第14話 1553年 第二次ハシタインの戦い(1)
蝦夷島セタナイアイヌ領カミノクニ 1553年(天文22年)6月 ハシタイン(34歳)
「野郎ども、戦の準備は出来たか!」
俺は右腕を高く天に向けて突き上げ、大声で仲間達に呼び掛けた。
「俺達に和人との和睦を強制したアンドウトシスエは死んだ!跡継ぎはまだ14歳のチカスエとかいうガキだ!アンドウ家が代替わりで混乱している今、奴らはこのエゾに兵を送れねぇ!つまりどうすべきか…、分かるかお前ら⁉」
俺の側近が大声で答えた。こいつはセタナイアイヌが支配する土地の最南端かつ和人との国境地帯であるこのカミノクニを任せられる、最も有能な部下だ。
「へい!今はカキザキ家を攻め滅ぼし易い時期という事ですね⁉」
「その通り、今なら俺達セタナイアイヌはカキザキ家の兵だけ相手にすれば良い!更に都合の良い事に、カキザキ家の本拠地であるマツマエから目の前の邪魔なカツヤマ館までは10里以上離れている!」
「つまりカツヤマ館からマツマエに援軍要請を出してからカキザキ家の援軍が到着するまで、数日はかかるという事ですね!」
「そうだ!前回の戦と同じく、まずはカツヤマ館周辺の船を全て潰すぞ!そうすれば奴らは陸路で援軍要請をしなきゃならねぇ!陸路と言ってもこの辺りは山ばかりだから、通れる道の数なんざたかが知れているわけだ!そこに伏兵を忍ばせておいて、援軍を求める使者を片っ端から刈り取るぞ!」
「マツマエに知らせが届く頃にはカツヤマ館は落城して、この川の南岸も全て我らセタナイアイヌの土地になるって事ですね!」
「そうだ、どうやらカツヤマ館は一昨年の戦の後で色々と強化をしたらしいが、所詮は多勢に無勢だ!数の暴力で一気に攻め落とすぞ!再利用する気も無いから、焼いても構わん!」
「お前ら、ハシタイン殿のお言葉が理解出来たな!これは憎き和人共をこのエゾの大地から追い払う重要な戦だ!徹底的に奪い、壊し、ぶち殺すぞ!」
「おう、やってやるぜ!」「アンドウ家が来ないなら、カキザキ家なんて怖くねえぞ!」「俺達の土地を取り返すんだ!」
俺達の檄でアイヌ戦士達の戦意は一気に高まった。これなら勝てるぞ、アイヌは勝たなければならないのだ!事前の取り決め通りに、船でカツヤマ館周辺の船を破壊する者、山道で和人の伝令を刈り取る者を見送ると、残りの大部分の兵を率いて俺達は天の川を渡り始めるのだった。
蝦夷島檜山郡勝山館 1553年(天文22年)6月 明石季衡(33歳)
「やはり来たか…。」
勝山館の最上階から天の川北岸を眺めながら、私は呟いた。また戦になる事に驚きは無い。殿に勝山館の防御を高めるよう命じられていたし、何よりハシタイン殿の前回の戦を知れば、天の川北岸で満足しないだろうと想像出来た。安東の大殿がお亡くなりになってからは突貫工事だったが、何とか工事を間に合わせる事が出来た。松前や折加内からも多くの人足が来てくれたのは本当に有難かった。人足に聞いた所、参加者には殿から結構な量の食料が支給されるらしい。武士が庶民を脅してただ働きさせるのが当たり前のこの時代に、殿は随分思い切った事をなされるようだ。
この勝山館周辺は蠣崎領内では飛び地のようなちっぽけな土地に過ぎないが、蠣崎家が領土を北に広げる際には起点となる土地だ。ここを蠣崎家が支配出来ているか否かで、蠣崎家の領土拡張の進捗は大きく異なる。ここをもし奪われれば、取り返す際には敵地のど真ん中に船で乗り込むしか無くなるからな。その方法ではどうしてもまとまった人数を一気に上陸させる事は難しい。少人数で繰り返し乗り込むが、上陸した端からアイヌに袋叩きにされて全滅、なんて悪夢が現実になってしまう。なればこそ、私はここを命を懸けてでも守り切らねばならない。
予想通りハシタイン殿は軍を3つに分けた。我らの船を破壊する部隊、我らの陸路の援軍要請を阻む部隊、そして主力である天の川を渡って攻め寄せる部隊だ。当然それぞれに対策はしてある。船の破壊に対しては、船を増産して複数の集落に分けて配備した。勝山館の近くにも勿論配備するが、原歌や大崎等の西側の集落にも複数配備した。ハシタイン軍が勝山館の近くの船を破壊するだけで満足すれば、残りの船を使って松前まで急ぎ援軍要請が出来る。陸路を妨害される事に対しては、勝山館と松前の間に狼煙の道を事前に設置した。既に勝山館の狼煙は上げたので、途中何ヵ所か中継を挟みながら松前まで援軍要請が届くだろう。念のために狼煙台が数か所潰されても伝達出来るように、複数の路線を用意しておいた。狼煙は雨や風に弱かったり夜には見えなかったりと使えない時が多いので、このように快晴の日中に攻め込まれたのはある意味運が良かったかも知れない。ハシタイン殿からしても、兵の負担が大きい夜討ち朝駆けを命じられる程の権力は無いのかも知れないな。
最後に敵の主力部隊への対抗策だが…。お、どうやら策が効き始めたようだぞ。
蝦夷島檜山郡天の川河口北岸 1553年(天文22年)6月 ハシタイン(34歳)
…何かがおかしい。船を破壊する部隊の長曰く、勝山館周辺の船は全て破壊したが、武装した和人が更に西に向かって何人も走って行くのが見えたと。先回りをして刈り取ろうとしたが途中で見失い、代わりに小さな村を見つけたと。農地が無いので漁村だと考えたが、船が一隻も無かったのだと…。もしやその漁村の船を伝令用に使ったのか…?
山道で伝令を刈り取る部隊の長曰く、確実に通るであろう峠なのに、和人は誰も通らなかったと。代わりに丸太で組まれた見張り台の上から煙が真っすぐ上がっているのが見えたと…。もしや山道に伝令は走らせておらず、最初から煙で危機を知らせるつもりだったのか…?真っすぐ上がる煙というのも不思議だな、何か特別な物を燃やしているのだろう。
そして最も問題なのはここ、俺が率いる主力部隊だ。和人の奴ら、天の川の渡河出来そうな場所に壺をしこたま沈めてやがった。歩いて渡河すると壺の口に足が取られ、川の真ん中で倒れてそのまま溺れ死ぬ兵も出て来た。壺から抜け出した兵も足の裏から血が止まらなくなっていて、暫くはまともに歩けないだろう。どうやら尖った固い物を詰め込んでいたらしい。一昨年の講和では「和人は天の川より北に立ち入れない」事にしたが、まさか川に仕掛けをして来るとはな…。川で漁をするアイヌが気付かなかったという事は、俺達が渡河する事を見越して最近設置したのか…?天の川の南岸には見た目以上に丈夫な木の柵が何重にも並んでいやがるし、その手前にはご丁寧に逆茂木まで並べてある。小刀で逆茂木や柵を繋ぎとめている蔓を切ろうとしても、太くて中々切れやしない。その間に柵の向こうから和人が弓を大量に打って来るせいで、まだ1つ目の柵すら越えられない。南岸の住人の小屋の間の小道を柵で塞ぐ事で、通れる道を制限しているのも嫌らしい。大軍で押し寄せるであろう俺達が数の暴力を生かしにくくするためだろう。きっと1つ目の柵を壊されそうになったら、和人は2つ目の柵まで下がるんだろうな。海岸沿いに至っては柵と逆茂木に加えて、杭付きの落とし穴だ。杭で足を刺され、逆茂木で胴体を刺され、そして柵の上から弓で頭を射抜かれる。全く、この短期間で随分と頑丈な要塞を作ってくれたもんだ。確か一昨年攻め込んだ時は、攻め込んだ4日後に敵の援軍がやって来たな。今回は船と狼煙を使われたせいで前回よりも早くマツマエに知らせが届くだろう。そして前回と比べ物にならないくらいの攻めにくさ…。援軍が来るまでに落とし切れないかも知れねぇな…。
「ハシタイン、こんな固い城を攻めて無駄に兵を死なせる事は無いだろ。そろそろ撤退しようや。」
突然背後から聞こえた声に俺は耳を疑った。
「おい、誰が弱気な事を言いやがった。まだ戦が始まって1刻(2時間)くらいしか経ってないだろうが。一旦攻め込んじまった以上、何か成果を出さねぇと俺の立場が無いだろうが。ここでカツヤマ館を落とさないと、次はそのカツヤマ館を拠点にカキザキ軍が俺達に攻め込んで来るのが分からねぇのか、あ?」
振り向くとエサシを任せている男の顔が目に入った。こいつは俺に従順というわけではないが優秀な男だ。だから一昨年カミノクニとエサシを攻め取った際にエサシの村長に任命した。それなのに何だこいつは、裏切るのか?よく見るとこいつが率いるエサシの兵は、戦意に満ちたカミノクニの兵に比べて動きが随分鈍いな。川を渡る気すら無いのか?
「おい、エサシの兵の動きが悪いようだが何か有ったのか?まさかとは思うが、和人に内通なんてしちゃいないよな?」
殺意を込めつつ凄むと、男も同じくドスの利いた声で返して来た。
「何か勘違いしているようだから教えてやるよ、ハシタイン。お前は俺の王じゃねぇぞ。エサシを任せてくれたのは感謝してるが、エサシを問題無く治めているのは俺の力だ。お前が何故そこまで和人を憎んでいるかは知らねぇが、俺は別に和人そのものを憎んでいやしねぇ。あいつらが俺達アイヌの土地を奪ったのは確かだが、それは別のアイヌの部族だろ?俺達セタナイアイヌの問題じゃねぇ。ハシタイン、お前は和人からエゾを取り戻すと言っているが、本当はただ自分が支配する土地を広げたいだけじゃねぇのか?」
怒りに顔が急激に熱くなるのを感じ、気付いた時には俺は男の顔をぶん殴っていた。男は突然の暴力に反応出来ず、鼻血を出しながら数歩後ずさった。そしてこう言い放った…。
「ハシタイン、やっぱりお前は王の器じゃねぇな。本物の王なら、俺を殴らずとも心服させられる筈だろ?」
エサシの兵に守られながら、男は立ち去って行った。どうやらエサシの兵は勝手に撤退するらしい。カミノクニやセタナイの兵でエサシ兵を攻めて無理やり和人相手に戦わせるか?いや、城攻めの最中に仲間割れなんてしたら、少なくとも川の中や南岸で戦っているカミノクニの兵は浮足立って和人に殺されるだろう。エサシ同様に動きの悪いオトウンペとハチャムベツの兵も気になる。エサシを叩く事で、オトウンペとハチャムベツまで反旗を翻したらもう手に負えないな。そこに突っ立って和人供を威嚇しているだけマシと考えるしか無いか。俺は拳から嫌な音が聞こえる程強く握りしめながら、エサシ兵を率いる男の背中を見送るしかなかった。男の背中には、カキザキ家からアイヌの有力者達に送られている美しい模様の上着が翻っていた。




