第13話 1553年 主君の死
出羽国檜山郡檜山城 1553年(天文22年)冬 安東舜季(39歳)
先日蠣崎家から届いた、この羽毛の入った布団と上掛けはとても調子が良いな。我が檜山安東家の本拠地である檜山はとても寒い。蠣崎家の松前よりは南に有るが、檜山は内陸に有る分更に寒いかも知れない。冬に寒さで老人や病人、子供が死ぬのは当たり前の自然の摂理で、今までは全く疑っていなかった。弱き者が滅び、強き者が生き残る。この時代の縮図のような冬であると考えていた。
しかし、この布団と上掛けにその考えを覆されたのだ。舜広君は、材料が貴重なので私と家族の分しか用意出来ず申し訳無いと言っていたが、この素晴らしい性能ならばさもありなんと思う。初めてこの上掛けを着て布団に入って寝た時、あまりの温かさと快適さにこの世の物では無いとすら感じた。まるで極楽で安らかに眠っているかのようだった。翌朝目が覚めると頭も体も軽やかで、寒い冬にこれ程快適に眠れるとは驚愕の一言だった。縫い込まれている模様も美しかった。我が安東家の家紋が大きく中心に置かれ、それを支えるように蠣崎家の家紋とアイヌ文様が配置されていた。これは蠣崎家とアイヌの力で安東家を支えていくという意味だろう。舜広君はまだ若いのに良く考えが回る。将来が本当に楽しみだ。いつか嫡男の愛季を支え、蝦夷と津軽、出羽国を安東家の領地として欲しいものだ。
さて、朝餉を済ませたら今日も政務に勤しむとするか。目下の課題は南部家から鹿角郡を奪い、砂金の力で安東家を富ませる事だ。兵を増やして鍛え、武具を増産せねば。周辺勢力への調略もまだ足りないから、手紙と贈り物も用意せねば。日ノ本の北の王は、南部家ではなく安東家でなくてはならないのだ。
そんな事を考えながら立ち上がろうとすると、突如激しい眩暈と動悸に襲われる。慌てて床に手をついて体を支えようとするが、手が思ったように動かない。固い木の床が目の前に迫り、そして…。
出羽国檜山郡檜山城 1553年(天文22年)冬 安東愛季(14歳)
父上がまだ朝餉にいらっしゃらない。いつもは私より早く来るのにどうしたのだろう。ここ最近は蠣崎家より送られた布団等のお陰で持ち直してはいるが、数か月前までは毎日激しく咳き込んでおり、とても辛そうだった。もしや病が再発したのだろうか…。嫌な予感を抱きながら、私は父上の寝室へと向かった。この時の私は、まだ何の覚悟も出来ていなかった。後でそれをとても後悔する事になる。
私が見つけたのは、床に倒れて頭から血を流し、聞き取れないような呻き声を上げる事しか出来ない父上だった。呆気に取られて数秒間固まってしまったが、すぐに医者に診せねばと気付き家臣を大声で呼んだ。その後は檜山城が上へ下への大騒ぎで、何が何やらという状態だった。
結局父上は助からず、まだ39歳と働き盛りにも関わらず帰らぬ人となってしまった。持病に加え、温かい布団と外気の温度差による血圧上昇、そして転倒による頭部出血が重なった事で、医者も手の付けようが無かったらしい。当主を救えず、何のための医者なのか…!
このような事情により、私は突然檜山安東家第8代当主として、昨日まで父上が座っていた席に座る事になってしまった。いつかは継ぐものと思っていたが、それは何年も先の事だと考えていた。幸い優秀な家臣達は私が当主を継ぐ事に疑問を差し挟まなかったが、私は、いや、安東家はこれからどうすれば良いのだろうか…。私は突然の重責に胃が握り潰されるような感覚を覚えた。
蝦夷島松前郡大館 1553年(天文22年)冬 蠣崎季広(46歳)
「何、檜山の殿がお亡くなりになっただと⁉」
殿からの使者が告げたのは衝撃的な内容だった。先日送った布団と上掛けで快方に向かっていると聞いたが、幾つかの要因が重なり突然亡くなったらしい。嫡男の愛季様が跡を継ぐ事で安東家が固まったのは不幸中の幸いだが、我ら蠣崎家はどう動くべきだろうか…。引き続き安東家に忠誠を誓うのは蠣崎家の存続のために不可欠なので、近い内に私と舜広で檜山にご挨拶に伺うか。確か愛季様は舜広と同じ年だった筈。心細い時期であろうし、この機に関係を深めておきたい。蠣崎家は安東家の北の守りとして、共に栄える事を望んでいると改めて伝えよう。問題は蠣崎家の防衛についてだ。南部家等の本土勢力は、陸上で国境を接する安東家の代替わりに付け込み、侵攻や調略を行うだろう。当家に調略の手が伸びても、断固として拒否しなければならない。いきなり侵攻される可能性も無くは無いが、危険な津軽海峡をわざわざ越えて松前に押し寄せるのは難しいだろう。むしろアイヌ人地域に大軍で押し寄せ、南部家の橋頭保を作るほうがまだ有りそうだ。その場合は蝦夷島で安東家と南部家、アイヌの三つ巴で勢力争いが始まるな。この場合は安東家と蠣崎家よりも先にアイヌが南部家の排除を行うだろうから、その時に考えれば良いな。南部家が侵攻・調略するとすれば、国境地帯、特に砂金が取れる鹿角郡周辺の国人が標的になるだろうな。ではアイヌはどうか?チリオチアイヌは去年当家と同盟を結んだばかりだが、安東家の武力を背景にした同盟ではないので、これからも変わらず続くだろう。問題はセタナイアイヌだ。あちらは安東家の武力を背景にした停戦なので、代替わりのごたごたで安東家が蝦夷島に兵を送れないと考え、勝山館に攻め寄せるかも知れない。既に勝山館の目の前の天の川北岸はセタナイアイヌの領土となっており、侵攻が始まればすぐに勝山館は包囲されるだろう。
よし、勝山館の強化を急がせよう。講和の直後に改修を始めたが、人手不足やアイヌを過度に刺激する事を避け、進捗は芳しくない。しかしもうそのような悠長な事を言っている場合では無いな。松前や折加内からも更に人を送り、速く完成させねば。後はどのような強化が必要だろうか。一昨年の侵攻ではアイヌの渡河を防ぐ事は出来たが、海岸への上陸は防げなかった。砂浜での戦闘で押し戻す事は出来たが、今回は当時よりも配置出来る兵力が少ない。松前からの援軍が到着するまで、勝山館の少人数で防衛出来るようにするためには…。よし、砂浜は柵と逆茂木に加えて、膝下程度の落とし穴を掘るか。穴の底に尖らせた杭を設置し、穴を木の板で隠せば敵の足を鈍らせる事が出来るだろう。勝山館を預かる明石季衡に概要を伝えれば、後は適切な行動を取ってくれるだろう。
「父上、お呼びでしょうか。」
おっと、先程呼んだ舜広が到着したか。殿が亡くなった事を伝えると、あまり驚いていないようだった。どこで知り得たのか気になるが、敢えて聞かないでおこう。私は勝山館の防衛力向上案について舜広に説明し、補足は有るか尋ねた。
「父上、防衛力の向上についてはそれで充分かと思います。付け加えさせて頂くならば、ハシタイン殿の兵力を事前に減らすのが良いと思います。」
「ほう、敵の兵力を事前に減らすのか。先制攻撃は出来ない以上、セタナイアイヌの有力者を調略して分断するのか?」
「はい、その通りです。羽毛布団と上掛けは何とか足りそうです。後は砂糖や饅頭で有力者の妻子の胃袋を掴むのも良いですね。和人もアイヌも、妻の反対を無視して軍事行動を起こすのは難しいでしょうから。」
「面白い作戦だな。よし、セタナイアイヌへの対策は、贈り物で懐柔・分断しつつ、防衛力の強化で有事に備える事としよう。」
ハシタイン殿が檜山の殿の死を知らずにいてくれれば良いのだが、アイヌはセタナイの者も含めて自由に松前に出入りしている。講和の結果とは言え、この状態は情報を隠すにはとても不利だな。舜広の研究所を含む大館には関係者以外は入れないように出来ているが、村の防諜体制は全く足りていない。我らがどれだけ隠そうとしても、近い内に情報は漏洩するだろう。つまりハシタイン殿が攻め寄せるか否かではなく、いつ攻め寄せるかの問題なのだ。避けたい事だが、恐らく戦は近いだろうな。




