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松前の斗星  作者: 和府


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8/8

第8話 1552年 元服

蝦夷島松前郡大館城 1552年(天文21年)春 蠣崎舜広(13歳)


 私が元服して初めての春が来た。まだまだ朝晩は冷えるが、昼間には日差しの有難みを体中に感じる事が出来る。清らかな雪解け水が里を潤し、何か月も白く閉ざされていた大地に彩りが戻る季節だ。昼間以外は快適とは言えないかも知れないが、それでも最も好きな季節だ。

 私は13年前にこの世に生を受けた。いや、違うな。私は…、きっと産まれ直したのだ。私はかつて500年近く未来で前世を生きていた。前世の記憶はこちらで生まれた直後ははっきり覚えていたが、こちらでの記憶が増えるにつれて、徐々に朧気になっていった。今では雪に埋もれたように、輪郭だけが見えている。

 幸いにも前世で農業を学んでいたお陰で、蠣崎家を史実よりも豊かにする事が出来ている気がする。史実では日本に玉蜀黍が伝わるのは今から27年後の1579年で、場所も長崎と遥か彼方だ。北海道での生産が盛んになったのは明治時代というのだから、北海道の潜在能力を全く生かせておらずとても勿体無い話だ。甜菜から砂糖を取り出すのは史実では約200年後のドイツ人で、製糖工場が作られるのはそれから更に半世紀も後だ。興味本位で甜菜糖の作り方を調べていたお陰で、世界初の砂糖革命をひっそりと起こす事が出来た。日本では砂糖はとても貴重品なので、価値を崩さない程度に製造して贈り物や売り物として活用していきたい。今の蠣崎家では甜菜糖を作る技術が稼ぎ頭と言っても過言ではない。技術が流出して経済的に不利にならないよう、実験場は信頼出来る者しか入れない事にしている。松前漬けはここの地名そのものなので作りたかったし、他にも色々工夫する事で食生活は大分豊かになったと思う。まとまった平地が手に入れば、牧場を作って肉を食べられるのだが…。早く羊肉でジンギスカンを食べたい。野菜もまだまだ必要だし、ビールもいつか作りたいものだ。うん、完全に自分の好みで食生活を魔改造しているな…。まあ、そのお陰で領民も戦国時代の北国の割にはちゃんと飯が食えているのだから、何も問題は無い筈だ。きっと。

 割と困るのが米の問題だ。21世紀の北海道は「ゆめぴりか」や「ななつぼし」等を筆頭に米の名産地だが、これは昭和時代に血の滲むような品種改良という名の試行錯誤をした結果だ。戦国時代の北海道は米が取れず、江戸時代になっても松前藩は「無高=石高ゼロ」だった。アイヌとの貿易で儲けていたので藩は運営出来ていたが、日本人の魂である米が取れないのは辛い。ちなみに1598年の記録では、東北全てを足してやっと200万石だった。当時の全国の石高合計は1850万石なので、東北はあれだけの面積が有ってもその1/9に過ぎなかった。こんな状態では東北から安く米を買う事も厳しいだろう。どこかの博物館で仕組みを学んだ千歯扱き(脱穀)や唐箕(籾殻と玄米と塵の選別)、正条植え(生産性向上)はどうやらこの試される大地では試す機会が無さそうだ。残念…。

 取れない物は仕方無い、主食は他の作物を育てよう。玉蜀黍だけでは流石に飽きる。北海道から連想する食料にじゃがいもが有るが、これはアンデスやメキシコ原産だ。それを大航海時代のスペイン人が1570年頃にヨーロッパに持ち込み、日本上陸は1598年の長崎らしい。マカオやフィリピンくらいまで来てくれているなら、南蛮商人に頼んで入手出来そうだが、まだヨーロッパにも到達していないとなるとどうにもならない。流石に松前から自前の船で太平洋を越えるのは技術的に不可能だ。サツマイモは名前の通り、国内では薩摩周辺で生産が盛んだ。北海道では寒過ぎて露地栽培は絶望的だ。

 そうなると小麦か…?21世紀の日本産小麦の2/3は北海道産と聞いた事が有るし、主力候補だな。小麦は収穫期によって冬小麦と春小麦に分かれるが、世界的には冬小麦が多数派らしい。小麦は寒冷地の冬を越せないので、それらの地域では春に種蒔きをして秋に収穫する春小麦が主流だ。それ以外の地域は(小麦基準で)そこまで寒くないので、秋に種蒔きをして翌年の夏~秋に収穫する冬小麦が主流だ。ここで問題なのが日本の梅雨だ。冬小麦の収穫期は丁度梅雨時で、小麦はこの時期に3日以上雨に濡れると品質が低下する。そのため、日本で唯一梅雨が来ない北海道が小麦生産の中心地になるわけだ。ちなみに北海道は冬小麦も春小麦も栽培出来るらしい。流石自給率の王者だ。

 ただここで問題が有る。小麦栽培には広い平地が向いているのだ。現在蠣崎家が治めている平地は松前と福島、そして飛び地状態の勝山館周辺のみだ。上ノ国と江差をハシタイン殿に奪われたのがここでも痛いな。どうにもならなかったとは言え、これで平地の大半を失ってしまった。小麦を主力にするにはまずはチリオチ、そして函館平野までは確実に欲しい。長期的には札幌周辺の石狩平野と苫小牧周辺の勇払平野、そして日高山脈を越えて十勝平野と釧路平野に黄金の波をたなびかせたいものだ…。まあ、現状ではただの妄想の段階なので、こつこつ進めて行くしか無いな。まずはチコモタイン殿の協力を得て、チリオチを食料生産地にする事からだな。函館はまだまだ先の話だ。小麦が取れてから慌てないように、製粉に必要な石臼や水車・風車の技術開発は今から始めておこう。

 食料以外の事も考えるか。去年は大殿である安東舜季様に烏帽子親を務めて頂いて元服をする事が出来た。前世の成人式のようなものだし、これで大人の仲間入りなので目出度い行事の筈なんだが…。まあ、セタナイアイヌに負けて領土を大きく奪われた直後だったから、葬式のような空気だったのも仕方無いな。祝われるこちらとしてはどうにも居心地が悪かったが。後、大殿が終始ご機嫌で、「私は奥州十三湊日之本将軍なのだ!」と耳にタコが出来るくらい騒いでいたのが印象的だったな。十三湊は日本の十大港湾である三津七湊の最北の港だ。前世の地名だと青森県の五所川原市、岩木川の河口だ。安東家は十三湊と共に大きく繁栄したのだが、約100年前に安藤義季(あんどうよしすえ)(大殿の高祖父)が南部家に十三湊を含む津軽地方を奪われ、蝦夷島への亡命を余儀なくされたらしい。ちなみに安東政季(あんどうまさすえ)(大殿の曾祖父)の家臣に武田信広(私の高祖父)が居て、信広爺様が蠣崎家初代の蠣崎季繁の婿養子になったとか…。他にも私の母方の祖父である河野季通(こうのすえみち)も安東政季の家臣だったそうだ。うーん、100年前が最近なのか遠い昔なのかよく分からなくなって来たな。賑やかな大将軍様も本拠地の檜山(秋田県能代市)に戻った事だし、こちらも蠣崎家の繁栄と私の生活環境向上のために頑張るとするかな。領民の衣食住を改善しつつ、講和に抵触しない範囲で領土や利用出来る土地を増やしていきたい。可能なら職人や優秀な人材が欲しいものだ。いずれ領土が増えたら農民も本土から呼び込んで、食料自給率を高めていくぞ。あ、元服して更に忙しくなるから、研究助手を雇わないと間に合わなくなるな。まずは領内で知恵働きが得意な者を身分問わず探してみるか。他に考えるべき事は何か有ったかな…?


「若殿、こちらにおいででしたか!南条殿が敗戦の責を負って自害すると言い張って、殿が困り果てております!若殿からも南条殿に思い留まるよう説得してください!」


こうして楽しい思考の海から無理やり引きずり出され、家臣に引きずられるように義兄のもとに向かう舜広だった。

史実の人物紹介

安藤義季(あんどうよしすえ):?~1453年。檜山系安東氏第3代。十三湊(青森県五所川原市)を拠点とする。1432年に南部義政(なんぶよしまさ)に攻撃され、蝦夷地(北海道)に亡命した。幕府の仲介により十三湊に戻り、1440年に妹を南部義政に嫁がせた。しかし、1442年に再度攻撃された事で蝦夷地に再亡命している。1445年に津軽(青森県西部)に復帰し、1451年に挙兵するが、1453年に南部氏に敗れて自害する。

安東政季(あんどうまさすえ):?~1488年。檜山系安東氏第4代。1454年に南部氏に敗れ、被官であり娘婿の蠣崎季繁(かきざきすえしげ)が統治する上ノ国花沢館(北海道上ノ国町)に亡命する。1456年には蠣崎季繁を上国守護に、安東定季(あんどうさだすえ)を松前守護に、安東家政(あんどういえまさ)を下国守護に任じる。政季は本州に戻り、檜山城(秋田県能代市)を拠点とする。

河野季通(こうのすえみち):?~1512年。安東氏の家臣。主人公の母方の祖父。1512年に拠点の宇須岸河野館(北海道函館市)をアイヌに襲撃され、父と3歳の娘(=主人公の母)を逃がして自害した。

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