
「一応って……まあいいや。その辺りはお兄さんを信じるよ」
「モモはどうなんだよ?」
「ボクはばっちりだよ。機会を逃したくないからね」
「なるほどね。それじゃあ、早速行くとしようか」
「うん!」
元気良くモモが頷いたのを合図に、俺達は奥にある階段を目指して移動を始めた。
階段も入口と同じ様な仕組みで、本当に真上の階に繋がってるのかは定かじゃないけど……
それでも、こうして俺の新たな塔攻略が始まった。