第6話
廃ビルの澱んだ空気の中で、俺は自分の脇腹に針を通していた。
意識が遠のくほどの激痛。だが、声を出す余裕さえない。
先ほど接触した「東京の残党」――個の圧倒的な暴力の前に、俺は生き残るのが精一杯だった。加護持ちを仕留めた直後の高揚感など、一瞬で吹き飛んだ。本物の化け物は、格が違う。
傍らに転がした携帯ラジオから、ノイズ混じりの緊急放送が流れる。
『……各地の軍事拠点が「東京の残党」を自称する集団により次々と陥落……彼らは現在、旧東京エリアへ向け集結中……総員、防衛体制を……』
「報告! 第4、第7拠点が沈黙! 敵幹部級の襲撃により壊滅的打撃です!」
「馬鹿な……奴らは50年前に散り散りになったはずだぞ!」
怒号が飛び交う中、連合軍は残存戦力をかき集め、ボスの拘束施設がある「東京」へと急行させた。だが、それは残党たちの計算通りだった。
襲撃は、苛烈を極めた。
各地から集結した幹部たちが、連合軍の手中にあった東京を蹂躙し、地下深くの収容所へと肉薄する。ついにボスの救出が果たされようとしたその時、地響きと共に連合軍の切り札が現れた。
連合軍最強の精鋭部隊、『ジャガーノート』。
数千の増援を従え、個の武力が極まったその集団が、残党たちの包囲網を瞬く間に逆包囲する。
その先頭に、「彼」はいた。
返り血を浴びても、爆風に晒されても、髪一筋すら乱れない。ただそこに立つだけで、周囲の空間が凝固したかのような圧。連合軍最強の兵士、「不動」の男。
その圧倒的なまでの戦力の差にテロリスト達は為す術がなかった。
「包囲完了! ターゲットを逃がすな! 殲滅しろ!」
連合軍が勝利を確信した、その刹那だった。
残党の一人が、懐から異質な形状の小型爆弾を取り出した。手のひらサイズのそれは、明らかに現代の技術体系を逸脱した、不気味なほど高密度のエネルギーを内包している。
「Good luck Boss.」
カチッ。
超高性能爆弾による局所的な超高圧爆発が、救出されたばかりの「ボス」を直撃した。
凄まじい衝撃波がボスの肉体を粉砕し、その肉片を弾丸のごとく遠方へと、ジャガーノートの包囲網の外へと吹き飛ばす。再生の加護を持つボスにのみ許される、文字通りの「死の脱出」だ。
残された幹部たちに、逃げる術はない。再生の加護を持たぬ身でありながら、主を逃がすためだけに自らを盾とし、ジャガーノートの猛攻に飲み込まれていく。血肉を撒き散らしながらも、彼らは笑っていた。
司令部のモニターには、壊滅したテロリスト幹部たちの無惨な姿と、逃走に成功したボスの信号が映し出される。
「……残党は制圧した。だが、ボスを逃しただと……!?」
指揮官が絶望に顔を歪めた、その時。さらに最悪の無線が、すべての通信に割り込んだ。
『緊急連絡! 第3中央都市より緊急信号! 街の中心部で正体不明の高エネルギー反応――核融合、反応です!! 間に合いません、第3中央都市が、消えま――』
ノイズ。そして、完全な沈黙。
逃げ出した「ボス」という悪夢。そして、世界の中心部が蒸発したという、理解不能な現実。
廃ビルで傷を縫い終えた俺は、突然途絶えたラジオの沈黙に、ただ眉をひそめた。
「さぁ…行くか」




