第8章
エアロックに逃げ込んだヤクブは、宇宙服を急いで身につけていた。その顔は、恐怖と決意が入り混じった複雑な表情をしていた。船内に現れた異形の生命体。それが幻覚であろうと現実であろうと、彼はこの船を、そして自分自身を守らねばならない。
管制室のピーターは、ヤクブの切迫した状況に、ただならぬものを感じ取っていた。
「許可を取ります」
彼はすぐに上層部に連絡を取り、船内の消毒プロセスを開始するための承認を求めた。通常では考えられない、異例の事態だった。
ヤクブは、宇宙服のヘルメット越しに船内を見つめる。彼の視線の先に、あの蜘蛛のような怪物がうごめいているのが見えた。信じられない、しかし、そこにいる。
管制室からピーターの声が響く。「よし、どうぞ」
その言葉を合図に、ハヌシュ号の消毒システムが稼働された。船内に設置された噴射口から、黄色いガスが勢いよく噴き出す。それは、異様な光景だった。オレンジ色の光が船内を照らし、ガスが充満していく。まるで、宇宙船全体が生き物のように呼吸しているかのようだ。
ヤクブはエアロックの小窓から、その様子をじっと見つめていた。ガスはゆっくりと、しかし確実に船内全体に広がり、あの蜘蛛の怪物を包み込んでいく。怪物は、ガスの中で苦しむように体をよじらせたが、やがてその動きは止まった。
ヘルメットの中で、ヤクブは息を殺していた。彼の顔は、オレンジ色の光に照らされ、深い影を落としている。不安と緊張で、彼の心臓は激しく脈打っていた。
やがて、消毒プロセス完了を告げる表示が、船内のモニターに映し出される。「“消毒完了”」。その文字が、ヤクブの目に飛び込んできた。
「異常はない?」
管制室からの問いかけに、ヤクブはまだ確信を持てずにいた。本当に消えたのか? 幻覚ではなかったのか?
エアロックの中は、まだ黄色いガスが充満していた。
「数分で空気が正常に戻るはず」
管制室からの言葉に、ヤクブはヘルメットのシールド越しに、船内の様子を窺った。消毒は完了した。しかし、彼の心に残る不安と、あの異形の存在の記憶は、簡単には消え去らなかった。この宇宙の旅は、彼に何をもたらすのだろうか。