第16話 1553年 第二次ハシタインの戦い(3)
蝦夷島セタナイアイヌ領カミノクニ 1553年(天文22年)6月 ハシタイン(34歳)
あいつら、俺達の船を全て沈めやがるなんて本当に武士なのか!?海戦で船を沈めるのは分かるが、陸戦中にこっそり沈めるなんて思いもよらなかったぞ。船で来た奴らは嵩張るからと食料を船に置いていたのもまずかったな。カミノクニの兵は家が近いから困らないが、それ以外の兵は無事帰れるかも分からず戦いどころじゃなくなってるな。一昨日戦いを始めたのに、カツヤマ館どころかまだ平地の町の柵に苦戦している所だ。和人共め、暗闇で戦えない夜の間に柵を修理するなんて、徹底し過ぎだろ…。山に入れば新しい罠や柵が有るだろうし、カミノクニ兵だけじゃカツヤマ館に着く頃には全滅しかねねぇ。ここで戦を切り上げるしかねぇな。くそ、忌々しい…。
「親分、大変です!エサシの奴らが我らの撤退経路を塞いでいます!」
エサシに食料を供出するよう要請しに行った部下が慌てて帰って来た。服はぼろぼろで、まるで襲われたかのように負傷している。
「阿呆、兵の士気が下がる事を大声で言うんじゃねぇ!…全く…。で、エサシの奴らが道を塞いでいて、お前は攻撃されて追っ払われたって所か?」
「その通りです、親分!奴らの砦には、カキザキ家の旗が立っていました…。」
ああ、これは大分まずいな…。持って来た食料はもう無い上に、最寄りのエサシからも得られない。それどころか移動し易い道を塞がれちまったから、遠回りをして山道を帰らなければならねぇ…。どう考えても食料が足りねぇ。明確に裏切ったエサシは後で絶対潰すとして、セタナイ以北のアイヌをこれからも従わせるためには、ここで十分な食料を与えて忠誠心を保たねぇとな。しかしそれをすると、このカミノクニの食料が無くなって、餓死者が出かねねぇ。そうなれば誰も俺を指導者として仰がないだろうな。くそ、攻めているつもりが逆に攻められているとはな…。仕方ねぇ、まずは撤退させるか。
「お前ら、攻撃を中止して撤退するぞ!カミノクニ以外のアイヌには、今から帰り道の分の食料を渡すから、受け取ったら順次撤退してくれ!」
「親分、そんな事をしたら我らカミノクニアイヌが飢え死にしてしまいます!どうか撤回してください!」
カミノクニの長が泣きついて来た。ええい、鬱陶しい。今まで以上に必死に食料を森や海から集めれば、元気な奴は生き延びられるだろう。病人は駄目かも知れないが、そこまで手は回らん。
「阿呆、エサシが裏切ったのを聞いていなかったのか!?ここで食料を持たせずに帰したら、カミノクニ以外の兵の多くが家に帰れずに山で野垂れ死にだぞ!」
…やっちまった。今のは聞かれちゃならねぇ内容だった…。案の定、兵の動揺は広まり空気がピリピリして来た。和人相手のピリピリなら良いが、これはカミノクニ兵とそれ以外の兵の間で起きてるな…。セタナイ以北の長が俺に詰め寄り、早く食料を出すよう迫って来た。俺はカミノクニの住民に、家に有る食料を提供するように命じた。住民は嫌がったが、カミノクニ以外の兵の殺気に怯え、泣く泣く食料を手渡した。そして彼らは過酷な山道を辿って家へと帰って行った…。
「親分、カミノクニはこの後どうするのですか?」
カミノクニの長が軽蔑した眼差しを俺に向けている。仕方ねぇだろう、こうでもしなければあいつらは武力で無理矢理食料を奪って行くぞ。
「親分、カキザキ家から文が届いているのですが。」
「あ?文だと?俺によこせ…。何だと!?」
「カキザキ家は寛大にも、ある条件を満たせば我らアイヌの罪を問わず、その上食料を援助するとの事です。」
俺は長を黙らせようと手を伸ばすが、カミノクニ兵に取り押さえられる。
「その条件とは、ハシタインをカキザキ家に引き渡す事です。」
カミノクニの兵が、住民が、俺を今までと全く違う目で睨んでくる。昨日までは頼れる指導者として…。そして今は。
「親分、いえ、ハシタイン。あなたには我らが生きるための生贄になってもらいます。」
俺は先程まで部下だった男に縛られ、兵達に囲まれながら海岸まで無理矢理歩かされた…。
蝦夷島松前郡大館 1553年(天文22年)夏 蠣崎季広(46歳)
縛られたハシタインが大館の中庭に正座させられている。一昨年会った際は、敵とは言え敬称を付けざるを得ない、指導者の風格の有る男だった。しかし今私を睨むハシタインはボロボロで見窄らしく、傷だらけで情けない男に成り果てていた。私の部下にはハシタインを連れて来る際に暴力を振るわないよう厳命していたので、どうやらかつてのお仲間達に随分と可愛がられたようだ。
「2年振りだな、ハシタイン。上ノ国での生活は快適だったか?」
私の皮肉を無視したハシタインは、私と舜広、そして南条広継を順番に睨みつけた。
「お前ら、アンドウの大殿が仲介した和睦はどうなったんだ?セタナイアイヌの長である俺を、西夷尹である俺を、まるで罪人のように扱いやがって…!」
「まるで、じゃなくて罪人そのものなんだよ。」
舜広がハシタインを睨みながら吐き捨てた。
「大殿…、今は安東愛季様だが、今回の処置を蠣崎家に一任してくださった。」
舜広がハシタインに詰め寄る。
「兵同士で殺し合うのはまだ分かる。殺し殺されるために戦場に居るのだから、憎しみは有るがまだ理解出来る。」
舜広が声を荒げる。目には涙を浮かべている。
「でもな、兵ではない民を殺すのはやっちゃ駄目だろう!明らかに戦えない女子供まで皆殺しにしたお前は…。罪人じゃなければ畜生だ。絶対に許さない。」
舜広がここまで怒りを爆発させるのを見るのは始めてだ。あまりの剣幕に、隣に座る広継が怯えている。
「カキザキヒコタロウ…、いや、今はトシヒロだったか?随分と甘ちゃんなんだな。そんな考えで民を束ねられるのかよ?」
「束ねてみせる。必ずだ。まずはお前を見限った上ノ国と江差のアイヌを我が領民として取り込む。安心しろ、お前が食料を奪った上ノ国のアイヌも腹いっぱいにしてやるよ。」
「ははは、随分と羽振りの良い若殿だな。ああ、もう良いや。お前と話していたら何だか馬鹿らしくなって来た。精々その甘い考えでカキザキ家を繁栄させてみろよ。」
「言われずとも。繁栄した暁には貴様の名前を、私の最初の強大な敵として石碑に刻み込んでやろう。」
「いちいち大げさな奴だな…。おい、後は何か俺と話したい事は有るのか?無いならとっとと殺せよ。正座は慣れてないから、足が痺れて仕方ねぇんだ。」
「…もう話したい事は無い。殿、宜しいでしょうか。」
すっきりした顔で舜広が私に問いかけた。何かを乗り越えたようだな。
「いや、私も無い。広継、ハシタインの首を刎ねよ。」
広継が感極まりながら、深々と私に頭を下げる。
「殿、承知致しました。ハシタイン、腹は切らなくて良いぞ。すぐに楽にしてやる。」
広継の刀が松前の夏の太陽で煌めき…。不快な重い音が大館に響き、蠣崎家の長い戦いが漸く終わりを告げた。




