未完成悪魔機械化事典 最強の男
俺は強い。
はっきり言って強い。どう考えても強い。
まだ高校生だが、世界一強い人間だと断言できる。
「おうおうおうお前か中曽根一郎ってのは」
金髪パンチパーマの学生服の男が絡んでくる。
「誰だお前は」
振り向く。学校の帰り。こういう輩によく絡まれる。
「おめぇが病院送りにしたカワイソーな男の兄貴分だよ!!」
「何の用だ」
「テメェも病院送りに…」
有無を言わさず殴り掛かってくる不良。
それを、ほんの軽く、手のひらで押す。
すると、不良は、10メートルほど、吹っ飛んで、道路を飛び越え、向かいのコンビニのガラスを突き破る。
俺は何もなかったかのように、再び歩き出す。
「いやぁ、新記録だねぇ」
幼馴染の井上が興味深そうに話しかけてくる。
「ずいぶん、手加減したつもりだがな。」
「ねぇねぇ、そんなに強いのに、どーして大会とか出ないの?」
「俺が人間の競争の中に入るのは、明らかにフェアじゃない。」
そう、俺は自分を人間だと思っていない。
「こーいうと、思い上がりだとか、子供故の万能感だとか、思われるかもしれないが、
そうじゃない。一度、自分が全力を出したらどうなるか、山で試したことがある。
木を思いっきり殴ってみた。60メートルはある杉の木だ。
その結果、どうなったと思う?」
「折れた?」
「爆発した。粉々に砕け散った。」
「はぁ?なんでそうなるのよ。」
「こんな人間が居るか?どー考えても人間じゃねぇだろ。」
「じゃあ、なんなのさ?」
「・・・わからん。」
「教えてあげるわ」
突然、知らない人が声を掛けて来た。
その女は、身長が2メートル、頭に蝙蝠の羽が生え、異様なピンクの貴族のような服。
あずき色の髪の毛が、くるくると渦巻きの形を作って、明らかに異様な空気を放っていた。
「井上、先帰ってろ。」
「はぁ?」
「いいから。帰れ。」
「わかっ…」
井上が答え終わる前に、中曽根一郎はその場から消えた。
同時に、怪しい巨大な女も消えていた。
「なによ。もう。」
中曽根一郎は走る。音速を超えないように。アスファルトやコンクリートを壊さないように、優しく。
街中で音速を超えるとどうなるか。衝撃波が発生し、ガラスは割れ、人は吹っ飛び、気圧差で鼓膜は破れる。
そうならないよう、亜音速でビルの上を移動し、街から離れ、誰もいな山の上に移動する。地元にある、標高1800mの山
今は冬。閑散期で誰もいない。街を一望できる。
中曽根一郎は息を切らすことも無く、息を白くすることも無く、平然とそこに立っていた。
そして、あの女も。
「お前、何者だ。」
中曽根一郎が質問する。
俺の同類?同じ存在?いや、違う。この感覚は、俺より、強い。
「私の名はアスタロト、今日は仕事で来ているわ。」
「仕事・・・?」
「あなたを勧誘しに来たのよ。あなたは悪魔になる素質があるわ。」
「あ、悪魔?」
「そう、私は悪魔。魔界において最強の一人。魔王アスタロト。」
普通の人間なら信じないだろうが、
俺は、そのまま信じた。なぜなら俺という存在を説明するなら、確かに悪魔という存在が当てはまると思ったからだ。
「一寸待て、その男は私の仲間になるのだ。」
突然、知らない声がした。
振り返ると、緑色のロングコート、オレンジ色の長髪、鉢巻き、身長2メートルはある男が立っていた。
この冬の雪山の頂上で、どこにも足跡が無い。
「お前も悪魔なのか?」
中曽根一郎は謎の男に質問する。
「私は天使だ。四大天使の一人。ミカエル。お前を迎えに来た。」
「あら~四大天使の中でも最も融通の利かない、頭がタングステンよりも固いミカエルじゃないですかぁ。」
アスタロトが、煽るように、ミカエルの前に立つ。
「・・・」
ミカエルは無視。
「あなたが来るってことはぁ、やっぱりそれだけの意味があるってことですよねぇ?」
アスタロトがこっちを見る。
「俺は・・・俺は何なんだ?」
二人に質問する。俺が今まで17年生きてきて、ずっと抱えていた疑問だ。
その答えが知れるかもしれない。ならば、悪魔と天使と名乗るよくわからない存在にも聞くしかない。
それに対し、アスタロトが答える。
「貴方は、そうねぇ…天使の幼体、種、雛、幼虫、名前は付いてないわ。
天界の杜撰な管理体制の結果、天使となるべき存在が人間の中に混じって産まれてしまったのよ。」
ミカエルが答える。
「30年前、天使が裏切り、天宮を爆破する事件があった。その時に天使の種が地上に落ちてしまった。管理体制の不備ではない。」
真実を知り、衝撃を受けるかと思っていたが、逆に、腑に落ちた。やはり人間ではなかった。
天使になる存在。そういわれれば、そうだったのかと納得する自分が居た。
いや、天使・・・?天使になるってどういうことやねん。
「お前の力は人間の世界では大きすぎる。天界に連れてゆく。」
ミカエルが俺の方へ一歩前に出る。異議を許さぬ過去たる圧力がある。
「いやぁ~、別に天使になる必要はないわよぉ~」
そこにアスタロトが割って入る。
「なにもめんどくさい天使になる必要なんてないわよ。悪魔の方が自由で良いわよ~」
アスタロトが俺の体を手のひらで優しく撫でまわす。ぞくっとする。
「もし、俺が、今ここで、天使になると選べば、どうなる。」
アスタロトが答える。
「そうねぇ、厄介な天使が一人、一匹かしら?増えるなら、天使になる前に、今ここで殺しちゃうわ。」
「悪魔を選んだらどうなる。」
ミカエルが答える。
「今ここで消滅させる。」
・・・本気だ。本気でこいつら殺すつもりだ。いや、じゃあどっち選んでも俺は消されるのでは・・・?
悪魔がやってきて、俺の人生終わりかと思ったが、その後、天使がやってきて、助かったと思ったが、
全然助かってねぇ。やべぇ。
逃げる。
全力で、
山を飛び越え、海を越え、走る。走る。景色が色のついた線状に流れていく。
遂には北海道最北端。宗谷岬に来る。
一時間ほど走ったか。 全力で。これで、
「遅かったじゃない」
アスタロトがそこにいた。テーブルを用意し、椅子を三つ。
ミカエルも座っていた。三段になっている紅茶を飲むときにお菓子を置く奴まである。
ポットがひとりでに動き出し、カップに紅茶を注ぐ。魔法なのかなんなのか。
俺は観念し、椅子に座る。
「ミルクを。角砂糖は三つ。」
テーブルの上の食器が動き、俺の前に置かれたカップにミルクを、砂糖が入っていく。
「アッサムか、俺は包種茶の方が好きなんだがな。」
「それを言うなら、私はブランデーの方が好きよ。あんたに合わせてやってんのよ。」
つまり、俺は未成年だから、酒ではなく紅茶を用意したというのだ。
それならばと遠慮なくクッキーを食べる。流石に走り疲れた。腹が減った。悪魔の食い物を食う抵抗はあったが、
天使も居るし大丈夫だろう。たぶん。しかし旨いなこのクッキー。悪魔が用意したにしては腹立つほど上品で旨い。
「わかった。選ぼう。悪魔か、天使か、」
走りながら考えていた。どうすればいいのか。途中考えながら走ったせいで山にぶつかり、ちょっと地形を変えてしまった。
アスタロトとミカエルがほんの少し、驚いたような気がした。
「へぇ、殺されるの分かっててそう言うんだ。面白いじゃない。聞いてあげるわ。」
椅子に背を持たれ、紅茶を口に運ぶアスタロト。
「・・・」
ミカエルは相変わらず無言だ。
「あと少し待ってくれ。」
「少し?」
「俺が寿命で死ぬまで、あと50年か80年か、未来永劫を生きるあんたらには、一瞬だろう?」
「そうだな。」
ミカエルが答える。喋ると思っていなかったから、びっくりした。
「ただ引き伸ばすだけなら、面白くないわねぇ。なら今ここで殺して帰った方が仕事が早く終わるわよ。」
アスタロトはニコニコ微笑みながら恐ろしいことを言う。しかし、本気だ。本気で、俺を今ここで殺すつもりだ。
「俺が死ぬとき、この世界は生きるに値する。と思えれば、天使になろう。
俺が死ぬとき、この世界は守るに値しない。と思えば、悪魔になろう。」
ミカエルの顔色が変わる。ギっとこちらをにらみつける。
「つまり、こういうことか。悪魔を選ぶのは、天使が不甲斐なく世を良くできなかったから。」
アスタロトも続く。
「天使になるのは、悪魔が不甲斐なく、世を悪くできなかったから。」
「そうだ。」
両者が考える。
「・・・」
「・・・そういわれちゃぁねぇ。」
紅茶のカップを持つ手が震える。口先三寸でどこまでやれるか。もはや俺にできることはもう無い。
あとは流れに身を任せるだけだ。
長い沈黙の後、ミカエルが先に答える。
「良いだろう。お前の言葉を認めよう。お前が死ぬ時まで、選択を待とう。」
アスタロトも答える。
「良いわ。あなたが死ぬ時まで、待ってあげましょう。」
やった!なんとかなったぞ。
アスタロトが立ち上がる。
「でもねぇ、ただ帰るのもねぇ」
歩いてこちらに近づいてくる。何をするつもりだ。
背後に立った。悪寒がする。
アスタロトが背後から俺の肩に手を乗せる。
その手が、ゆっくりと、俺の肩に食い込んでいく。
ずぶり、ずぶりと、俺の体に入っていく。
「なっ・・・」
なんだ、何をしている。動けない。力が入らない。
「これは、半分もらっていくわ。」
アスタロトの手が、俺の体の中心にある何かを引きちぎる感覚。超絶な激痛。
アスタロトが手を引き抜くと、何か喪失したような感覚に陥る。
「じゃ、これはあんたが死んだときに返してあげるわ。これは賭けの人質よ。」
そう言うと、アスタロトは消えた。
「なら、俺は残りの半分を持って行こう。」
ミカエルが同じように俺の胸に手を突っ込み、何かを引きちぎっていく。
体から骨を直接引きはがされるような痛み。
文句を言う前に、ミカエルも消えていた。
「はーっ、はーっ、あいつら・・・」
虚脱感。体に力が入らない。
いや、まさか、と思い、思いっきり地面を殴ってみる。
痛い。 地面にヒビ一つ入らない。
歓喜の感情がこみあげてくる。
つまり、あいつらが力を奪ったことで、俺は今。人間になったのだ。ただの人間に。
日本の最北端で、痛みに悶えながら、喜びが止まらない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーー!!!」
海に向かって叫ぶ。
やった。やったぞ。俺は普通になった。俺は人間だ。俺は人間だ!!
人生で一番の喜び。感動。うれしさ。
俺はクリスマスの小学生みたいに、そこらじゅうを走り回った。
飛び跳ねて、笑って、両手を上げ。
そして、気づいた。
「こっからどうやって家に帰るんだ。」




